第64話 紙一重の差
異世界チート無双系の小説が似たような展開ばかりになるのは、
好敵手が不在の影響で、主人公が突出して強くなって
しまうためだと考えます。将棋でも相撲でもそうですが、
一人では対戦が出来ません。この世界観でそれをやると、
多分つまらない話になってしまう。
かといって、関西人から見た関東圏の人や、
半島の人から見た日本人といったように、
一方的に執着するような関係は、
健全な好敵手関係とは言えない気がします。
そこら辺の匙加減が難しく、どうしても似た者同士と
なってしまった感はあるものの、あくまで一つの理想論として、
上手く描けていると・・・いいなぁ。
【八咫烏天狗】と【九尾の火狐】を左右に従えた郡山青年は、【蝙蝠山卿】という渾名に相応しい紫炎の魔力色を纏っていた。
「ククク。やはり君は強いな、【蝙蝠山卿】。俺も久々に倒し甲斐のある相手と対峙して昂ぶるよ。」
【幽者】ユゲタイもまた、既に【幽離】しており、白銀の髪に真紅の眼の姿へと変貌を遂げていた。
「ああ。楽しい時間というのは、あっという間に過ぎていくよな。」
今なら、魔王と対峙した勇者の心境が分かるような気がした。だが、今の自分は【幽者】ユゲタイであって、勇者ではないし、郡山青年は、【蝙蝠山卿】であって、魔王ではない。
何でも言葉で形容して、分類したがる人は何処にでもいる。最近だと、ツンデレとか、ヤンデレとか、BLとか、DQNとか、中二病とか、草食系とか、造語に関しても枚挙に暇がない。
量子力学では、光や電子が、「粒子でもあり、波でもある」、と教わるが、それは実は100年前の考え方であって、現在では、光や電子は、「粒子でも波でもない何か」という考え方が主流になっている。
二人の関係を、これに準えてみよう。親友?好敵手?相棒?二人は、親友でもあり、好敵手でもある。でも実際は、二人の関係は、そんな一言では到底言い表せない。
世界の表と裏に分かれ、互いに二度と交錯する筈の無いそれぞれの道を進んできた二人が再び出会ったとき、だからといって、別に何も起こりはしない。恰も、前に別れたのが、まるで昨日の様に、「よお」「やあ」と挨拶を交わし、近況について雑談を始めるだろう。
その根底には、互いに対する信頼があるからだ。
「アイツなら、今日も何か面白いことを考えているに違いない。」
というワクワクした期待も、艱難に陥ったときに、
「アイツなら、この状況をどうやって打ち破るのだろう?」
と相手の立場に準えて、状況を鑑みることもあるだろう。
だからこそ、【幽者】ユゲタイとして、【蝙蝠山卿】に対して放つ台詞は、必然的に永遠に続く今を終わらせるための言葉となる。
「そろそろ決着をつけようか。」
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対する【蝙蝠山卿】の台詞も決まっている。
「ああ、決着をつけよう。【幽者】ユゲタイ!」
掛け合いに終止符が打たれると同時に、【蝙蝠山卿】は、飛び退く。影属性の足捌き【逃げ水】を使用して、【重力の軛】の圏外に。
さて、現状とれる手段はそう多くない。まずは、装着している【烏天狗の仮面】を別の仮面に変更するか。候補を確認するとしよう。
・般若の仮面:
ノワール般若戦でドロップした防具。装備時、武力が上昇する。
→却下。鍔迫り合いではないので、武力の上昇で押し切るのは、危険過ぎる。
・妖狐の仮面:
九尾の火狐戦でドロップした防具。装備時、火力が上昇する。
→火力の上昇により、消費魔力が増大し、魔力切れの危険が伴うが・・・。
装備を【妖狐の仮面】に変更した。続いて、防具だが、黒キ楯は、距離的に取り戻すのは難しい。
ここは、防御を捨てて、攻撃に転じる時。以前、【九尾の火狐】対策として、【武器合成】した、【葬送の双槍】と呼ばれる「魔槍」を【コンテナ】から取り出す。
