第50話 怨憎会苦、愛別離苦、そして、求不得苦。
この作品はフィクションであり、
実在の人物・団体には一切関係ありません。念の為。
今回も鬱展開要素の傾向が強いので、
鬱展開が苦手な方は、読み飛ばすことをオススメします。
2021/10/01(金)第伍章→第肆章に変更。
その日、塾の授業が終わるとすぐに、教室長は郡山少年を追い出す。
「オラァ!さっさと帰れ!寄り道はするんじゃねぇぞ!」
今日は、奴はいつもの『有意義な時間』を過ごすこともなく、どこか余裕のない様子をしていた。
そして、いつもは『有意義な時間』が終わった後、塾から少し離れた場所で、弓削少年と待ち合わせて、傷の舐め合いをするのだが、何故か今日はその待ち合わせ場所に弓削少年はいなかった。
先に帰ったのではなかったのか?
嫌な予感がしたので、塾の方へと戻ると、これから帰るところであろう、電車通学組の集団と出会う。彼等とはある程度会話をする間柄ではあるので、「よぉ」、「やぁ」と挨拶した後、情報収集をする。
「今日は一緒に帰ったんじゃないの?」
「教室長に先に追い出されたので待っているところなんだが・・・。」
「そういえばアイツ教室長に呼び出されていたぞ。」
「情報提供感謝する。」
忘れ物をしたとでも言い訳を考えつつ、塾に戻ろうとしたのだが、塾の入り口は施錠されていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
一方、塾の教室内では、弓削少年が教室長と対峙していた。
「テメェ!いつもコソコソと俺の周りをかぎ回っていたようだが、とうとう余計なことをしてくれやがったようだな!名門の弓削家のお坊ちゃまだからと、今までは見逃してやっていたが、よくもやってくれたな。今回ばかりは容赦しねぇぞ!」
「フン。名門出身の俺が怖いのか?」
挑発的な弓削少年に、教室長が暴行を加えようとするが、弓削少年は高笑いをしながら、これを躱す。
「今更、俺に暴力を振るったところで、結果が変わることはない。貴様の悪事は露呈される。弓削家の諜報部門によってな。これで貴様の本部校への栄転も危ういなァ?」
弓削家の諜報部門の調査結果によると、
・教室長は、塾の卒業生を娼館に斡旋していた
・彼の背後には、ヤクザの関係者がいる
・政府の暗部とも繋がりがあり、証拠のもみ消しを図っていた
という事態が発覚し、これらは既に脳筋塾の本部校へ報告済みである。
教室長以外にも、脳筋塾の講師の一部にはヤクザの関係者がいた。教室長は部下である彼等を呼び、弓削少年を包囲する。
「殺れ~殺るんだ。」
「ブチ殺すぞ!」
「絞め殺すYO!」
「殺せ~殺せ殺せ殺せぇ!」
「潰せ~潰せ潰せ潰せぇ!」
だが、弓削少年はそれら全てを高笑いをしながら躱し、塾の入り口へと向かうが、扉は既に施錠されていた。
「許酸素~逃がさん化炭素~」
前者は許さん+酸素、後者は逃がさん+二酸化炭素か。教室長があまりにも下らない駄洒落を口に出すのは、弓削少年が絶対に逃げられないと思っているからこその余裕からだろう。
「オゥオゥ!俺達全員に勝つまでは部屋から出られねぇぞ~。逃げられるとでも思ってんのか?今日の規制は痛いぞ~。オラァ!」
ドゴッ!バキッ!
