第37話 紅炎と蒼炎
アッシュ少年が、弓削青年に模擬戦を挑んできた。
アッシュ少年は、準備運動として、四股を踏んでいる。まるで土俵入りのようだ。雲竜型か?不知火型か?或いは、そのどちらでもないのか。
蝦夷エルフの少女、エテル、ウィン、エズの三人は、闘技場の代わりに、障壁結界を生成する詠唱を開始した。
この結界内では、負傷しても漸次回復する、所謂「リジェネ」効果が付与される他、障壁によって、流れ弾が観戦者に向かうことを防ぐ。
そして、村長のヨッホが自ら、模擬戦の審判をする、と申し出た。
アッシュ少年が闘志を燃やすと彼に魔素が集まり、赤い炎の魔力色を纏う。
もし、郡山青年がこの様子を見ていたなら、【決闘術】の授業での堀田少年との模擬戦を思い出すだろう。
実際には、この世界の時系列的には、どちらの模擬戦も同時期に行われているのだが。
対峙する弓削青年は、青白い炎の魔力色を纏う。これがもし酸素を糧とする炎の話であれば、一般的には、青白い炎の方が、赤い炎よりも温度が高いとされる。
「来いよ、少年。【路上の流儀】というものを教えてやろう。」
「行くぜ、短命種。オラアアアアア!」
アッシュ少年の赤い炎は、真紅の炎となり、炎を纏った拳による正拳突きが繰り出される。
弓削青年は、その攻撃を左右にユラリユラリと躱しながら、嗤う。
「随分と直情径行型の攻撃だな。」
そして、横に回り込むと、肩を押して重心をずらし、軸足を払う。裾払い。アッシュ少年は、大地に叩き付けられる。
アッシュ少年は、受け身をとって立ち上がり、再び正拳突き。弓削青年は、しゃがんでアッシュ少年の手を手繰り、その懐に潜り込むと、脇の下に中高一本拳を叩き込む。
「脇の下がガラ空きだ。」
脇の下は人体急所の一つだが、隙だらけだ。アッシュ少年は、暫く手が痺れて動けない。
アッシュ少年は、普段はいつも、ソーン少年と模擬戦をする。ソーン少年以外の相手とは、あまり闘ったことがないので、絶対的に経験が不足している。
アッシュ少年は、攻撃方法を真紅の炎を纏った蹴りに切り替える。通常、路上格闘において、無闇な蹴り技は、悪手でしかない。例えば、軸足のみで体を支えている時に、その足を取られたら、体の均衡は、あっという間に崩れてしまう。
だが、魔力を纏っている場合、同じ魔力色以外の相手が触れれば、多少の損傷を負うため、必ずしも悪手とは言い難い。
弓削青年は、蹴りを躱し、アッシュ少年の体の均衡を崩すと、青白い炎の魔力色を両手に纏い、足刀蹴りを「真剣白刃取り」すると、軸足を中心にして廻転をかけ、遠心力を利用して投げ飛ばす。
これは、郡山青年が、【体感する物理】と称して、堀田少年に対して使った技に他ならないが、実は、彼は、高校物理の力学で「遠心力」の概念を習うよりも前に、この技を使用している。
そう、10年前、郡山少年は、弓削少年と決闘紛いの死闘をしたとき、弓削少年の蹴りを利用して、この技を使ったことがあるのだ。
弓削少年は、この技を喰らったことを執念深く?覚えていて、弓削青年となった現在、それを野生の勘で再現したのだ。
アッシュ少年と弓削青年は、共に相手の出方を窺っていたが、結界内では、負傷しても漸次回復するため、両者は決着を付けるべく、蓄えていた魔力を全開にして放出する。
アッシュ少年の赤い炎は、真紅の炎となり、弓削青年の青白い炎もまた、蒼炎となって燃え上がる。
「行くぜ、【幽者】ユゲタイ!オラアアアアア!」
いや、「ト」は何処に行った?
「受~け~て~立~つ!」
紅炎と蒼炎が交差する。
両者がすれ違い、そして振り返って、残心をとる。
そのうちの一方が、片膝をつき、倒れる。
他方は、一切よろけることなく、ただそこに屹立していた。
模擬戦が終わったとき、そこに立っていたのは……
「勝者、【幽者】ユゲタイ!」
村長のヨッホが、勝利した者の名を高らかに宣言する。だから、「ト」は何処に行った?
「あのアッシュがこんなに簡単に、しかも一方的に倒されてしまうとは・・・。【幽者】ユゲタイ、次は僕が貴方に模擬戦を申し込ませて頂きたい。」
寡黙で沈着冷静な印象のソーン少年だったが、この模擬戦の熱気が、彼の闘争本能を揺り動かしたのだろうか。




