第87話 【ジェヴォーダンの獣】
「ジェヴォーダンの獣」の正体は、定かではありませんが、
ここでは、その考証を目的としているわけではないので、
異世界の生物と考えても構いません。
体力の消耗を鑑み、一行は拠点である地底湖へと帰還する。
仮設した【コンテナハウス】は、常井氏の改造によって、実験室と化していた。
「貴様、何をしている?」
「ああ、ダムドか。緑のフラスコに入れた【ニセアロエ草】をすり潰したものに、色々と添加物を加えて、連中が使っていた【テッタイン】について、解析していたのだ。」
「無人大陸に来ても、その本質は学者・研究者のまま、というわけか・・・。」
「ダムド殿が、無人大陸に来ても、戦闘狂であることに何ら変わりないのと同様ですな。それでは、情報交換も兼ねて、本日の成果についての報告をされては如何かな?」
まずは、ネメシス・ダムドの報告から。
「デスゾーンから俯瞰していたら、雪山で【イエティ】を見つけたのでな。戦って式神にしたが、少し強いぐらいか?」
「戦闘狂は自重というものを知らないようですな。」
常井氏は呆れていた。続いて、【幽者】ユゲタイが報告する。
「偵察に出していた式神の情報より、タールの沼地にて、古生物の『スミロドン』と『エラスモテリウム』と思しき、両者が交戦中にタールの沼に沈みそうだったので、保護を兼ねて、調査のため、式神化しました。」
「古生物の『スミロドン』と『エラスモテリウム』だと?やはり、無人大陸の生態系は、荒脛巾皇国や、蝦夷共和国、玖球帝国のいずれとも異なるか・・・。明日以降も引き続き調査を続けてみよう。」
新たな式神の回復にも時間を要するため、本日はこれにて解散となった。
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翌日。地底湖の拠点を出て、再び、昨日のタールの沼地へと向かうのだが・・・。
「オイ。競走しようぜ。」
【幽者】ユゲタイは、タールの沼で眷属化したエラスモテリウムを召喚し、鞍と手綱を装備させて、騎乗しながら、想像の斜め上の発言をした。
「何を言っているんだ?俺は馬なんて持っていないぞ?」
エラスモテリウムは、ユニコーンの伝説の元ネタとなった、巨大な角を持つ犀であり、馬ではないが、ウマ、バク、サイは同じ奇蹄目に属する。
「そうだな。君の場合は、ネメシスさんにマンティコアに変身してもらって、乗せてもらえば良くね?」
マンティコアは、中国語では「蝎獅」といい、これは、中国語で「蠍」を意味する「蝎」と、「獅子」の「獅」を組み合わせたものである。
また、蝙蝠の翼は、近年のゲーム等の創作の影響とされている。
マンティコアは「獅子」、要するに、「猫」である。それは、猫に騎乗するようなものではないか?
「儂を馬か何かと勘違いしているのではないか?【幽者】よ。」
ほら、本人も怒りと困惑を隠せない。
「へぇ~?ネメシスさんともあろう者が、闘う前から諦めるんだ?」
ゑ?そこで、何故に挑発するという選択肢が?
「良かろう。競走者として相手してやる。」
挑発されたネメシス・ダムドは、発言を180度、翻した。
オイ、それでいいのか?
元・玖球帝の誇りは、何処へ行った?
「いや、アンタは武闘家だろう?」
思わず、郡山青年も指摘する。
「考えてみれば、この無人大陸では、以前のように、気軽に模擬戦をやる、というわけにもいくまい。だが、馴れ合うだけでは、好敵手としての存在意義が、なまってしまうだろう。」
「君は、そこまで考えてッ・・・。」
「模擬戦だけが、好敵手としての在り方ではないということさ。で、どうする?特に、不利益とかはないと思うけど。」
既に、ネメシス・ダムドは、マンティコアに変身していた。
「いいだろう。受けて立とう。では、目標地点に早く到着した方が、次の魔獣や魔物と戦闘する際に、優先権を得る、というのはどうだ?」
「いいぜ。最初の目標は、昨日のタールの沼地だ。いつも通り、競走開始の合図には、この登戸研究所謹製の『風船爆弾』を使わせて貰うぜ。行くぜ、ミ~カ~ン~の~皮~♪」
天然ゴム製の風船にミカンの皮を搾ってかけると、ミカンの皮に含まれる「リモネン」という物質が、天然ゴムと化学反応して、風船を割る、という仕組みだ。
バンッ!