この時、教室長の踵落としが弓削少年の肩に炸裂し、弓削少年の肩に、後に古傷となる、大きな痣が出来た。手負いとなった弓削少年は、二階の窓へと向かい、躊躇なく飛び降りた。
「『オゥオゥ!』ってオットセイかよ?或いは、アシカ?アザラシ?それとも、体型的にはトドかセイウチかァ?」
弓削少年は痛みに堪えながら挑発するが、教室長とその不愉快な仲間達は、体重も80kgから100kgと重く、酒太りで筋肉ではなく脂肪の塊であるため、流石に二階から飛び降りるだけの度胸はなかった。因みに、アシカとオットセイとトドは、仲間で、耳がある。それら3種のうち、毛深いのがオットセイ。大きいのがトド。一方、アザラシとセイウチには耳がない。牙があるのがセイウチである。
「追え~!絶対に逃がすな!」
しかし、施錠されている塾の入り口を解錠してから、階段を駆け下りた時には、既に弓削少年の姿はそこにはなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――
この騒動以降、弓削少年は、二度と脳筋塾に姿を現すことはなかった。教室長達は、彼が突然退塾したことに衝撃を受けている郡山少年の様子を見て、舌舐めずりしながら、悦んでいた。
そして、邪魔な存在であった弓削少年が去ったことで、機嫌が良い教室長達は、郡山少年に対して、弓削少年が突然退塾した理由について、「弓削少年は転校した。」と平気で嘘を言った。
しかし、皮肉にも、それが逆に郡山少年の教室長達の言葉への猜疑心を増幅する結果を招いた。郡山少年は、地元の徒歩・自転車通学組を脅したり、電車通学組の情報網から、弓削少年は転校などしておらず、地元でもその姿を見かけたという情報を得る。
その際に得た情報から、郡山少年親友である弓削少年の力になろうと、弓削一族の所有する幾つかの集合住宅を探し回ったが、弓削少年は、今回の一件に部外者である郡山少年を巻き込みたくなかったので、郡山少年の前に姿を現すことはなかった。
やがて、最終的には、教室長達の一派は弓削少年を自殺寸前にまで追い込んだ。弓削少年の自殺は未遂に終わったが、昏睡状態となってしまった。それでも、教室長達は、何の臆面もなく、塾生達にも、「弓削少年は転校した。」とだけ告げた。これは、塾生達に精神的な側面で不安を与えないよう配慮したため、だとされている。
そして、弓削少年は、様々な理由で函館の病院に入院することになるのだが、郡山少年にとっては、衝撃が大き過ぎるのではないか、という周囲の配慮からなのか、弓削少年が陥っている状態について、郡山少年には情報を伝えられることはなかった。
しかし、聡明な郡山少年は、詳細は分からなかったものの、盗聴した範囲で、ある程度の状況を察していた。二度と彼が自分の隣に立つことはなく、その聲を聞くことは出来ないのだということを。
その一方、本部校に報告された筈の教室長達の不祥事はもみ消されたようだ。
しかし、それでも一連の騒動によって、不穏当な噂が囁かれ、教室長とその不愉快な仲間達の一派は、翌年度から脳筋塾を去ることになった。
留まった理由としては、これも、今年度の受験生に精神的な側面で不安を与えないよう配慮したため、だとされている。
しかしながら、教室長達の一派は、脳筋塾を去った後も新たに自分達の塾を立ち上げ、後悔の欠片もなく、脳筋塾を去る原因となった行動を続けていたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
郡山少年が進学した中高一貫校は、名門校と呼ばれていたが、実態はあまりにも粗野な校風―以降、「粗野中学」、「粗野高校」とでも呼ぶべきか―であり、隣接する専門学校の敷地に紙飛行機を飛ばしたりする生徒や、昼休みに無断外出して、民家の敷地に弁当のゴミを投棄する生徒、或いは、修学旅行の風呂場でふざけて走り回って硝子製の扉を割ったりする生徒や、挙句の果てには、万引きや痴漢すら発生するという有様だったので、勉強会や上流階級の社交場という、郡山少年の野望は打ち砕かれた。
教室長曰く、
「あの学校では、3回喧嘩すると退学になる。」
と言っていたので、久曽小の奴等と同じ公立の中学に送還されることだけは避けたかったので、大人しくしていたのだが、実態は、上記の様に、他校からは「○○県の動物園」だとか、「○○市の遊園地」と言われており、公立の底辺校のような有様であったので、かつての不良小学生は、教師陣からは寧ろ、「真面目な方」だと思われてしまったようだ。解せぬ。
教師陣も名物教師などはおらず、管理教育という印象で、塾や予備校の様に授業は面白くなく、学問への興味は薄れていった。それでも、中学受験できない者や受からなかった者への責任感だけで、中学・高校の6年間を皆勤で通い続けたのであった。
でも、かつて教室長が、
「お前は今は算数が得意だからって調子に乗っているけど、俺も小学校の頃は算数が得意だったが、高校の時数学で挫折した。きっと、お前もそうなるに違いない。だから、調子に乗らない方がいい。」
とか、「エネルギーヴァンパイア」的なことを言っていたのを思い出して、反撥し、反骨精神で理系に進んで、理数系の学問の初学時の敷居の高さには辟易したのだが、苦心惨憺の結果、今では大学の学部2~3年次程度の数学までなら、分かり易く説明することだって出来るようになったぞ。ざまあみろ。
因みに、補足説明しておくと、「エネルギーヴァンパイア」というのは、「自分たちに出来ないことは、お前にも出来ない。」と決めつけてきて、他人のやる気を削いで、生産性を低下させるという、人間のクズみたいな奴のことだ。
郡山少年は、教室長達の一派という憎むべき宿敵と邂逅し―怨憎会苦―、その結果として、弓削少年という親友を喪い―愛別離苦―、勉強会という野望は打ち砕かれた―求不得苦―のである。
怨憎会苦、愛別離苦、そして、求不得苦。大学にて漸く、勉強会という当初の目論見は達成した郡山青年であったが、その心の何処かでは、満足出来ない想いを抱いていたのであろう。
次回から新章突入。公開は、早くても5月下旬~6月を予定。
第伍章~第陸章の候補:
・蝦夷共和国編の続き
・玖球帝国の過去編




