第58話 「痛い、痛いぞ。この痛み!儂が生きている証だァ!お前も、まだ生きているぞ。味わえ、この痛みをォ!」
【瀬戸】。それは、表の世界の日本では、『四国』に相当する地。こちらの裏の世界の日本では、【荒脛巾皇国】の領土の一部だが、独立意識が強く、従属国に近い自治領という雰囲気がある。表の世界の日本とも共通する特徴としては、水軍が強い。
【瀬戸】は、エジプト神話における戦争の神『セト』にも通じるものがある。エジプト神話の『セト』は、『ステカー』とも呼ばれるが、エジプト神話における冥界の神『オシリス』の弟である。
これは、荒脛巾皇国の大皇を『オシリス』に準えた時、【瀬戸】の地の領主はその弟である、という意味と、兄『オシリス』が弟の『セト』に謀殺されたように、いつでもその座を狙っているぞ、という意味も込められているとかいないとか。
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まぁ、そういうわけで、【瀬戸】の領主は、ある程度の独断専行が可能な立場にある。
もし、玖球帝国の全土、或いは、その一部でも支配下に置くことが出来たなら、荒脛巾皇国の大皇の座をも脅かす存在となるであろうことは、想像に難くない。
そして、玖球帝国の支配者が代替わりした過渡期の今なら、攻め込むことも容易いだろう。だが、念には念を入れて、予め弱体化させるための手は既に打ってある。
玖球帝国の弱点は、多種族国家であること、支配者が代替わりした過渡期であれば、声望は盤石ではあるまい。
活力吸鬼や、努力教、反知性主義者といった存在は、【瀬戸】に内通していた。それは、玖球帝国の側から見れば、売国奴に他ならないであろう。
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ケイカは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
ケイカは猫又の決闘士である。黒猫が後ろ足二本で直立歩行し、しかもその黄色い両眼は、まるで般若の仮面とでも形容すべき形相である。ゑ?何処かで見覚えがあるって?その正体は後に判明することになるであろう。
般若の仮面とでも形容すべき形相になったのは、怒りと憎悪に歪んだが故である。その理由をこれから示していこう。
まず第一に、猫又も、マンティコアノイドも、猫族である。マンティコアノイドは、何人もの【魔族】の『皇帝』、『魔王』、『帝王』といった存在を輩出してきた名門の家系である、ディアヴォロス公爵家など、今では、猫族の主流派ともいえる種族であるが、一方、かつての主流派だった猫又は凋落し、見る影もなかった。
【魔族】は、造物主がこの裏世界を創造した際に裏世界の創造に関与した、西洋から亡命してきた【悪魔】と呼ばれる3柱の堕天使、
・「サタン」:元「サタナエル」
・「ルシファー」:元「ルシフェル」
・「ベルゼブブ」:元「バアル・ゼブル」
の末裔であるといわれている。
一方、猫族は猫科の動物から進化した純粋な獣人で、【悪魔】の末裔と混交した混血である、【魔族】や【魔人】と異なり、一般的に魔素検知能力は決して高くはなく、武器合成や技能などを重視した、ある意味、誇り高き純血種なのである。
それなのに、また、ディアヴォロス公爵家から帝位に就く者が現れた。即ち、「オイ、少しは自重しろよ」という、マンティコアノイド側にしてみれば、単なる逆恨みであるともいえなくはないのだが。
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一方、ネメシス・ダムドは退屈に辟易していた。玖球帝といえば、この国の最高権力者である。しかし、その仕事は、謁見をする者達への対応と、様々な書類の最終確認をする事務作業に他ならない。
武闘会以降、体がなまってしまっているのは否めない。戦闘訓練と称して、近衛中隊と模擬戦をするのだが、あっけなく全滅して、全員病院送りとか、まるで話にならない。これで護衛の役目を果たせるのだろうか?
それでも、稀に現地視察の予定が組まれることもある。視察に訪れたのは、貧民窟。そこで、【コンテナハウス】の技能を普及させて、浮浪者を減らした実績は高く評価されている。
公務の際は、背広を着るのだが、何だあの服は。動きにくい上に、少し筋肉を隆起させただけで、ブチブチッと破れてしまうではないか!
