第89話 【術理の世界】
今回の話のネタバレになってしまうので、特に誰とは書きませんが、
作中に出てくる、ある登場人物達の真似はしないように。
豚野郎共が、世界中に豚人間細胞を
ばらまくという計画を告知して転移した後、
直ちに、一行は拠点である地底湖へと帰還する。
「どうした?随分と早い帰還だが、何かあったのかね?」
常井氏は何か工作をしていたようだが、
一行があまりにも早く拠点へと帰還したため、
その作業を中断し、尋ねる。
「例の豚野郎共の野望が明らかになった。
世界中に豚人間細胞をばらまくつもりらしい。」
「豚人間細胞?何だそれは?」
常井氏は、ネメシス・ダムドの報告に出て来た、
聞き覚えがない単語に訝る。
「それは儂にも分からないが、交戦した際に、あの連中が
そう言っていたのだ。恐らく碌なものではないことは確実だろう。」
「しかも、自分達の計画をドヤ顔でバラしていることから察するに、
我々には防げまい、という確信があるのでしょう・・・。」
「我々は2つ以上の場所に同時に存在することは出来ませんからねぇ。
世界中にばらまくのを防ぐためには、戦力が明らかに不足かと。」
こちらも組織として立ち向かう必要があるのだが・・・。
「連中からすれば、統帥権を持つ儂を玖球の地から
離れさせる必要があったわけか・・・。」
「荒脛巾皇国第参皇児である私も、
連中からすれば邪魔だったのだろうな。」
「すると、連中が転移した先は、玖球連合か、
荒脛巾皇国ということか・・・。」
「いや、或いは、そう見せかけて、
蝦夷共和国という可能性もある。」
「一刻も早く、無人大陸から戻らねばならんな。」
こうして、一行を乗せた軍用潜水艦は、
直ちに、無人大陸を離れるのであった。
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同時刻。玖球帝国にて。
十年前、【瀬戸】の水軍と戦った際、湖の水底に沈めて
埋葬されていた、【死神兄弟】が【死靈術】によって
蘇ったことがあったが、聖剣【電動鎖鋸】により、
四肢を切断されて、再度、湖の水底に封印されていた。
まず、豚野郎共は、それを回収して、
豚人間細胞を注入した。すると、死後硬直した死体は、
更に硬化して、まるで蝙蝠の翼が生えた石像の様になった。
二体の豚野郎は、この石像を自らの体内に取り込んで、
二対四枚の蝙蝠の翼が生えた、堕天使の如き姿となり、
自らを「豚鬼守護者」と名乗った。
特に、この二体の豚野郎共は、普段の発言から、
活力吸鬼としての素養があったので、直ぐに調和した。
また、別の二体の豚野郎共は、努力教教徒のエリマキトカゲ共を
「救済」の名の下に、豚人間細胞を注入した後、
捕食して喰いまくった。すると、エリマキトカゲの襟巻きの
豚野郎版とでもいうべき何かが生えてきたので、
自らを「豚鬼強要者」と名乗った。
「enforcer」は、「執行者」という意味だが、
この二体の豚野郎共が、「強要者」と名乗ったのは、
彼らも努力教教徒と同様、努力を他者に強要する、性質があったからだ。
残る三体の豚野郎共は、いずれも幹部級の実力者だ。
このうち、元・教室長は、努力教の総本山であるイグアナス教会の
元・枢機卿だった、キャプテン・イグアナが、
やはり、十年前、【瀬戸】の水軍との戦いで、四肢を切断されて、
封印されていたのを湖の水底から回収して、
豚人間細胞を注入し、喰った。
このコモドオオトカゲに近い顔をした、
緑色のイグアナ型の蜥蜴人間である、
元・枢機卿は、彼自身がかなり肥え太っていたし、
パンチパーマの元・教室長もゴリラか熊のような
体格をしていたから、両者が合体したことで、
途轍もない巨漢が誕生した。
郡山青年と弓削青年にとって、最大の仇敵となる、
