第49話 蝙蝠山卿の野望
二人の少年は、塾帰りに毎回、夜のコンビニや書店で、立ち読みをしていた。それは、ある意味、社会勉強でもあり、二人の親睦を深める「夜の社交場」でもあった。
「2000年問題に関する本があるぜ。何でも2桁に省略すればいいってもんじゃねぇよな。」
「それなら、1900を引いたことにして定義してしまうか。いや、その場合、1900年以前がマイナスになってしまうか・・・。」
弓削少年は、危険物の資格に関する本を手に取った。
「そんな難しそうな本を読むのかよ?」
そう言っている郡山少年は、十年後に自分がその資格を取ることなど、勿論知る由もないのである。
郡山少年は、世界史の学習漫画を手に取った。
「そっちこそ、学習指導要領の範囲外じゃないか。」
「君が興味を持っている毒瓦斯の技術だが、それは第一次世界大戦で独逸が使ったことで、進歩したのさ。」
「危険物は固体と液体だから、気体である毒瓦斯は、試験範囲外なんだけどな。」
二人は、戦争史についての話題で盛り上がった。
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「けど、俺は一匹狼だったから、こういう話が出来る相手は初めてだよ。」
「俺も学区再編で横島小に行ってからは一匹狼だった。でも、久曽小は、底辺校って聞いてるから、それよりはマシかもしれないけれど。」
「『スラムの掃き溜め』と形容される程度の場所さ。『俺、テメエ、ぶっ殺す』といった言葉を話さなければいけないし。教室で一人だけ、流行りのアニメやゲームを知らなくて馬鹿にされて村八分にされたり、そういう流行り物を知らないのに、いざ、盗難事件が発生したら、下校時にいつも最後に教室を出るからという理由だけで、盗難の犯人されるし。教師は贔屓・差別・偏見の塊さ。」
「アニメやゲーム?俺が知っている程度で良ければ教えようか?」
「そんな風に優しく教えてくれる人は学校にはいなかったよ。だからパカパカだっけ?塾の連中に教わったアニメが赤と青の点滅で中止になったときは、複雑な気分だったね。どっちにしても、今年からは塾の授業時間中だから見られないけどさ。」
「連中がテレビを見たり遊んだりしている時間、俺達は勉強してるんだから、こうして帰りに立ち読みするぐらいの気晴らしは当然の権利じゃないか?」
「確かに。教室長の奴がゲームは封印しろとか言っていたけど、俺はいつも帰ったらゲームしてる。ゲーム脳がどうとか言っている、宗教じみた奴の命令は聞きたくないし、時間を決めてやれば問題ないだろ。」
「勉強でもゲームでも連中の上を行き、実力で叩き潰してやればいい。」
「それが・・・流行りのゲームを知らなくて馬鹿にされたことに反発して、ゲームをやり込んでいたんだけど・・・極めた頃には、そのゲームは廃れていて、誰にも相手にされなかったんだ・・・。」
「勝ち逃げとは卑怯な。」
「しかも、勉強は出来ない子に合わせるくせに、久曽小は、体育だけはモデル校らしく、運動は出来る子に合わせるんだ。親は『勉強して見返してやれ』と言うけど、どれだけ学業成績を伸ばしても、連中が跪くとは思えない。ぬいぐるみ達ぐらいしか友達はいなかったよ。」
「どこまで腐ってやがるんだ。久曽小はよ。まぁ、俺も横島小では一匹狼で、いじめっ子の主犯集団と小競り合いを繰り返しているが、連中は昼間は教師のお気に入りで、夜は塾帰りに徒党を組んで繁華街に繰り出しているな。」
「そうでもしないと、周囲が遊んでいる中で中学受験なんてやってられないよ。でも、幼稚園からエスカレーター式で系列の小学校を受験したけど落ちて、学区だからという理由で、久曽小みたいな底辺校に行く羽目になったことを考えると、中学受験の動機としては、あの連中と一緒の中学に行きたくないっていう理由が一番大きいね。」
「俺も学区再編という大人の都合で人生ねじ曲げられたよ。公立の中学では、成績順で高校受験できる学校の枠が決まっているらしいが、その成績評価が相対評価らしい。もし枠が3人だったとして、3位と4位が同等の実力だったら?最後は教師の依怙贔屓で決まるのか?内申点を上げるためにボランティア活動を強制される羽目になるのか?」
「教師によって評価が違うのも不公平感があるよな。学習指導要領の範囲外っていうだけで、不正解にされたりとか。」
しかも、それを見た周囲の生徒が、
「知識をひけらかして調子に乗るなよ。『能ある鷹は爪を隠す』という諺があるだろう?」
と言って論駁しようときたので、
「折角の能力があるのに、それを隠して使わないのは、それこそ、『宝の持ち腐れ』だろうが?」
と返して、逆に論破してやった。それでも、
「オイ、空気読めよ!」
と恫喝してきた輩には、
「空気は読むものじゃない!吸うものだ!」
と一喝してやった。
「その学習指導要領も、ゆとり教育によって、削られるらしいしな。」
「日本の国力を低下させようとする勢力の陰謀らしい。それに加えて、まるで俺らの世代がそれを望んだかのように、他の世代から見下されるしよ。割に合わねぇんだよ。」
「チッ、何がゆとり教育だよ。俺達は社会から棄てられたんだろうぜ。」