そんな時に、競泳用の【鮫肌水着】を普及させてほしい、という依頼が来た。
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【鮫肌水着】
乱流境界層の性質を利用した、競泳用水着。
水中での機動力が上昇する。
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玖球帝自ら広告塔として着てみたところ、背広と違って、伸縮性があり、少し筋肉を隆起させた程度で破れることはない。
武闘会以降、体がなまってしまっているからな。運動不足の解消に、耐久性能試験と称して、遠泳を企画した。側近達は、途中でバテてしまったのだが、それは護衛として如何なものだろうか?
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【瀬戸】の水軍が進軍を開始して、ついに玖球帝国の百万年の歴史を踏みしめた大地へと上陸する。
この時、同時にケイカは湖へと向かう作戦である。そう、ネメシス・ダムドが、双子の叔父である、【死神兄弟】を水底に封印した例の湖へと。更に、蜥蜴人間ではなく、ただの「イグアナ」となってしまった、かつての枢機卿、キャプテン・イグアナも加わって、ネメシス・ダムドに恨みを持つ者達がここに集合した。
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さァ、謁見の時間だ。ケイカは、表向きは、【瀬戸】からの親書を携えて帰国したことになっている。
そして、玖球帝である、ネメシス・ダムドに謁見するため、登城して、玉座の間へ。玉座には、蝙蝠の翼と蠍の尾を持つ、獅子の獣人が座って待ち構えていた。
彼は、黒に限りなく近い焦げ茶色の鬣をしており、浅黒い皮膚は筋肉隆々で、貫禄はあるが、決して太ってはいない。寧ろ、痩身にして長身。頭上に【牛骨の冠】を戴き、【ワン公の腕甲】を装着し、【鮫肌水着】を着ている姿は、風変わりで異様だが、王者の威厳ともいうべき、威圧感を醸し出していた。
ケイカは、跪いて地図の巻物を懐から取り出す。
「これが玖球帝閣下に割譲する領土の地図ですニャ。」
玖球帝の称号は「陛下」ではなく、「閣下」。ネメシス・ダムド自身が、公爵家嫡男時代からそう呼ばれてきたので、「閣下」という称号で呼ばれることを望んだからである。
地図の巻物を広げていくと、その中から折り畳み式の短刀が現れる。折り畳み式の短刀は、バタフライナイフのようなもの。
謁見時の所持品検査をすり抜けるため、予め仕込んでおいたものであり、暗殺用に毒が塗られている。
「チェスト~ッ!死になァ……ニャ?!」
だが、急所を狙った筈の短刀は、筋肉で受け止められてしまう。
「ククククク。痛い、痛いぞ。この痛み!儂が生きている証だァ!お前も、まだ生きているぞ。味わえ、この痛みをォ!」
ドグシャ!ボコボコボコ!バキッ!
ネメシス・ダムドの拳が炸裂して、ケイカの顔面は陥没する。そして、そのまま拳圧で吹き飛ばされ、ケイカは、壁の柱に叩き付けられる。
「くっ、屈強だニャ……。」
「ほォ。まだ、ほざく気力が残っているとはな。」
既に足が震える状態でありながらも、再び立ち上がろうとするケイカに、ネメシス・ダムドは、心の中で密かに敬意を表する。
「まだ立ち上がろうとするか?素晴らしい気概だな。儂の護衛をしている側近達にも是非見習わせたいぐらいだ……。」
その玖球帝を護衛する筈の側近達は、何故か、
「新し~い餌が来た♪所望の餌~が♪」
と歌いながら、玉座の間を退出していく。
「部下にも見限られるとは、人望の無い皇帝ニャ。」
「ククククク。彼等の歌を聴いていなかったか?お前は儂の新しい餌だ。彼等は儂の『お愉しみ』に巻き込まれないように退出せよと、事前に命じてある。お前は久しぶりに活きのいい餌だ。では、愉しませてくれよ?」
ネメシス・ダムドは、油断することなく、にじり寄っていく。
「その余裕もいつまで続くかニャ?その暗殺用短刀には、毒が塗られているニャ。疾く逝ね!はよしね!」
