第92話 QWERTY(クォーティ)と楯椅子鉋(たていすかんな)
蝦夷共和国にて。
サンケベツ村のヨッホ村長は、墓荒らしをしている、豚鬼魔術士と対峙していた。
豚鬼魔術士は、死靈術を行使し、墓地に土葬された蝦夷エルフの死体に、豚人間細胞と【マッシュ・クラウン】の胞子を付与して、亡者の軍隊―【死の戦士】―を編成しようとしていた。
ヨッホ村長は、白樺の杖を構え、三段連携の奥義を亡者の軍隊に叩き込む。
「【一酸化二水素】!【極低温の瘴気】!【直撃雷】!」
水生成の呪文によって、辺り一帯を覆う霧が発生し、発生した霧に氷属性を付与することで、凍て付かせ、動きを止めた亡者の軍隊に、直撃雷が襲う。
ヨッホ村長は、かつて、老魔法王と呼ばれるブルクドルフ氏と、互いに好敵手として、魔術の技量を競い合った。
だから、魔導科学によって再現された、古代魔法の呪文にも精通しているし、言靈術の補正効果が乗った、蝦夷エルフの魔力で放たれた魔術は、凄まじい威力を誇る。
「ハハハハハッ。凄ぇ威力だな。でも効かねぇぜ。」
しかし、相手は亡者である。直撃雷によって吹き飛ばされようが、或いは、四肢が欠損しようとも、地面を這いながら、にじり寄ってくる。
「無理すんなよ、爺さん。さっさと諦めて、亡者達の仲間に入って、【死の戦士】となりな。」
どんなに蝦夷エルフの魔力が膨大な量であっても、連続で術を行使し続けていれば、いずれ限界がやって来る。
魔力切れだ。
もはや、これまで。ヨッホ村長が、そう思った瞬間に、天空から稲妻とともに、得体の知れない何かが降臨してきた。
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ヨッホ村長も、最初は、「得体の知れない何か」が、豚鬼魔術士の術か、或いは、敵側の増援ではないか、と訝った。
だが、この墓荒らしにとっても、想定外の事態の様子である。
「見ツケタ、見ツケタ。」
霧の中から、「得体の知れない何か」が、出て来た。頭部は、蜘蛛の如く、複数の単眼が光っており、その先端からは、F15戦闘機やF22戦闘機の機首の様な、尖った嘴が出ている。
胴体には足がなく、戦車や重機の様に、キャタピラとなっていた。頭と胴体は、百足みたいに、節が数珠繋ぎになっており、蜘蛛や百足の脚の如く、機械仕掛けの義手が、様々な武器を持っている、という機械。
「何者だ?」
「我ガ名ハ、QWERTY。無機知性体。ETAOIN SHRDLU麾下ノ眷属デアル。」
「ここには何の用で来た?」
「コノ【術理ノ世界】ニ存在シナイ、【理外ノ術】ヲ検知。排除処理ヲ執行スル。」
機械仕掛けの義手の一本が持っていた、火炎放射器が、動きを止めていた亡者の軍隊を焼き尽くす。
「ふざけんな、テメェ!【熱い棍棒】!」
豚鬼魔術士は、技能【熱い棍棒】を発動し、桃色光線を帯びたバット杖で、QWERTYに殴りかかる。
だが、ドリルを持った別の義手が、バット杖を受け止める。
同時に、単眼からは、光線が発射され、それを受けた、豚鬼魔術士は、弾き飛ばされる。
「クソ、覚えてやがれぇえええええ!」
豚鬼魔術士は、不利を悟って、撤退を判断。【テッタイン】を飲んで、【汚泥スライム】となり、下水へ。
飛蝗に変身しなかった理由は、火炎放射器で焼き尽くされるからだ。
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「クォーティ殿だったかね?イヤイライケレ。助太刀感謝する。」
ヨッホ村長は、QWERTYに礼を言う。実際、助太刀されなければ、亡者達の仲間に入って、【死の戦士】となっていただろう。
「礼ハ不要ダ。コノ【術理ノ世界】ニ存在シナイ、【理外ノ術】ヲ使ウ存在ヲ排除スル事ハ、私ノ使命ダ。」
「君にとってはそうかも知れないが、我々、蝦夷エルフにとって、命の借りを返すことは重要な事なのだ。」
「私ハ直チニ連中ノ追跡ヲ行ウ必要ガアル。従ッテ、邪魔ヲスルノデアレバ貴様モ排除スル。」
「その追跡を協力するというのは如何かね?まぁ、君の方で私に対する敵愾心がなければの話だが。」