この巨漢は、自らを「豚鬼枢機卿」と名乗った。
「今日のちゃんこは・・・『闇鍋』だぁ!」
そして、他の二体の幹部級の豚野郎共は、「闇鍋」をしていた。
まず、互いの肉を毟って、豚人間細胞を注入したものを
鍋に投入する。そこに、「ニセアロエ草」と、ニセアロエ草の
キノコ版という感じのキノコ人間【マッシュ・クラウン】、
【汚泥スライム】、「サバクトビバッタ」とも呼ばれる、
「飛蝗」を加え、最後に【テッタイン】を加えて、ぐつぐつと鍋を煮る。
「あぶくたった♪ にえたった♪」
歌いながら「闇鍋」を喰った二体の幹部級の豚野郎共は、
それぞれ、別々の姿へと変貌した。
一方の豚野郎は、脳筋塾では資料室長を務めていた。
脳筋塾から独立して、新興勢力の塾を立ち上げた
「七人の侍」と呼ばれた、元教室長一派の中では、
最も頭脳派であり、豚人間族に伝わる
古代魔法を解析したりする、死靈術士だ。
「闇鍋」は、豚人間族にとっては、
懐石料理みたいなものだ。そして何故か、
「資料」と「死靈」、「解析」と「懐石」という、
韻を踏んでいる。彼は「死靈術士」だから、
「ネクロマンサー」とでも名乗るのが正しいが、
「豚鬼魔術士」と名乗った。
英語では「魔法使い」に相当する単語として、「wizard」以外にも、
「sorcerer」とか、「magician」とも呼ぶ。
「magician」には、「手品師」とか「奇術師」という
意味もある。「sorcerer」は、仏蘭西語の
「sorcier」が由来である。
この世界では、【魔】と【法】は、対となる別の概念で、
前者は、未来・闇・自然といった未知を表し、これを扱う術を【魔術】、
後者は、過去・光・人工といった既知を表し、これを扱う術を【法術】、
その両方に通じている者を【魔法使い】と呼んでいるが、
この場合、「sorcerer」の方が【魔術】寄り、
「wizard」の方が【法術】寄りである。
もう一方の豚野郎は、「豚鬼殺戮者」と名乗った。
「slaughter」も「genocide」も
どちらも「殺戮」という意味の英語である。
彼は、脳筋塾時代から「七人の侍」の中でも、
最も凶暴な部類に属しており、豚人間族に伝わる
古代魔法の中でも「禁呪」を好んでよく使う。
因みに、英語には、「forbid」と「prohibit」の様に、
「禁止する」という意味の単語にも、数通りある。
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一行を乗せた軍用潜水艦が、玖球の地に帰還すると、
常井氏は、荒脛巾皇国の大皇から、
預かっていた報酬を郡山青年と弓削青年の二人に渡す。
玖球帝国から、玖球連合への変革を進めることに
協力したことへの謝礼と、危険度の高い、無人大陸の調査に
協力したことへの謝礼として、金貨50枚と臨時の爵位を
侯爵相当にまで昇格することとなった。
あくまで、「侯爵相当」であって、名誉称号である。
これは、侯爵の場合、領主を兼任することが普通だが、
その場合、荒脛巾皇国では、
「政治士」の資格が必要となるためである。
「儂の分の報酬はないのか?」
「貴公は、玖球の住民なので、
荒脛巾皇国から報酬が出るわけがあるまい。
況してや、爵位に関しては、
両国では、授与の基準も異なるだろう。」
「それでも、爵位の互換性に関しては、
暗黙の了解として、ある程度は通用するぞ。」
「貴公は、元公爵家嫡男で、次期当主でしたかな?
では、侯爵に降格することをお望みかね?」
「爵位に拘泥するつもりはないが、他にも何かあるだろうが。」
ネメシス・ダムドは、ディアヴォロス公爵家の出身だが、
玖球帝となる際は、玖球の皇族の
養子になるという形式であるため、玖球帝国から、
玖球連合へと変革した場合、公爵家に戻るのか?