小学生が吐くような台詞ではないって?普通の小学生であればそうだろうな。しかし、中学受験生の上位に位置する彼らは本や漫画を多く読み、或いは、当時のアニメやゲームのシナリオも子供向けとは思えないような、高度な内容のものも存在し、影響を与えていたのである。
「それにしても、久曽小には、テレビに出てる人が偉いとでも思っている奴が多くて辟易するぜ。あいつらの大半は、将来の夢が運動選手や芸能人という奴が多過ぎる。」
「運動選手や芸能人?いつも大麻とか覚醒剤で捕まっている印象しかないんだがw」
「ああ。この前、クイズ番組を見たんだが、大学生の芸能人が、小学5年レベルの地理のクイズを解けなかったんだぜ。思っていたよりも、大したことねぇよな。」
「どうせ裏口入学か何かだろ?けん玉で入学できる大学もあるらしいぐらいだしw」
中学受験の頃はこう言っていた郡山少年だが、記憶力の最高潮は12~13歳、体力の最高潮は17~18歳だといわれている。
大学生になった郡山青年は、丸暗記ではなく、論理的思考力が重要だと思っており、暗記偏重型の試験そのものに意味を見出せない、と言うのだろうが。
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「いずれにしても、学力を上げるために人格を歪めてしまった俺にとって、公立校に行くのは百害あって一利なしだね。」
「私立の中学なら少しはマシかもしれないが、どんな学校にもいじめとかありそうだよな。」
「それなら、俺達で一緒の学校に行こうぜ。」
「確かに、俺達が連んでりゃ、手ぇ出しにくいかもな。けど、一緒の学校に受かるとは限らないぜ?」
「その場合は、どこかで集まって情報交換しよう。でも、それだと今とあまり変わらないか。」
「だったら、勉強会を立ち上げようぜ。名門中学の学校を越えた上流階級の社交場としてな。」
「いいねぇ。志望校に受かった選ばれし者は、受からなかった奴の想いも引き継ぐ、というわけか。」
「それだけじゃない。恵まれた立場にいる俺達は、経済的な理由で中学受験できない者とかの分の責任も同時に背負っているんだ。国力の低下を防ぐのは、中学受験をする我々の様な選ばれし者の使命ではないか?」
確かに、折角の能力があるのに、それを使わないのは、それこそ、「宝の持ち腐れ」だからな。
「ああ。日本の国力を低下させようと企む勢力とやらが本当にいるのなら、連中の目論見を粉砕してやろう。」
「そのためにも、まずは、勉強会を通じて、学習機会の均等を実現させよう。」
「確かに、底辺校とモデル校では、学習機会の均等、という観点では、不平等だからな。実際、同じ出版社の教科書を使っている他校の奴に聞いたら、単元二つ分は遅れていた。」
「その是正が、蝙蝠山卿の野望、というわけか。」
「『蝙蝠山』は分かるけど、何故、『卿』を付けた?」
「君の影に潜むもう一人の人物に敬意を表したのさ。」
「そういう君の野望はなんなのさ?」
「小説家になって自殺すること。」
「いや、確かに自殺した小説家は多いけどさ。自殺するために小説家になるのは本末転倒だろ。」
「自殺未遂しようとしていた君には言われたくないけどね。俺達は社会に棄てられたんだ。そういう厭世観にも陥るさ。」
「相変わらず、冷笑的な皮肉だねぇ。」
「聡明な君ぐらいとしか、こういった掛け合いは出来ないからねぇ。実に『有意義な時間』だよ。」
「『有意義な時間』っていうと教室長を思い出すから辟易するんだよな。」
「だが、これが本来の用法だ。あのパンチパーマ野郎が、虐待するためのお呼び出し、の意味で使っているのは、正しい使い方じゃない。そういえば、奴が我々を忌み嫌う理由だが、調べていて少し分かったことがある。」
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弓削少年が川蝉に離反したときに、逃げ出した取り巻きの方は、歴史が得意で、教室長のお気に入りである。
郡山少年も歴史が得意で、歴史に関しては、郡山少年と彼の二人が双璧を成している。
授業で、かなり前の試験範囲の問題を口頭試問で出題されたとき、教室中の全員が答えられなかった問題を郡山少年がただ一人、正解を口述することが出来た、という出来事があった。
その少年は郡山少年が自分より出来ることが気に入らなかったのだろうか。定かではないが、彼が教室長に出鱈目を吹き込んだらしい、という噂があった。
教室長曰く、
「国語が得意な奴は社会も得意。算数が得意な奴は理科も得意。」
ということらしい。しかも前者は女、後者は男に多い、とも言った。
「教室長のお気に入り君は、国語と社会が得意だったよな。教室長の理論だと、彼はオカマってことになるぜ。」
「だから、彼を依怙贔屓するのか・・・。」
ところで、郡山少年は算数と社会が得意。弓削少年は国語と理科が得意。
どちらも、教室長の理論の例外になってしまうので、教室長にとっては、二人とも大変目障りな存在なのである。
だが、この時点では、教室長が彼等を排除しようとする真の理由とその企みが進行していることなど、彼等には知る由もなかったのであった・・・。