・葬送の双槍:
ヒヒイロカネの柄の両端に黒曜石のナイフを付けた魔槍。両端の黒曜石の部分は、ボールペンの芯のように付け替え方式。
最後に式神。
・【鵺】:
→却下。召喚し顕現させ続けるための消費魔力こそ少ないが、風属性系統の技能【鎌鼬】が使える程度のマスコット枠では、瞬殺される可能性大。
・【メデューサ・ゴルゴン】:
→却下。黒キ楯を取り戻さない限り、「アイギス」に変更することも出来ない。
・【代田ラボッチ】:
→却下。内地である、【代田】を離れているため、光線の威力減少や、召喚し顕現させ続けるための消費魔力の増大が想定される。
・【八岐大蛇】:
→却下。周囲の被害が甚大となる恐れ。模擬戦程度で使用するべきではない。
従って、式神は、このまま、【八咫烏天狗】と【九尾の火狐】のみ。【重力の軛】の範囲は、複数を対象に出来ないので、両者と術者である自分とで、多面的に攻めるしかあるまい。
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【幽者】ユゲタイもまた、自身のどの式神を召喚するか検討していた。勿論、先程撃破された【餓者髑髏】以外にも、【幽者】ユゲタイは、他にも複数の式神を眷属化しているのだが、【餓者髑髏】は人型のため、何かと使い勝手が良く、ここであっさりと撃破されてしまったのは痛手だった。
どの式神を召喚するか決めた【幽者】ユゲタイは、【蝙蝠山卿】の方に型紙を向けて、別の式神を呼び出す。
「出でよ、【大百足】!」
・【大百足】:
古生物のアースロプレウラから進化した妖怪。噛み付き、毒を付与する。
[弱点]:熱湯、極低温
【大百足】は、火属性や氷属性による温度変化に弱いので、【九尾の火狐】の相手をするのは無理。また、飛行能力を持つ【八咫烏天狗】も捕食者と被捕食者の関係から、天敵と呼べる。従って、必然的に【蝙蝠山卿】の相手に選ばれたわけだが…。
【蝙蝠山卿】は、高密度ポリエチレン製の容器に入った生石灰の粉末を【大百足】に向かって撒いた後、【葬送の双槍】を【大百足】に向けて詠唱を行う。
「【一酸化二水素】!」
化学式CaOで表される酸化カルシウムは、「生石灰」とも呼ばれ、かつては、「禁水性物質」として、危険物第3類に指定されていた。
生石灰に水をかけると、60度ぐらいの熱湯になる。しかも、タンパク質を溶かす、強アルカリ性―水溶性の強塩基―である、水酸化カルシウムの水溶液が生じるというオマケ付き。
「熱と石灰で殺菌消毒だぁあああああ!」
そして、熱湯をかけるのは、「百足」の一般的な駆除方法でもあるのだ。
「【大百足】撃破!」
こうして、【大百足】は瞬殺され、魔素の粒子の塵となって、弓削青年の型紙へと戻った。これで、【大百足】も式神として再使用するには、冷却時間を要することになる。
だが、それで全く問題ない。【蝙蝠山卿】が【大百足】の駆除をしている間、【幽者】ユゲタイは、充分過ぎる程の時間を稼ぐことが出来たのだから。
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【八咫烏天狗】と【九尾の火狐】は左右に分かれて、【幽者】ユゲタイを挟撃する。だが、【幽者】ユゲタイは、【祟りの凶杖】を構えて、【九尾の火狐】に向かって突進していった。
「【一酸化二水素】!」
奇しくも、否、同門故の必然なのかも知れないが、【幽者】ユゲタイも【蝙蝠山卿】と同様の水属性魔術を詠唱する。
鉄砲水の様な水流がやがて渦を巻き、【九尾の火狐】が纏う紫炎に触れると、再び、水蒸気爆発によって、霧が発生し、両者の視界を阻む。
だが、ここからが違う。
「極低温の瘴気!」
【病みエルフ】の膨大な魔力を以って、氷属性の魔術の奥義【極低温の瘴気】が放たれる。その瞬間、霧は凝結し、【九尾の火狐】は氷柱に閉じ込められる。