いや、それはないだろう。自力で武闘会決勝に進み、
玖球帝に昇格したのだから。
恐らくは、ネメシス・ダムド大公という
名誉称号を得ることになるだろう。
いずれにせよ、この三人が自由に動ける小隊である、
ということに変わりはない。一方、常井氏には、
公務があるので、今回みたいに臨時加入という
形を取らざるを得ないだろうが。
「フム。郡山君。君が【武器合成】の練習で作成した、
【鋼鉄の爪】があったな。若し、
使わないのであれば、私の方で買い取りたいのだが。
値段は、そうだな・・・銀貨3枚で如何かな?」
「構いませんよ。毒を塗っていない状態でも良ければ。」
現在の残高は、金貨132枚、銀貨27枚、銅貨10枚。
「使うのは、ダムドだから問題ない。蠍の毒でも塗るだろう。」
常井氏は、【鋼鉄の爪】に鎖を装着して、
簡単な改造を施す。鎖を引けば、ナックルに装着した
十徳ナイフの刃が開閉する仕組みになっている。
「ダムド。君が無人大陸の調査に協力したことへの報酬として、
この【鋼鉄の爪】を差し上げよう。
【武器合成】の練習で作成した、君の弟子の作品だ。」
「随分と儂の扱いが雑な気がするが、まあ良かろう。」
「では、私は登戸研究所に戻る。」
ネメシス・ダムドに【鋼鉄の爪】を渡すと、
常井氏は、臨時加入していた小隊を離脱し、
登戸研究所へ戻っていった。
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翌日。
豚野郎共は、傘カバーに液体を入れて、
口を結んで縛るという作業を繰り返していた。
傘カバーとは、雨の日に店などの屋内に入る際に、
傘を入れるビニール袋のことである。
ビニール袋の中に入っている液体はアンモニア水である。
化学式NH3。無色透明、空気より軽く、水溶性大。そして、刺激臭。
豚野郎共は、三国全てに宣戦布告した。
あまりにも無謀に見えるが、それは、三国全てを
敵に回しても勝てるという自信があるからに他ならない。
数日後。
荒脛巾皇国にて。
「ヒャッハ~♪た・た・き・つ・け・ろ!!」
「「アンモニアバーン!!」」
豚野郎共は、各地に転移しながら、
カウボーイが投げ縄を投げるように、
アンモニア水が入ったビニール袋を振り回し、
廻転の勢いが付いた状態で、
コンクリートが敷かれた地面に叩き付ける。
バシャァ~ッ!バシャァ~ッ!
コンクリートには破裂したビニール袋から、
四方八方にアンモニア水が発散し、
濡れた地面から、悪臭が漂ってくる。
「くっさ~いニャ。」
偶然近くにいた、ノワール般若もその悪臭攻撃に顔を顰める。
玖球後に帰省していたが、地元でも、
留学先である、登戸研究所の付属校に戻った後でも、
繰り返される悪臭攻撃に辟易していた。
だが、既に登戸研究所に戻っていた常井氏が、
塩酸が主成分の塩素系洗剤を直ちに撒布して中和する。
「塩化アンモニウムは、体にいい~っ♪」
しかし、塩酸とアンモニアが中和して、塩化アンモニウムの
白煙が辺りを覆う中から、豚野郎の恍惚とした
声が聞こえる。どうやら、塩化アンモニウムの白煙を浴びると、
何故か豚人間族は回復してしまうらしい。
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同時刻。玖球連合にて。
玖球連合では、かつての玖球帝国四天王が、
豚人間細胞を注入された、活力吸鬼や、
反知性主義者や、努力教教徒のエリマキトカゲ共と戦っていた。
十年前の【瀬戸】の水軍との戦いを彷彿とさせる大軍を前にしても、
ネメシス・ダムドは怯まず、獰猛な笑みを浮かべる。
「抜剣許可!」
ボルゾ・イぞい将軍は、【闘犬の刀劍】という伝家の宝刀を抜く。
「剣など、今では使う者も殆どおらぬようになってしまったがな。」