「競走開始ッ!」
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競走の途中で、【幽者】ユゲタイのエラスモテリウムが、明らかにこの世界の住人ではない、緑色の小鬼と思われる生物を轢き殺したが、それ以外は特に問題は発生せずに、目標地点である、昨日のタールの沼地へと向かっていた。
だが、近付くにつれて、異常な量の瘴気が漂い、【幽者】ユゲタイは、エラスモテリウムを減速させた。
「どうした?何故、減速した?」
「明らかに瘴気の量が異常だろうが。」
「そういえば、少し息苦しいな。だが、これはタールの臭いではないのか?」
「そうか。君は、憑依の影響で、瘴気への耐性が上昇しているのかもな。よし。それなら、競走の勝ちは譲ってやるから、先行して偵察してきてくれ。俺も後からすぐに追いつく。」
郡山青年とネメシス・ダムドが、タールの沼地に到着すると、現地の生態系には明らかな異常が発生していた。
タールの沼からは、黄土色のネバネバした粘液で構成された、巨大な手が生えており、現地の生物をタールの沼へと引きずり込んでいた。
但し、タールの沼へと引きずり込む生物は、決して何でも良いというわけではないらしく、黄土色の粘液でできた巨大な手は、「フクロオオカミ」と「アンドリューサルクス」を選んで、タールの沼へと引きずり込んでおり、どうやら、この黄土色の粘液の手には、一定の知性があるようだ。
ネメシス・ダムドを憑依させた郡山青年は、【蝙蝠山卿】となり、黄土色の粘液の手が、「フクロオオカミ」と「アンドリューサルクス」をタールの沼へと引きずり込み、現地の生態系を破壊するのを阻止するべく、近付いて行った。
すると、黄土色の粘液の手は、その動きを止め、明らかにこちらに気づいた様子で、警戒を始めた。
やがて、しばらく時間が経つと、黄土色の粘液の手は、不毛な睨み合いを止めて、自らタールの沼へと沈んでいった。
そして、黄土色の粘液の手と入れ替わるようにして、タールの沼から浮上する形で、夥しい量の禍々しい瘴気を纏った魔獣が出現した。
それは、牛ぐらいの大きさがあり、背中に黒くて長い縞模様がある、赤茶色の体毛に長いふさふさした尻尾のオオカミに似た、魔獣であった。
大きさ以外は「フクロオオカミ」とその身体的特徴が全て一致する。だが、その大きさは、大型化したオオカミと言っても過言ではない。或いは、ハイエナには、縞模様や赤褐色の個体もいるので、寧ろ、ハイエナの方が似ているかもしれない。
また、「史上最大級の陸生肉食獣」と呼ばれた、「アンドリューサルクス」は、動物の死骸を食べる腐肉食獣だったという説もあり、その場合、大きなハイエナの様な姿をしていたともいわれている。
謎の魔獣と、蝙蝠の翼と蠍の尾が生えた黒衣の青年が対峙する。
まるで、闘技場内で猛獣と対峙する剣闘士の様に。
そこに、この天然の闘技場を見下ろすように、岩山の崖の上から、例の連中の不愉快で下品な声が聞こえてくる。
「どうだ?俺達の作品はよォ!かつて人間を喰いまくった、【ジェヴォーダンの獣】っていう獣の魂を降靈するための媒体として、魔獣を合成してみたんだが。その名も【ベート】さんだァ!さァ、頼みますよォ、センセェ!」
この意地汚い豚野郎共は、食人繋がりで、三毛別羆事件の【袈裟懸け】に続き、かつて、フランスのジェヴォーダン地方で起きた獣害事件、「ジェヴォーダンの獣」の【ベート】を再現しやがった。
「ジェヴォーダンの獣」の正体は、「オオカミ」、「ハイエナ」、「ナマケグマ」、「フクロオオカミ」、「アンドリューサルクス」等の説がある。
要するに、「フクロオオカミ」と「アンドリューサルクス」を選んで、タールの沼へと引きずり込んだのは、【ジェヴォーダンの獣】を召喚するための生贄だったのか。
そして、恐らく、巨大な手を構成していた、黄土色の粘液の正体は、【汚泥スライム】だろう。
これ以上、連中にこの無人大陸の生態系を破壊させるわけにはいかない。
況してや、あの化け物を現世に解き放つわけにはいかない。
貴様らの命運ごと、ここで終わらせてやる!
小隊を組んだことで、好敵手としての
存在意義が、なまってしまうような
気がして書いたのが今回の話。
模擬戦だけが、好敵手としての在り方ではない。
→競走という発想。




