第86話 「スミロドン」と「エラスモテリウム」
前回の話の次回予告通り、今回は専門用語が多めです。
あまり詳しくは解説しませんが、小説上では、物理法則などを
異世界基準で改変したりしているので、理科や科学に興味がある場合は、
それぞれの用語にて、正しい知識を検索することをオススメします。
【イエティ】を眷属化して、式神とした【蝙蝠山卿】だったが。
「サンケベツ村で交戦したときは、連中との戦力差を痛感した。だから、帝都ニライカナイでは、戦力を強化した。それでも、連中を逃がしてしまった。まだだ。まだ、足りないんだよォ。もっと戦力を強化しなければ・・・。」
「戦力強化の必要性に関しては一理あるが、ここは未知の領域だ。慎重に行こうぜ。無理のない範囲でな。」
【幽者】ユゲタイは、「勇者」ではなく、「幽者」であり、そんな彼だからこそ、「勇気」と「無謀」、或いは、「蛮勇」との違いは痛感している。
「はっ。そうだったな。慎重に行かないとな。マンティコアノイドの魔力酔いの影響なのか、かなり攻撃的になっているな・・・。」
「今回は、サンケベツ村のときとは逆に、君が暴走して、俺がそれを制御するという、かつての十年前の関係に戻ったようだな。もしかして、あの頃の攻撃性も、マンティコアノイドの憑依が原因だったりするのかな?」
「あの頃の部分憑依の状態でさえ、昂ぶって統御できないことが、屡々あった。今回は、況してや完全憑依だからな。身体中を自分じゃない何かが蠢いているかのようだし、魔力の制御だけでも、場合によっては、全身筋肉痛みたいになる。」
【幽者】ユゲタイは、【蝙蝠山卿】に【祟りの凶杖】を向ける。
「イミダゾールジペプチド!」
「何をしたんだ?」
「別名、イミダペプチド。渡り鳥の羽を動かすための筋肉に含まれる成分で、疲労回復に効果があるらしい。」
「悪いな。感謝するぜ。回復魔法みたいなものか。」
「濁音が多めだから、これを回復魔法の呪文として使う奴なんて、俺以外にはいないだろうがな。ククククク。」
【幽者】ユゲタイは、物質生成用魔術の新しい詠唱の効果を試せて、ご機嫌である。
――――――――――――――――――――――――――――――
ばさばさ、バサバサ。
そこに、偵察に出していた、エゾフクロウ、シマフクロウ、ワタリガラスの三羽が、主のところに帰ってきた。
「おお。イソサンケカムイ、村の守り神、オンネパシクルの三羽が帰ってきたようだ。」
「ホッホ、ホッホ」
「フムフム。ほぉ~。」
「いや、梟語分かるのかよ。」
「契約している式神のものであれば、何となくはな。詳細が要る場合は、【思念共有】という技能か、それを付与した読心の宝珠を使う。」
【幽者】ユゲタイは、多少は、梟語が分かるようだ。
「ガァ、ガァ」
「フムフム。ほぉ~。」
さらに、彼は、鴉語も少し分かるようだ。
そして、【幽者】ユゲタイは、これらの三羽を型紙に戻すと、取り敢えず、高所から平原を見てみよう、ということで、一行は、見晴らしの良さげな場所へと移動することになった。
――――――――――――――――――――――――――――――
岩山と森林に囲まれた、楕円形の平原は、天然の闘技場の様になっていた。
そこには、地球上では絶対に見られない筈の生物がいた。どうして、「絶対に見られない」と断言できるのかって?何故なら、それらの生物はかつては地球上に存在したが、現在は既に絶滅しているからだ。
例えば、第三紀―6500万~160万年前―の肉食動物である、「アンドリューサルクス」。そして、同時代の草食動物である、「インドリコテリウム」。
他にも、第四紀―160万年前~―の肉食動物である、「スミロドン」は、剣状の歯を持ち、別名「サーベルタイガー」とも呼ばれている。或いは、同時代の草食動物である、「エラスモテリウム」。こちらは、「ユニコーン」の原型となった角を持つが、馬ではなく、犀の仲間である。
それだけではなく、近年になって絶滅した種や、現在絶滅危惧種となっている動物もいる。実際、森林には、ドードーやヤンバルクイナが歩き、岩山には鴇が羽を休めている。
絶滅危惧種でさえないが、見た限りでは、アリクイ、フクロオオカミ、サソリモドキ、等々もいた。
フクロオオカミは「タスマニアタイガー」とも呼ばれ、オオカミに似ており、オオカミとフクロオオカミの関係や、アリクイとフクロアリクイの関係は、屡々、収斂進化の例として挙げられることも多い。
サソリモドキは、蠍とは別系統で、寧ろ、蜘蛛に近縁な系統である。尾から酢酸の混合物を噴射することから、「ビネガロン」とも呼ばれる。
――――――――――――――――――――――――――――――
・・・・・・。結論から先に述べると、この無人大陸の生態系は、かなり歪なものであることが明らかになった。
まず、【イエティ】に代表される未確認生物。これはまだいい。未知の大陸なのだから、未知の生物がいたとしても不思議ではあるまい。
だが、絶滅した動物が大量に存在しているのは何故だ?この無人大陸では、残念ながら恐竜はまだ発見されていないようだが、生きていた時代や場所も異なる古生物が共存している。
生物の時間に、「カオシデ石」を習っただろう。そんなの知らない、と言う人のために一応書いておくと、別にそういう石があるわけではない。
カンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀、デボン紀、石炭紀、
二畳紀、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀、第三紀、第四紀。
という、地質年代の語呂合わせである。