「上長デアルETAOIN SHRDLUニ相談スル。問イ合ワセ結果ヲ報告スル。許可ガ出タ。貴殿ヲ協力者トシテ認メル。敵愾心ガ無イ事ヲ示ス為ニ、貴殿トノ【思念共有】ヲ申請スル。」
「【思念共有】?よく分からないが、必要であれば構わないぞ。」
「デハ、【思念共有】開始……貴殿ニ敵愾心ガ無イ事ヲ示ス為ノ最適解ヲ構築中……貴殿ノ知人ノ姿ヲARニヨッテ模倣スル。」
すると、QWERTYの横に、ARによる立体映像が表示される。
AR。Augmented Realityの略で、和訳すると、「拡張現実」。
立体映像は、アッシュ、ソーン、エテル、ウィン、エズと、次々と姿を変えていく。QWERTYは、エズを選ぶ。多分、この青い服を着た少女が一番背が低く、最も非力に見えたため、というのが、恐らく選択した理由だろう。
「貴殿に敵愾心が無いことを示すため、貴殿の記憶にある知人の姿を模倣した。」
だが、こうして喋っている立体映像のエズは、本物のエズではなく、QWERTYである、ということは明白である。
何故なら、本物のエズの話し方は、やや丁寧だが普通で、特にこれといった特徴はないが、立体映像のエズの喋り方は、確かに、QWERTYの様に片言ではないものの、表情の変化に乏しく、機械のように淡々と話すため、恰も、人形が喋っているかのようだ。
ヨッホ村長としては、内心ドン引きではあるが、相手は命の恩人。ここは、相手の流儀や作法に従うべきだと、割り切ることにした。
「クォーティ殿に私に対する敵愾心が無い旨、確かに承知した。では、改めて。私はヨッホ。この蝦夷共和国にて、サンケベツ村の村長をしている、蝦夷エルフだ。」
「では、この姿の私は、QWERTYではなく、楯椅子鉋と名乗ることにする。」
因みに、「QWERTY」は、英数字のキーボード配列、「たていすかんな」は、日本語キーボードのかな配列が由来である。
「連中の行方に関してだが、連中は以前にも、下水へ逃げてから転移したと思われる。転移先は、玖球連合か、荒脛巾皇国だろう。」
「すると、最適解は、現地に派遣するべき、人造人間をこのARを基に、3Dプリンターで合成すること。では、作業を開始する。」
ドロドロに溶融した魔漆の樹液が、エズに酷似した人形を象っていく。
「荒脛巾皇国の隣人には、連中と敵対関係にある者達がいる。もし、『敵の敵は味方』と考えるなら、彼らに協力を申請するのも一興だろう。」
「その者達の拠点に関する情報が必要。」
「我が友、ブルクドルフは、政治結社【草茅危言】の基地や、登戸研究所にいる可能性が高いとは思うが……。」
「了解した。登戸研究所に向かう。情報によると、登戸研究所では、【パウリ効果】という技能を発現させた者がいるらしい。その者を探し出す必要もある。」
「【パウリ効果】?その者を探し出して如何する?」
「【パウリ効果】は、その所有者が敵対した場合、【無機知性体】である我々にとって、脅威となり得る技能。仮に敵対する意思がある場合は、可及的速やかに始末するべき。」
「物騒なことは極力避けて頂きたいのだが……。」
「善処する。」
その時、エズに酷似した、人造人間の製造が完了した。
「その人形に魂を宿すのか?」
「我々【無機知性体】には、魂という概念は無い。あるのは記憶のみ。人造人間には、QWERTYの記憶を【思念共有】する。」
人造人間は、QWERTYの記憶を【思念共有】して、ここに、楯椅子鉋が誕生した。QWERTYと楯椅子鉋が横に並ぶ。
「その間、クォーティ殿の元の姿は、ここに駐めておくのかね?ここは共同墓地なので、駐車場代わりにされても困るのだが……。」
「この機体には、我が上長である、ETAOIN SHRDLUの記憶を降臨させ、回収するか否かを判断する。」
そう言うと、楯椅子鉋は、荒脛巾皇国の登戸研究所を目指して、転移していった。
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件の技能、【パウリ効果】の所有者である郡山青年、【蝙蝠山卿】は、玖球連合にいた。
彼は、戦友の弓削青年、【幽者】ユゲタイと背中合わせとなって、敵と戦っていた。豚鬼殺戮者が召喚した、未だに、その数を減らさぬ、火蟻の大群と。
「アリルイソチオシアネート!」
【幽者】ユゲタイは、【祟りの凶杖】によって、原子・分子規模で、化合物を生成可能である。といっても、無から有を生み出すわけでは無く、化合物を召喚するという表現が適切だろうか。そのため、術の発動には、若干の時間差が生じる。
「全然減らねぇぞ?」
「どうも、魔導科学者としての戦い方だけでは、限界があるようだ。というわけで、少しの間だけで良い。暫く、【祟りの凶杖】を持っていてくれないか?」
「は?【祟りの凶杖】は、所有者以外が持つと、重くて持てなかったり、手がかぶれると聞いているけど?」
「ああ、それなら問題ない。【祟りの凶杖】には、【使用許諾】という機能があって、所有者が許可した相手のみ、一時的に所有権を譲渡する事が出来る。その場合、土属性の魔術による、重力の自己場も、魔漆による祟りも、装備している者が、その影響を受けることは無い。」
そう言うと、【幽者】ユゲタイは、【使用許諾】の呪文を詠唱する。
「【使用許諾】:【蝙蝠山卿】,【祟りの凶杖】,永続」
だが、【祟りの凶杖】を受け取った【蝙蝠山卿】は、訝る。
「自らの武器を手放して、どうやって戦うつもりだ?」
「こうするのさ。出でよ!【大蟻喰】!火蟻の大群を喰らい尽くせ!やっぱり、陰陽術士の末裔である俺には、陰陽術士としての戦い方の方がしっくりくる。」
「【大蟻喰】?どう見ても、普通の動物のオオアリクイにしか見えないんだが、そんな式神まで使役していたのか?」
「無人大陸に沢山棲息していただろう?」
オオカミとフクロオオカミの関係や、アリクイとフクロアリクイの関係は、屡々、収斂進化の例として挙げられる。
現実世界の地球でも、有袋類が棲息しているオセアニアでは、フクロオオカミとフクロアリクイという組み合わせは、フクロオオカミが絶滅する以前の時代ならあり得ただろう。
しかし、無人大陸の場合は、アリクイとフクロオオカミという、組み合わせだったことから、無人大陸の生態系が如何に特殊で、異常であるかが分かるというものだろう。
「俺達はずっと一緒に行動していたのに、一体何時何処で、手に入れたんだ?」
「タールの沼地で。競走した日に。」
「あの時か。俺が先行して、【ジェヴォーダンの獣】と戦っていた時に、君は……。」
「言っておくが、【ジェヴォーダンの獣】の瘴気を至近距離で浴びて弱っていたから、保護しただけだぞ?」
二人が喋っている間に、【大蟻喰】は、火蟻の大群の殆どを喰らい尽くしていた。
「【祟りの凶杖】による、原子・分子規模での、化合物の生成……こんな感じか?生成せよ!アリルイソチオシアネート!」
そして、火蟻の大群の残りを、【蝙蝠山卿】が駆除する。【祟りの凶杖】の化合物の生成の威力は、その所有者の知力と魔力に依存する。
【パウリ効果】の発現条件を満たす程の知力と、マンティコアノイドを憑依させて契約することで得た魔力は、【幽者】ユゲタイが放つ威力を凌駕しており、生成された、ワサビの辛味成分である「アリルイソチオシアネート」は、火蟻の弱点でもあるため、容易にその大群を一瞬で殲滅してしまう。
「俺の専門は物理学で、化学に関しては門外漢かも知れないが、【祟りの凶杖】の化合物の生成は、勿論、無から有を生み出すわけではないとはいっても、反則紛いの威力だろう。俺もこの世界に来て、陰陽術士として戦ってきたが、俺は、魔導科学者としての戦い方の方がしっくりくる。」
【蝙蝠山卿】と【幽者】ユゲタイ。背中合わせとなって戦う二人は、今まで、それぞれが、陰陽術と魔導科学、vice versa―「或いは、その逆」―を駆使して戦ってきた。
それは、恰も、相手によってデッキを組み替えるカードゲームの様に。
そして今、最適解が導出され、反撃の狼煙が上がった。さァ、反撃開始といこうじゃないか。
カクヨムでも投稿開始したので、過去話のルビ等を
カクヨム記法に直す作業のため、少なくとも暫くの間は、
最新話投稿の頻度は、少なめになる予定です。