それでも、【九尾の火狐】の口から放たれる火炎放射が、氷柱を融解させ、【九尾の火狐】の頭だけ、氷柱からの脱出に成功する。
だが、再度火炎放射を放とうと、【九尾の火狐】が口を開けたとき、【幽者】ユゲタイの持つ、【祟りの凶杖】の杖先に亜空間が開いた。
「テオブロミンを経口投与!」
その亜空間から、常井氏直伝の対狗族用、或いは、対猫族用の猛毒が、【九尾の火狐】の口内に流し込まれる。
「お、おのれえええええ」
未だ体が氷柱に閉じ込められている【九尾の火狐】は、痙攣し、のたうち回ることも出来ず、魔素の粒子の塵となって、【蝙蝠山卿】の持つ型紙へと戻っていく。
「【九尾の火狐】撃破!」
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【幽者】ユゲタイが【九尾の火狐】を撃破するのを【八咫烏天狗】とて黙って見ていたわけではないが、左右に分かれて挟撃を試みたため、距離が離れており、【幽者】ユゲタイの早業の前には、成す術がなかった。
「つ、強い…。強過ぎる。あの小僧も相当な規格外だったが、その彼を凌ぐ程の強さとは…。この【病みエルフ】もまた、別格、ということか…。」
一度距離を取ろうと、上空に飛翔する【八咫烏天狗】だったが、それを見上げてニヤリと嗤う【幽者】ユゲタイを見て、背筋が凍てつく程の怖気を感じた。
「ククク。この楯は、いいぞ。実にいい!使い方はこうか?翼ノ楯に変更!」
黒翼が生え、翼ノ楯となった黒キ楯をリュックサックの様に背負うと、【幽者】ユゲタイにも飛行能力が付与される。
「これで空を飛べるのは、貴様だけではなくなったようだなァ。今度は地べたを這わせてやる!」
2600年前。史実では、「八咫烏」は東征を導き、「痛矢串」の所有者は、東征に抗った。その両者は再び対峙する。
【痛矢串】から放たれる、火属性や毒属性を付与された矢を【八咫烏天狗】は、悉く躱していく。
だが、その回避行動さえ、【幽者】ユゲタイによって、誘導されていた。先程の水蒸気爆発によって生じた霧の中を飛行したことで、【八咫烏天狗】の黒翼は、湿り気を帯びていった。
【幽者】ユゲタイは、【祟りの凶杖】を天に掲げて詠唱し、雷属性の魔術の奥義を発動する。
「【直撃雷】!」
【幽者】ユゲタイの魔力色である、青白い直撃雷が、【八咫烏天狗】に降り注ぎ、【九尾の火狐】に続き、【八咫烏天狗】も、魔素の粒子の塵となって、【蝙蝠山卿】の持つ型紙へと戻っていく。
「【八咫烏天狗】撃破!」
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この模擬戦の観衆―サンケベツ村の蝦夷エルフ達と、登戸研究所のブルクドルフ氏と常井氏―は既に、この決闘の様子を形容するべき言葉を失っている。
故に、こう思う他なかったのだ。
この「死合い」は、【別次元の領域】だと・・・。
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【大百足】を撃破し、撃破された【九尾の火狐】を型紙に回収した【蝙蝠山卿】は、再び、装備を【烏天狗の仮面】に変更し、黒翼を羽ばたかせて飛翔し、【幽者】ユゲタイを追ってきた。
両者は空中にて対峙する。
しかし、両者の決着は意外な形で訪れる。
否、ある意味では必然だったのだろう。知らぬ間に玖球帝、ネメシス・ダムドの魔力を拝借していた【蝙蝠山卿】と、膨大な魔力を有する【病みエルフ】であるが故に、【九尾の火狐】と【八咫烏天狗】を倒すために、氷属性の魔術の奥義【極低温の瘴気】と、雷属性の魔術の奥義【直撃雷】を連発していた、【幽者】ユゲタイ。
その決着は・・・紙一重の差、だった。
【幽者】ユゲタイは、魔力切れで目眩を起こし、蝦夷の大地へと墜ちていった。
次回は9月更新予定。