恐竜が生きていた、「三畳紀」、「ジュラ紀」、「白亜紀」は有名で、郡山少年も幼稚園の頃は恐竜図鑑を読んでいたぐらいだが、古生物は恐竜ほど知名度は高くはなく、恐竜図鑑の末尾に数頁をその説明に割いている程度だった。
この世界が竜や龍がいない世界だから、恐竜がいないのだろうか。
勿論、古生物の学者や研究者ならこの状況を喜ぶかも知れないが、明らかにこの世界を作った何者かの作為を感じざるを得ない。
――――――――――――――――――――――――――――――
一行は、見晴らしの良い、岩山の崖の上から平原を見下ろしていたが、この天然の闘技場の様な平原で、動きがあった。
「サーベルタイガー」という別名の由来となった剣状の歯を持った、「スミロドン」の一頭が、「ユニコーン」の原型となった角を持つ、犀の仲間である「エラスモテリウム」に襲い掛かった。
自然の摂理と言えば、その通りだが、今回はそれだけではなかった。両者は、戦っている間に、タールの沼の中に入っていき、身動きがとれなくなった。実際、地球上でも、「タール・ピット」に落ちた、「スミロドン」の化石が発見されている。
タールといえば、郡山少年も弓削少年も、中学受験の理科で習った、「木タール」を思い出す。試験管の中で木片を蒸し焼きにすると、木炭と木酢液と木タールが出来るという内容だ。
その間にも、「スミロドン」と「エラスモテリウム」の両者は、ゆっくりとタールに沈んでいく。
「悪いが、時間がないみたいだ。あの二体は両方とも頂くぞ。」
【幽者】ユゲタイは、タールの沼で争う両者へと近づいていく。
「ゑ?二体とも?」
郡山青年は訝るが、【幽者】ユゲタイは、振り返らず答えた。
「【イエティ】の時は譲っただろう?今度は俺の番だ。」
【幽者】ユゲタイは、両者から少し離れた位置に立ち、まず、「スミロドン」に【祟りの凶杖】を向ける。
「【誘導放出光の増幅】!」
すると、【祟りの凶杖】から出た青いレーザー光が、レーザーポインターの様に、「スミロドン」に照準を合わせる。因みに、「Laser」が「Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation」の頭文字をとったもので、「誘導放出光の増幅」という意味である。
でも、青いレーザー光は、反射光でも失明や火傷、火災発生の危険を伴う、「クラス4」に相当するんじゃないのか?
訝る郡山青年など、歯牙にも掛けずに、【幽者】ユゲタイは、既に次の一手を講じていた。
「テオブロミンを経口投与!」
「イェァ~オ!イェァ~オ!イェァ~~~オ!!」
テオブロミンを経口投与された「スミロドン」は、苦しみの声を上げる。そういえば、「スミロドン」も広義には犬や猫の仲間には違いない。
図体が大きい分、致死量は多いのだろうが、「エラスモテリウム」の背から落ちさえすれば、その後は体力が尽きる寸前で、護符を型紙として封印し、眷属化するだけ。
そして、回復すれば、式神として使役できるようになるだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――
「スミロドン」を型紙に封印するという形で救出した次は、「エラスモテリウム」も同様に眷属化しようと試みる。
「臭化水素酸スコポラミン!」
臭化水素酸スコポラミンは、常井学長の講義にも登場した物質で、昔は目薬、今は酔い止め薬に入っている成分だが、抽出し濃縮することで、睡眠薬として使える。
しかし、普段から酔い止め薬を服用している場合には、耐性があったりもするのだが・・・。
そして、理由は定かではないが、臭化水素酸スコポラミンは、「エラスモテリウム」に効果が無かったみたいだ・・・。
「エラスモテリウム」は、「スミロドン」の剣歯で穿たれた傷からの出血と、自重でタールの沼に沈んで体力を奪われているとはいえ、図体が大きい分、そう簡単には型紙に封印できないと考えて間違いないだろう。
そこで、暴れている「エラスモテリウム」を抑えるため、漆黒の弩、【痛矢串】を取り出して構える。
さらに、麻酔作用のある成分を【祟りの凶杖】で生成し、【痛矢串】の矢に付与する。
ところで、高校化学の範疇で麻酔作用のある物質を挙げるとしたら、
・ジエチルエーテル
・クロロホルム
・亜酸化窒素
の三種類辺りだろうか?
まず、「ジエチルエーテル」だが、引火性があり、危険物第4類の特殊引火物にも指定されている。対象の「エラスモテリウム」を燃やしかねないので却下。
次に、「クロロホルム」は少量では麻酔としての役割を果たさない。
そして、「亜酸化窒素」は「笑気ガス」とも呼ばれ、全身麻酔にも用いられる程だが、吸入型の麻酔薬のため、矢に付与するには適さない。
他には、高校化学の範疇を超えるが、「チオペンタール」や「サクシニルコリン」が挙げられる。これらに「塩化カリウム」を加えた薬液が「薬殺刑」に用いられる。
「塩化カリウム」は体内で、塩化物イオンとカリウムイオンに、「サクシニルコリン」は、コリンとコハク酸に、それぞれ分解され、それらは体内にもある成分のため、時間が経てば検出しにくくなる。
そういえば、「サクシニルコリン」は、MMOの小説でも、用いられていた気がする。
また、「ケタミン」は、全身麻酔の麻酔薬にも、動物麻酔の麻酔銃にも用いられていたりする。
・・・・・・。というわけで、【幽者】ユゲタイが、「ケタミン」を付与した矢を射ると、「エラスモテリウム」は大人しくなり、型紙に封印することができたのであった。
絶滅種の動作や性質に関しては、確かめようがないので、
完全に想像ですが、それでも不自然に感じるのであれば、
似て非なる異世界の生物と考えても構いません。




