第47話 【別次元の領域】
弓削少年に決闘を挑まれた郡山少年。
電車通学組の仲間達からは、この決闘の申し込みは罠で、地元の徒歩・自転車通学組が、君を怒らせて誘い出し、集団リンチをする作戦だろうから、決闘に応じる必要はない、という旨の見解が示された。
しかし、郡山少年には、自身に憑依した存在について、弓削少年が気付いているのではないか、という漠然とした直感があった。
勿論、学業成績面に関しては、純粋に郡山少年の実力であって、武闘家でもある魔族は、そのような不正は寧ろ好まないのだが。
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「まさか、本当に来るとはな。その度胸だけは認めてやるから、さっさと帰れ。」
「君の方から誘っておいて、どういうつもりだ?」
「これは、俺の所属する集団が仕掛けた罠だ。俺達二人が決闘して、体力を消耗したところで、集団リンチにでもするつもりだろう。」
「オイオイ。構成員の君が作戦をバラしてどうするよ?でもまぁ、不正の嫌疑について訂正とお詫びさえするなら帰るけど?」
「不正に関しては、こんな所にまでやって来る君の性格上、有り得ないだろう。それに関しては謝罪しよう。しかし、背後霊に関しては訂正しない。だって、事実としてそこに存在しているじゃないか?それとも、君は認識していないとでもいうつもりか?」
「君には視えるとでもいうのか?」
「ああ。視える。俺は陰陽術士の末裔だからな。君が望むのなら祓ってやっても構わない。」
「それは断る。俺は力を得るために契約したのだから。」
「その言葉、契約の代償を理解した上で言っているのか?」
「当然だ。いくら待っても救世主など来ない。だったら、自分が力を得るしかあるまい。今更、寿命が縮むとか、人格が歪む程度の代償如きで怯んだりはしないさ。」
その言葉には弓削少年も思わず共感しそうになる。郡山少年の本質は、自分と同様、一匹狼なのだと。
確かに二人は似ていた。あまりにも酷似していた。10歳から11歳、小学校中学年から高学年へ。身長も160cmを超える長身で、声変わりも早かった。
だが、流れる血は違う。陰陽術士の末裔である自分とは違い、一般人である彼が魔族を憑依させているのはあまりに危険だ。
「覚悟は……出来ているようだな。だが、君は危険だ。ここで、君に憑依している存在ごと斃す他あるまい。」
「倒す」と「斃す」。読みは同じだが、意味は異なる。弓削少年が発した言葉は、「斃す」の方。
その様子を見ていた郡山少年に憑依している魔族は、郡山少年に声をかける。
「あの少年はかなりの手練れだ。我が力が必要であれば、直ちに代われ。」
命をかけた死闘が今、始まろうとしていた……。
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「来いよ。【路上の流儀】というものを教えてやる。」
弓削少年は、掌を上に向けて、かかって来いと手招きをする。郡山少年は、今まで、魔族と「こちらから先に手は出さない」という縛りの下で戦ってきた。初手は正拳突きで様子を見ることにする。
弓削少年は、その攻撃を左右にユラリユラリと躱しながら、嗤う。
「随分と直情径行型の攻撃だな。」
郡山少年は、スクリューのように拳を振り回すが、弓削少年は、『開き足』で横に回り込み、懐に潜り込むと、脇の下に中高一本拳を叩き込む。郡山少年は、初見の拳の型に対処できない。
「脇の下がガラ空きだ。」
脇の下は人体急所の一つ。郡山少年は、暫く手が痺れて動けない。
しかも、弓削少年が放出する殺気による圧によって、郡山少年は、まるで水飴の中を移動しているかのように動きが鈍る。
「本来は、君の様な一般人には使うな、と言われているのだがな。」
そう言いながらも、弓削少年は中高一本拳を郡山少年のコメカミ、喉、鳩尾、等々の人体急所へと次々と叩き込んでいく。
―――殺人術だ。―――
技術が違う。郡山少年は、何も出来ずに怯んでいる自分に悔しさを感じる。
その悔しさは怒りへと昇華する。魔族に教わった通りに怒りを解放し、忘我の境地へと至ることで、心頭滅却し、一瞬痛みを感じなくなる。
郡山少年は、弓削少年との戦いの中で学習し、彼と同様の殺気を放つ。
郡山少年は、弓削少年が自分に攻撃を当てた直後、僅かに動きが止まった隙を狙い、両手を組んだ拳をその背中に叩き込む。
―――肉を切らせて骨を断つ。―――
弓削少年は驚愕する。自分が地面に這いつくばらされただと……。
―――殺気から狂気へ。―――
屈辱が殺気を一段階上の状態へと昇華させる。
―――殺気は狂気に及ばない。―――
弓削少年は地面の砂を手で掴み、砂かけで目潰しを狙う。郡山少年は、黒衣をマントのように広げ、盾にして防ぐ。
弓削少年は、縮地で郡山少年の懐に飛び込んで、胸倉を掴むと、そのまま郡山少年を何度も壁に叩き付ける。
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だが、その瞬間、意識が飛びそうになっていた郡山少年から今度は瘴気が解き放たれる。このままでは殺られると判断した魔族が郡山少年に憑依し、強制的にその肉体を制御下に置く。
―――狂気でも瘴気には勝てない。―――
魔族は、まるで水泳の折り返し地点のように、足裏で壁を蹴って推進力を得ると、回し蹴りを放つ。
弓削少年は、敢えてこれを背中で受ける。魔族は、弓削少年の奥襟を掴んで、その背中に連続で頭突きを喰らわせる。
弓削少年の意識が飛びそうになったが、今度は、弓削少年が回し蹴りを放つ。だが、魔族は、両手でその足を捉え、片足を軸にして廻転をかけていき、足を掴んでいた両手を放すと、壁に叩き付けられて意識が朦朧とした弓削少年は、ついに座り込んで動けなくなる。
「俺の負けだ。さっさと殺せ。」
魔族は睥睨しているが、そのまま一歩も動かない。どうやら郡山少年に肉体の支配権を返したようだ。
「どうした?止めを刺さないのか?」
弓削少年は、止めを刺すことを躊躇する郡山少年を嘲笑うが、郡山少年は、逆に嗤ってこう言った。
「既に倒れた相手には攻撃しない。まだ戦意喪失していないのなら立てる筈だ。」
弓削少年は、完敗を悟った。もし、郡山少年が止めを刺そうとすれば、隠し持っていた百円均一のナイフを抜いていただろう。しかし、それも恐らくあの魔族にはお見通しなのであろう。
「その優しさが仇とならなければいいがな。」
それでも捨て台詞を吐くことは忘れない。
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決着がついたところで、地元の徒歩・自転車通学組が乱入してくる。
「罠と分かってて来るとは、郡山よォ、やっぱテメェは究極の馬鹿だぜ。そして、弓削よォ、テメェは何寝てんだよ、使えねぇな。」
徒歩・自転車組の頭目格の少年は、そう言いながら、倒れている弓削少年に蹴りを入れる。
「オイ、川蝉ィ!そいつはテメェの仲間じゃねぇのかよ?!」
徒歩・自転車組の頭目格の少年は、「川蝉」と呼ばれている。今回の様に、獲物同士が相討ちになった好機を逃さず、漁夫の利を狙う等、狡猾な狩りを行うため、そういう渾名で呼ばれるようになった。
「仲間ァ?使えない無能な部下を対等の関係みたいに言わないでほしいね。それとも久曽小の掃き溜めにいると、脳味噌まで腐ってくるのかい?」
喋りながらも、手と指の動きだけで、獲物を囲うように取り巻きに指示を出す。相手は三人か……こうなったら殺られる前に殺るしかない。頭目格の川蝉を速攻で倒して機先を制する。
「川蝉ィイイイ!」
左手で川蝉の胸倉を掴んで、右の拳を振り上げるが、取り巻きが後ろから郡山少年の髪の毛を掴んで引っ張り、羽交い締めにしてくる。
背後に回し蹴りを放てば、取り巻きの肩に踵落としが炸裂し、取り巻きは唇を切ったのか、唇から血を出したことで怯んだのだが、その分、大地を踏みしめることが出来ず、拳の威力は減衰され、川蝉に右手を掴まれ捻られてしまう。やはり無理か……。
しかし、再び背後に回ろうとした取り巻きが、突然地面に転がった。
「テメェ……弓削ェ、俺達を裏切ったらどうなるか分かってんだろォなァ?!」
一体何をされたのか、地面に転がっていた方の取り巻きは動けない。さらに、弓削少年の裏切りによって動揺した、もう一人の取り巻きは逃げ出してしまう。
川蝉も動揺して、掴んでいた郡山少年の右手を離してしまい、その隙にスクリューのように振り回された郡山少年の拳の乱打を浴びてしまう。
「くっ、覚えていろ。」
川蝉と地面に転がっていた取り巻きの少年は引き際を悟り、撤退を余儀なくされるのであった。
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一方、十年前の決闘の記憶を観戦していたブルクドルフ氏と常井氏。
常井氏は、弟の様な存在だと思っていた二人が、10歳か11歳の少年とは思えないような、死闘をしていたことに驚愕する。
「表大和の少年は、10歳や11歳でこのような死闘をするものなのか……。やはり、大和民族は、戦闘民族の血を引いているというのか……。まるで、【別次元の領域】だ……。」
「第参皇児の君でも、10歳や11歳でこれ程の死闘は想像していなかったようだな……。君が双子の兄達へ劣等感を抱いていたことは知っているが、ここまで動揺していることから察するに、あの子達をまるで弟の様に思っていたようだが、彼等は狼だよ。そう、君は犬だと思って、狼を育てていたのだ。」
漸く、タイトル回収。




