第44話 【読心(とうしん)の宝珠】
常井所長の開発した【熟練度上昇薬】を飲んだ郡山青年だったが……。
「何だ、これは?熱が出てきた……。」
「知恵熱だ。私も技能が発現した際、知恵熱が出た。【熟練度上昇薬】には、アミグダリンの様な毒は入れていないし、問題は無い。寧ろ、どのような技能が発現するのか、気にならないかね?」
「アミグダリン?青い梅などに含まれ、体内で分解されると、青酸ガスを発生させる毒物じゃないか?!」
何を作る気だったんだよ……。
「【マンティコアノイド】である玖球帝国の帝王には、全く効かなかったがな。恐らく、【マンティコアノイド】は、マンティコアが人化したものだから、マンティコアの蠍の部位が解毒しているのだろう。フグや蛇が自分の毒で死なないのと同様にな。」
玖球帝国の帝王は人体実験にも付き合わされたのか……。
「さて、【読心の宝珠】に魔力を流してみてくれ。」
言われた通り、【読心の宝珠】に魔力を流す。
――――――――――――――――――――――――――――――
【パウリ効果】:無機知性体に対し、所有者の知力に比例した損傷を与える。
――――――――――――――――――――――――――――――
「物理には、理論と実験がある。実験屋は手先が器用だが、理論屋は利口であればあるほど手先が不器用なことが多い。極端な場合は、近づいただけで機械が壊れることがあるとは、確かに言われているが……。」
「これって、とんでもない反則級技能じゃないか?!ところで、【無機知性体】とは何でしょう?」
「我々、炭素で出来た生命体のうち、知性を有するものを【有機知性体】と呼ぶ。一方、炭素以外―その殆どは、珪素だが―で出来た生命体のうち、知性を有するものを【無機知性体】と呼ぶ。」
「この技能は発現しない方が良かったのでは?このまま、元の世界に戻れたとしても、近づいただけで、計算機が壊れるとか……。そう考えただけで、胃が痛くなってきた……。」
「壊れた計算機を見ただけで、胃が痛くなるのかね?それは、もはや【逆パウリ効果】とでも呼ぶべきであろうな。」
「面白くない……。」
常井所長流の冗句のつもりか?
「まぁ、実際【無機知性体】と計算機は別物だし、技能の発現条件が、近づいただけとも限らない。況してや、君の転移元の世界には、魔素が存在していない。その条件下で、技能が発現するとも思えないがね。現状、【パウリ効果】の所持者は、君しか確認されていない。即ち、君の固有技能ということになる。これから検証していくしかあるまい。」
「常井所長も知力が高いから、【パウリ効果】の技能が発現すればいいのに。」
「残念ながら、私は、手先は器用な方でね。」
手先が不器用だと同情されているのか、それとも、【パウリ効果】の技能が発現したことを嫉妬されているのか。或いは、その両方なのか……。
――――――――――――――――――――――――――――――
今日も常井所長と政治結社【草茅危言】の基地に帰宅?する。この世界における拠点であり、ある意味では家の代わりでもある。【登戸研究所】まで徒歩30分程度と、職住近接という観点でも悪くない。
ここでは、ブルクドルフ氏も会話に混ざってくる。
「そろそろ、蝦夷共和国へ行って、素材を入手してきたらどうかな?」
「そういえば、どうやって蝦夷共和国に行くのでしょうか?」
「政治結社【草茅危言】の蝦夷共和国における拠点がある。例のいつもの場所にある【転移の鳥居】を、今回は蝦夷共和国側の拠点に繋いである。」
「抑も、転移の仕組みがよく分かっていないのだけれど、同じ【転移の鳥居】を使っているということは、その都度、繋ぎ先を変更しているという認識でしょうか?」
「転移の仕組み自体は難しくないぞ。ユークリッド空間上にある二つの地点を描いた地図を折って、その二つの地点を重ねるイメージだ。そして、【コンテナ】の亜空間を想像すれば分かると思うが、その二つの時空座標にその亜空間を開き、【縮地】で繋ぐだけだ。」
【縮地】は、文字通り、「地面を縮ませる」と書くが、運動をしている物体ではなく、空間の方が縮んでいるとする表現は、相対性理論における、ローレンツ収縮にも通じるものがある。
「では、蝦夷共和国で入手すべき素材一覧を渡しておこう。現地では、【都市探索協会】の蒐集系や討伐系の依頼もある。そして、蝦夷共和国側の拠点にも、結社の構成員がいる。是非、その者と協力して、生態系の調査も進めて頂きたい。」
ゲーム的感覚で言えば、一面のボス戦を制し、二面に進行するようなものか。それでは、【転移の鳥居】をくぐって、いざ【蝦夷共和国】へ。
――――――――――――――――――――――――――――――
郡山青年が、【蝦夷共和国】へ転移した直後、常井氏は、ブルクドルフ氏から、「重要な話がある」と言われ、【草茅危言】の基地の最奥にある地下室に入った。
「師・ブルクドルフ。重要な話とは?」
「私があの子を保護したことは君もよく御存知の筈だね?」
「ええ。よく存じておりますよ。誘拐や拉致に近いような手段だったので、思わず、頭を抱えそうになりましたけどね。」
「その時、あの子が気絶して眠っている間、【読心の宝珠】を使って、あの子の心を読んでいたのだが……。」
「【読心の宝珠】の使用については、極めて厳重な管理の下、行われる筈ですが?」
「それはそうなのだが。【読心の宝珠】を使用したのは、あの子を保護した真の理由にも関わってくることなのだ。」
「真の理由?【読心の宝珠】の使用についての弁明ではなく?」
「今回の件の協力者だが、今から約10年前に、蝦夷共和国で【幽体融合】を行った彼だよ。覚えているかね?」
「素質のある少年だとは思いましたが……。」
「【病みエルフ】と【幽合】した幽体の魂の方の少年だが、函館の病院で昏睡状態で眠っている時に、やっぱり、【読心の宝珠】を使って、心を読んだのだがね。」
「如何なる理由にせよ、【読心の宝珠】を使い過ぎでしょう!この事は、大皇に報告させて貰います。」
「大皇に報告するのであれば、是非、最後まで話を聞いて貰わねばなるまい。」
そう言いながら、懐から【読心の宝珠】を取り出す。だが、濃い緑であった筈の球体の内部は、ドス黒い霧に覆われていた。
「なっ……。何故【読心の宝珠】がそんなに黒く染まる?今度は何をやらかしたんですか?!」
「私自身は心を読んだだけに過ぎない。【読心の宝珠】の内部が黒い霧に覆われる程、あの青年の心の闇の深さは、我々の想像を絶するものだ。唯一、これに匹敵する前例は、10年前の弓削少年だけだよ。弓削君の記憶を覗いたとき、郡山君の10年前の姿がそこにあった。今回の黒幕は、過去の二人にとって、共通の敵だった者だ。」
常井氏は、双子の兄達と比較して、劣等感を抱いたまま大人になった。そんな彼にとって、郡山青年や弓削青年は、弟の様な存在だ。
「そして、今回の郡山君の10年前の記憶、或いは、12年程前まで遡るかもしれんが、そこには、他にも、君もよく知っている者が存在していた。今からその記憶を【思念共有】するつもりだが、覚悟は出来ているか?」
常井氏は、覚悟を決めて、過去の二人の記憶、想像を絶する心の闇を覗くことにした。




