第4話 「【重力の軛(くびき)】の前に跪(ひざまず)け」
カクヨムのPVがこの第4話からガクッと落ちていたので、
本文を追記し、一部推敲を加えました(2022/03/13)。
【ここまでのあらすじ】
【転移の鳥居】で転移した【蜘蛛神社】にて、大型自動車級の大きさの二匹の蜘蛛と交戦。一時撤退を余儀なくされ、暫く走り続けていると……気付いたら周囲は墓地だった。
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蜘蛛達が追ってくるにはまだ少し時間がかかるようだ。周囲を見渡すと墓石と、卒塔婆で溢れている。表世界の日本では、墓石は漢字で墓碑銘が刻まれ、卒塔婆には、梵字―悉曇文字ともいう―で書かれていた。
これは、古代インドの文字であるシッダーマトリカーであり、ブラーフミー系文字から、ナーガリー文字を経て、現在のインドで用いられている、デーヴァナーガリー文字へと至る過渡期の文字である。
この世界でも、それは概ね変わらないようだが、よく見ると独自の文字で書かれている可能性もある。
似ているようで、異なる世界。
墓参りに、花を手向ける風習は同じなのか、紫色の花が二種類ほど、手向けられている。
一つは、ヘリオトロープ。花言葉は確か、「太陽に向かう」という意味だったか。
もう一つは、トリカブト。その花言葉には、複数の意味が考えられるが、確か、「復讐」という意味が含まれていたように思う。
この二つの言葉の意味を統合すると、「太陽への復讐」となるだろうか。現在の郡山青年は、その意味を知る由もない。
花は供えられてからそれほど時間は経っていないようだ。墓参りに来た者は、まだこの近くにいるに違いない。
道を尋ねたい気もするが、言葉が通じるかは不明。多分問題ない気もするが、蜘蛛に襲われている状態で巻き込みたくはない。
避難を促すか、援軍を呼んで貰うか、或いは、戦力になりそうなら、共闘を要請してみるか。
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暫くして、別の墓に紫色の花を手向けている白装束を発見した。後ろ姿は黒髪の長髪で中性的な印象を与える。
声を掛けようと近づいたら、白装束は、太陽に背を向けていたので、影の動きで気付いたのだろうか、こちらが声を掛けるよりも先に振り返った。
白装束の着物は、向かい側から見ると襟が「y」字状ではなく、逆「y」字状になっていた。死装束だ。
黒髪の長髪は、整えられてはおらず、まるで落ち武者のよう。まさか幽霊なのか?
死装束は、走るのではなく、滑るようにこちらに近づいてくる。しかも、無言なのが余計に恐怖を煽る。
背後からはカサカサと巨大蜘蛛が追ってきていた。巨大蜘蛛に襲われ、墓場へ逃走。墓地にて、死装束と巨大蜘蛛に前後を挟み撃ちにされた。
前門の虎、後門の狼。挟み撃ちの構図だ。いや、この場合、「前門の死装束、後門の巨大蜘蛛」か。
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先に動きを見せたのは、死装束の方だった。死装束は、重力に逆らって上昇し、空中に浮いていた。
何もない空中に恰も透明な足場があるかの如く仁王立ちし、その状態で地上の巨大蜘蛛を睥睨する。
「タランチュラに、アラクネーか。ふむ、悪くない。」
言葉を発した?この死装束は幽霊でないかどうかは定かではないが、少なくとも言葉が通じるということは分かった。
それに、二匹の蜘蛛は、タランチュラに、アラクネーというのか。
「この獲物は、中々の上物だ。吾が狩る故、是非寄越して貰おう。」
「それは、共闘して頂ける、という認識で構いませんか?」
「否、寧ろ下がっていて貰おう。吾の術に巻き込んでしまうかも知れぬ。」
「では、助けて頂く形になってしまいますが……。」
ここまで、巨大蜘蛛に追われていたのは自分だ。寧ろ、通りすがりに巻き込んでしまった形になる。
「構わぬ。礼は不要だ。寧ろこちらが礼を言いたいぐらいだ。最近は、連中も吾に怯えて姿を現さなかったのでな。それにしても連中は随分と殺気立っているようだな。」
「タランチュラ」と呼ばれた、毛深い方の蜘蛛が先に襲ってくる。死装束は呪文を唱えた。
「【重力の軛】の前に跪け」
死装束が唱えた呪文は、言靈術の効果により、その威力が増幅され、タランチュラは、【重力の軛】によって、己の影に縫い止められる。しかもその呪文は、「五・七・五」調になっており、術者の高い知性を示していた。
「タッ、タッ、【竹槍】」
時空が穿たれ、その裂け目から2本の竹槍が顕現し、巨大蜘蛛「タランチュラ」に刺さり、これを瞬殺する。
一方、「アラクネー」と呼ばれた、背中に赤い模様が有る方の蜘蛛は、死装束の背後に忍び寄っていたのだが、
「お見通しだ。」
死装束は、太陽に背を向けていたので、既に影の動きで気付いていたのだろう。
アラクネーは、死装束に強酸を吐きかけたが、死装束は、滑るような動きで優雅にその攻撃を躱した。強酸は揮発性で、石畳の上を溶かし、黒紫色の瘴気の様な瓦斯を発生させる。
「タッタタ、竹槍」
再び時空が穿たれ、その裂け目から3本の竹槍が顕現し、巨大蜘蛛「アラクネー」に刺さる。アラクネーは、未だ斃れず、シャーと威嚇するが、
「爆ぜよ。」
死装束が呪詛を唱えた瞬間、ボンという音とともに巨大蜘蛛は吹き飛び、
空中で反転して、仰向けの状態で地面に叩き付けられた。これも瞬殺である。
「つ、強い……。」
「約束通り、この獲物は、贄として、吾が貰う。」
そう言って、死装束が影属性魔術の収納術を使うと、二匹の巨大蜘蛛は、
己の影の中に引きずり込まれるようにして、沈んでいくのだった……。
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墓地にて、巨大蜘蛛二匹と交戦中に介入して、巨大蜘蛛達を斃してしまった、死装束。
「ところで若僧、何故ここに来た?」
「【転移の鳥居】で【荒脛巾】に行こうとしたら、転移先が【蜘蛛神社】になっていて、そこで、蜘蛛達に襲われました。」
「抑も、何故【荒脛巾】に行こうとした?」
「首都の【荒脛巾】に【荒脛巾皇国】の統治者がいるので、亡命の挨拶に行くように言われました。」
「【荒脛巾皇国】の統治者は、吾だが?誰に言われた?」
死装束を着ていて、幽霊のようだが、本当に【荒脛巾皇国】の統治者なのか?
いや、この世界では「左前」が正しいのかも知れないし、もう少し情報を聞き出してみるか。
「黒い頭巾付きの外套を着ている老人で、【クネヒト・ループレヒト】とか、【老魔法王】とか名乗っていました。」
「ブルクドルフか?そういえば、彼奴から亡命者が一人来るとか連絡が来ていたな。」
「ブルクドルフ?そういえば、本名は名乗っていなかった気が……。」
「今から120年以上前の話だが、彼奴もここで、蜘蛛共に襲われておった。今の君の様に戦うことも出来ずに。故に吾が助けてやった。その時に彼奴は『ブルクドルフ』と名乗った。下の名前も聞いたような気もするが、使わないので失念した。」
「そういえばまだ名乗っていなかったですね。俺は、郡山俊英といいます。」
「知っているぞ。君が【蝙蝠山卿】と呼ばれていることもな。吾は、【荒脛巾皇国】の【大皇】だ。2600年前に大和民族に神武東征で滅ぼされた時、地下に逃れた後、こちらの世界に転生した。故にこちらの世界では名乗る名はない。」
「自分で名前を決めたりしなかったんですか?或いは、前世の名を名乗るとか。」
「前世の名は2600年前に棄てた。後世の大和民族は、当時の指導者達を『ニギハヤヒ』や『長髄彦』等という名前で呼んでいるようだが、実は、吾が何者だったのかは、記憶も結構曖昧だ。自分で名前を決めるのも気が乗らなかった。」
「では、取り敢えず【大皇】と呼ぶことにします。」
「名前など単なる識別信号だ。自由に呼んで構わないが、字は、【大皇】で頼む。【大王】だと、大和朝廷の称号と同じだし、【大君】だと『たいくん』と紛らわしい。」
「自分の死後の後世の記憶があるんですか?」
「転生後に、こちらの世界に【荒脛巾皇国】を建国し、表大和とこちらの世界を【転移の鳥居】で行ったり来たり。表大和の世界の技術をこちらの世界に持ち込んで模倣したり。2600年の悠久の刻を吾は、そうやって過ごしてきた。」
「ということは、2600歳以上?」
「左様。【荒脛巾皇国】は、表大和と似て非なる国。良いところは取り入れ、悪いところは他山の石としてより良い制度にした、理想郷。君の亡命を歓迎しよう、蝙蝠山卿。是非【荒脛巾皇国】を満喫してくれ。」
そして、【クネヒト・ループレヒト】―本名は、ブルクドルフというらしいが―からの紹介状を大皇に手渡すと、彼の案内の下、首都【荒脛巾】にある屋敷へと向かうことになった。
卒塔婆に書かれている文字は、梵字や悉曇文字と呼ばれる。
ヘリオトロープ。花言葉は「太陽に向かう」。
死装束は、向かい側から見ると襟が「y」字状ではなく、逆「y」字状になる。
・旧12話 前門の死装束、後門の巨大蜘蛛
・旧13話 「【重力の軛】の前に跪け」
・旧14話 【荒脛巾】の【大皇】
を再編し、改めて、
第4話 「【重力の軛】の前に跪け」
としてまとめたもの。