ここで、「疾く逝ね!」は、「早く死ね」という意味である。因みに、「はよしね」は、福井弁で「早くしろ」という意味である。若し、福井弁で「早く死ね」と言う場合は、「はよしにね」と言うべきである。
「残念だが、我々【マンティコアノイド】は、蠍の尾を持っているが、蠍が自分の毒では死なないのと同様に、殆どの毒を解毒できるのだが……知らなかったのか?因みに使ったのは、トリカブトのアコニチンに、ヤドクガエルのバトラコトキシン辺りか?そう、儂に毒は効かない。どうやら知らなかったようだな。」
ケイカの顔に焦りが浮かぶ。こんな化け物、一体どうやって倒せばいいというのか。出した答えは……背を向けて全力疾走。
「逃亡するんじゃねぇ!オイ、自重しろよ?」
「だったら、アンタは存在そのものを自重しな……ニャ?」
逃亡しながらも暴言を吐いていたケイカだったが、思わず絶句する。ネメシス・ダムドが、【コンテナ】の亜空間に収納されていた、聖剣【電動鎖鋸】を己の影から取り出したからだ。
「儂がセイケンをとったからには~こ・れ・で・終・わ・り・だァ!」
一般論では、電動鎖鋸を使う際に、一番気をつけなければならないのは、キックバックだろう。
しかし、この聖剣【電動鎖鋸】は、自分が雷属性の魔力を流している間のみ起動している。それは恰も、足踏み式の電動ミシンが、ペダルを踏んでいる間のみ動くのと同様である。
「【シシ切断】!」
ケイカは、かろうじてその一撃を躱す。
「ちょっ?!(;゜д゜)洒落になっていないニャ!」
聖剣【電動鎖鋸】は、城の柱にめり込んだ状態で止まる。
「そうか?【マンティコアノイド】の『獅子』と、貴様の両手両足という意味の『四肢』を掛けてみたんだがなァ……。」
ケイカは、その隙に逃げ出そうとする……が、暴言を吐くのは忘れない。
「そういう意味の『洒落』じゃないニャ!!狂ってるニャ!!」
ネメシス・ダムドは、【縮地】を使い、ケイカの奥襟を掴む。
「儂にとって、『狂っている』は、褒め言葉でしかないぞ?」
そして、零距離攻撃を仕掛ける。
「【一気呵成】!」
バシク、バシカラ、バシク、バシカリ、バシ!
バシキ、バシカル、バシケレ、バシカレ!
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遂に、ケイカは崩れ落ちる。
「ケッ、アタイの負けだニャ。さっさと殺しなニャ。」
「死体は悲鳴を上げない。」
「は?何を当たり前の事をほざいてるニャ?」
「玖球帝の暗殺未遂だから、普通なら処刑だが、儂は、簡単に殺すよりも生きたまま苦しめる方が好みでな。勿論、貴様は書類上は処刑されたことになるから、戸籍は抹消。これからは、【ノワール般若】と名乗り、儂のために働くがいい。先程の大立ち回りは見事であった。その根性には敬意を払おう。『生きる権利』とは即ち、『苦しむ権利』だ。さァ、愉しませてくれよ?」
「ひィッ?」
「それでは、我が下僕となった貴様に贈物をくれてやろう。【魔導科学】の工房に籠って【武器合成】した、装備品だ。まずは、この【鋼鉄の輪】を装着してもらおう。」
ケイカは、ネメシス・ダムドから首輪の様なものを渡された。
「よし、装着できたようだな。では、説明するぞ。これは、【電気首輪】だ。【刻印術】により、雷属性の魔力が付与されていて、儂の手元にあるリモコンの釦を押すと、貴様の首輪に高圧電流が印加される仕組みになっている。また、無理に外そうとすれば、毒属性の魔力が付与された、【マンティコアノイド】製の毒針が貴様らの喉を貫くようになっている。さらに、【電気首輪】には、カメラとスピーカーが内蔵されているから、逃亡しようとしても、すぐに分かるからな。貴様の運命は、儂の指先たった一本で決まるという事を忘れるなよ?」
ネメシス・ダムドは、嗤いながら、絶望の表情を浮かべるケイカの様子を愉しむのであった……。
今回の話は、始皇帝を暗殺しようとして失敗した刺客、
「荊軻」の伝説を基に構成しました。
興味のある方は、史実の方も検索してみては如何でしょうか。