異世界のことを「剣と魔法の世界」というらしいが、
この世界では、既に剣は廃れており、魔法も魔術と法術に分かれ、
極東の思想である【陰陽術】や、錬金術から進化した科学の理論と
融合した、【魔導科学】が主流となっている。
いつか、そんなこの世界を【術理の世界】と呼ぶ者がいた。
それ以来、無機知性体の様に、別の異界と転移によって、
往来出来る者の中では、この世界を【術理の世界】と
呼ぶことが主流になっていった。
ドンザ・ウルスも、【飛龍剣】を抜剣する。
「俺達、恐竜人間としては、
この【龍無き世界】で剣が廃れたのは、
ある意味、必然だったのかも知れないと思うぜ。」
「わーっはっはっはっはっはー。光の剣【クラウ・ソラス】!」
スサノオ・ニーチェは、光の剣【クラウ・ソラス】を構える。
剣の命名に至るまで、相変わらず自由である。
「有象無象に我が威を示せ!魔剣【ガルバノス】!」
ネメシス・ダムドが、魔剣【ガルバノス】を天空に掲げると、
直撃雷が地面を穿ち、側撃雷が走って、敵を蹂躙する。
それでも敵の数は、全く減少する気配がない。
また、豚鬼殺戮者は、
飛蝗に続き、火蟻を大量に召喚した。
「アリルイソチオシアネート!」
だが、【幽者】ユゲタイは知っていた。
火蟻には、ワサビの辛味成分である、
この「アリルイソチオシアネート」が有効であることを。
アリルイソチオシアネートを浴びた火蟻は
逃げ出し、逃げ切れなかった火蟻は死んでいった。
しかし、火蟻の数も、全く減少する気配がない。
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同時刻。蝦夷共和国にて。
豚鬼魔術士は、墓地に土葬された
蝦夷エルフに死靈術を行使し、
亡者の軍隊を編成しようとしていた。
サンケベツ村は、日本の北海道でいえば、三毛別に相当する。
「三毛別」という地名は、アイヌ語で「川下へ流しだす川」を
意味する「サンケ・ペツ」に由来するらしい。
ここは、サンケベツ村からは離れている。
日本の北海道でいえば、岩内の辺りだろうか。
「岩内」という地名は、アイヌ語で
「硫黄の川」を意味する「イワウナイ」、
或いは、「山の川」を意味する
「イワナイ」に由来するとされている。
豚鬼魔術士は、蝦夷エルフの墓を荒らし、
彼らの亡骸にキノコ人間【マッシュ・クラウン】の菌糸を
付与するという、死靈術を行使する。
キノコ人間【マッシュ・クラウン】は、人間の頭が
斑模様の「かさ」をしたキノコになっている。
創作において、「マタンゴ」や「マイコニド」と呼ばれる
存在とほぼ同じで、人間やその死体に寄生して、増殖する。
要するに、菌糸を付与された蝦夷エルフの亡骸は、
キノコ人間【マッシュ・クラウン】になってしまうのである。
ところで、「マッシュ・クラウド」なら、
英語で「キノコ雲」という意味になるが、
【マッシュ・クラウン】は、英語で
「キノコの冠」という意味である。
「貴様、何をしている!」
蝦夷共和国では、各々の集落の代表である酋長が、
一堂に会する、【元老院】が行政を担っている。
サンケベツ村のヨッホ村長も、この【元老院】に
出席するため、この地を訪れていたのだが、
先祖の墓参りをするために、共同墓地にやって来たら、
かつてサンケベツ村に隕石を落とした連中の同族が、
また何か悪事を企んでいるようだ。
今度は自らの手で始末してくれよう。
白樺の杖を構え、呪術の詠唱を開始する。
「これはこれは。血の気の多いご老人だ。
俺達を敵に回すことの意味を
きちんと理解できていないようだな。」
今ここに、豚鬼魔術士と
サンケベツ村のヨッホ村長の決闘が
始まろうとしていた・・・。
今回はかなり長くなってしまった・・・。
次回は、第捌章のまとめを予定。




