第46話 十年前の決闘
この作品はフィクションであり、
本文中の誹謗中傷は、全て架空の登場人物へと向けられたものです。
実在の人物・団体には一切関係ありません。念の為。
ブルクドルフ氏と常井氏は、小休憩の後、再度【思念共有】し、郡山青年の過去の記憶の続きを覗いていく。
前回は、自殺未遂の郡山少年の前に蝙蝠の翼と蠍の尾を持つ魔族が現れ、郡山少年は、彼と契約することを選択する。そして、郡山少年に憑依した魔族こそ、現在の玖球帝国の帝王、【ネメシス・ダムド】に他ならないのであった。
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弟子兼部下―以降、使徒と呼ぶ―である郡山少年に憑依した魔族は、郡山少年の影に潜みながら、郡山少年を鍛えるために指示を出す。郡山少年は、憑依した魔族の指示に従い、
散歩で脚力を鍛え、書店での立ち読みで知識を増やす。また、時には少年の意識を奪って完全に憑依した状態になることもあった。
現在、郡山少年と魔族は、体育館裏で5人に取り囲まれていた。
敵の一人が殴りかかってきたので、その拳を避けて突き飛ばした。二人目が背後から羽交い締めにしようとしたので、後ろに蹴り上げる。三人目の胸倉を掴んで締め上げると、殺気に怯えたので、壁に叩き付け、戦意を喪失させる。郡山少年と魔族は、
・こちらから先に手は出さない
・狭い場所では戦わない
・倒れた相手には攻撃しない
という原則は維持した上で、一対多の立ち回りの経験を積む。郡山少年に憑依した魔族は、武闘家であり、一対多の戦い方を指導しているのだ。
残るは二人。彼等こそ、この集団リンチを指示していた張本人である連中だ。郡山少年は、不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりとにじり寄っていく。
一人は級長、或いは、学級委員、もう一人は番長、或いは、ガキ大将。以降、前者を級長、後者を番長と呼ぶことにする。
番長が、恫喝してくる。
「オイ、運動神経も社交性も乏しい奴が俺達に逆らってんじゃねぇよ。」
「うるせぇよ。群れていなければ何も出来ないテメェらの様な卑怯者とは違うんだよ。」
「æ"?何て言いやがった、テメェ?」
番長は、アとエの中間音に濁点を打った様な声を出して恫喝する。
「この程度の言葉も理解できない知能だから、そうやってすぐに肉体言語に頼ろうとするんだろう?」
級長が反論してくる。
「そういうお前も、『俊英』って名前ほどインテリじゃないよなぁ?全国の『俊英』さんから、君の命名について著作権法侵害で訴えられるぜ。」
勿論、命名で著作権法侵害にはならないのだが、そこは、少し背伸びした小学生の煽りだと思ってほしい。
番長も同意する。
「そうだそうだ。この歩く著作権法侵害!生きてるだけで犯罪者ァ!」
「うるせぇ。『祟り』に、享年の『享』が!」
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過去の記憶を覗いているブルクドルフ氏と常井氏。
ブルクドルフ氏が解説する。
「因みに、級長と番長。彼等の名前は、正しくは『崇』と『亨』らしい。名前について揶揄されたので、同様の手段で報復したに過ぎないのだが…。まぁ、他にも、『歩』、『カオル』、『ジュン』、『マコト』、『ユウキ』、といった名前は、男女両方に用いられるということで、『中性名詞』という渾名がついたりする。或いは、単純に『オカマ』とか。」
常井氏が質問する。
「小学生は、独逸語や仏蘭西語を知らない筈…。
なのに、何故、『中性名詞』という言葉が出てくるのですかな?」
「ゑ?何で独逸語や仏蘭西語を知らない筈の小学生が『中性名詞』という言葉を知っているのかって?戦後、英語一色に染まった外国語教育だけど、戦前には、英語と独逸語が半々だったとか。多分その名残だろう。いずれにせよ、外国語学習の選択肢が狭まるのは、けしからんよ。」
「表の世界では、旧字体を書いたり、英語ではなく、独逸語を学ぶと、『中二病』等と揶揄されたりするそうですね?」
「『中二病』というのは、確か、報道関係者が産み出した造語だろう。まだ20世紀末のこの時代には、そこまで人口に膾炙されてはいなかったようだがね。実際、中学二年生で独逸語を選択できる学校は殆ど存在しない。旧字体に関しては、連合国総司令部が国力の弱体化を狙って廃止したらしい。」
ブルクドルフ氏は、再び記憶を再生し、常井氏にも見ることを促す。
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番長が殴り掛かってくるが、顔面狙いの単調な正拳突きであり、小首を傾げてこれを躱すと、懐に踏み込んで、片腕を手繰る。続いて重心をずらし、そのまま投げ棄て、地面に叩き付けた。
その隙をついて、級長が殴り掛かってくる。激しい殴り合いの応酬の末、相打ちで終わる。
体力を消耗し動けない郡山少年の代わりに、魔族が憑依し、撤退する。倒れていた少年達には、悠然と去っていく郡山少年の影に、蝙蝠の翼と蠍の尾が見えていたが、疲労による錯覚だという結論に達した。
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郡山少年は、10歳になる前後から、電車で2~3駅離れた中学受験の塾に通い始めた。「脳味噌は筋肉である」という題目を唱えるその塾は、通称「脳筋塾」と呼ばれていた。
久曽小学校出身である郡山少年は、久曽小学校内では友人は全くいなかったが、塾では、彼と同様電車で通う他校の生徒集団との交友の機会を得た。
しかも、郡山少年は、成績上位の特級に在籍していたので、いきなり、その電車通学組の集団の幹部級となってしまった。
「脳筋塾」には、電車通学組の他に、地元の徒歩・自転車通学組が存在し、両者の集団の間で、殆ど毎回、乱闘が発生しており、塾帰りの際は、集団下校で帰宅することが推奨されていた。
最初、郡山少年は、徒歩・自転車通学組の集団からも勧誘されたのだが、その集団内に、田舎である久曽小学校の生徒を、「山猿」と見下している者が多く、電車通学組の集団の幹部級となったことから、執拗に狙われることになる。
その地元の徒歩・自転車通学組には、弓削少年も入っていた。弓削少年は、最初、「脳筋塾」のある学校の学区に住んでいたらしいが、学区再編の影響で、隣の学区の横島小学校に転校することになり、しかも最初に入塾した際は、成績上位者の在籍する特級ではなく、その一つ下の級に在籍していたため、後に特級に昇級した後も、集団内では、幹部待遇とはならなかった。
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弓削少年は、僅かではあるが、魔素を検知する能力―【魔力】―があった。太古の昔に廃れた能力が、何故先祖返りの如く発現したのかは、本人にも分からない。しかし、この能力によって、魔族と契約した郡山少年の影に揺らぎがあることに気付いた。
それは郡山少年への嫉妬でもあったのだろう。最初に入塾した時から、成績上位の特級に在籍していたこと。両方の集団から、幹部待遇で勧誘されたこと。
何故、魔素検知能力を有する陰陽術士の末裔である自分ではなく、彼が魔族を憑依させているのだ?きっと、彼が特級に在籍していることも、彼自身の能力だけではなく、憑依している魔族の能力による成果ではないのか?
もし、そうだとしたら絶対に認められない。従って、彼への最初の挨拶の文言も、次の様に挑発的になるのは必然か。
「久曽小の山猿の分際で、特級に在籍出来るわけがねぇだろ。どんなイカサマ使いやがった?この不正野郎!」
郡山少年は、久曽小学校内では様々な悪意に囲まれていた。だが、そんな彼でさえ、こんな混じり気のない純粋な憎悪を向けられるのは初めてのことであった。
しかし、直情径行型の性格である郡山少年は、真っ向からその喧嘩を買うことになる。
「根拠のない誹謗中傷をされる筋合いはないのだが?挨拶代わりに誹謗中傷をするのが君の流儀なのかい?それとも、横島小では、そういうのが流行っているのかい?」
彼の言うように、普通の「久曽小の山猿」であれば、前述の暴言を放たれた段階で反論できず、拳が返ってくる。言葉による誹謗中傷に言葉で返したのは、郡山少年が本来、久曽小学校のような底辺校に相応しくない存在であるからに他ならない。
「へぇ。久曽小の山猿の分際で、俺に反論するのかよ?根拠?逆に聞くけど、本当に君自身の力だけで特級に在籍出来るわけ?それこそ根拠があるのかい?実は、君の影に背後霊が潜んでいるんだろう?では、こうしよう。俺は今から君に決闘を申し込む。場所は、駐車場裏の空き地。この決闘を受ける覚悟があるなら、その度胸に免じて、特級に在籍するに相応しい存在であると認めてやろう。」
これが、十年前の決闘へと至る経緯である。
勿論、小学生には、命名が同じでも著作権法侵害にはならないとか、
決闘罪という法律があることなど知る由もないのであった。
※表世界の小学校名は、実在の学校名ではなく、架空の学校名であり、
「久曽」は「糞」、「横島」は「邪」の同音異字が由来です。




