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別次元の領域(2021年版)  作者: 草茅危言
第参章 蝦夷共和国編
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第33話 【蝦夷(えぞ)エルフ】と【病みエルフ】

【ここまでのあらすじ】


 いつもの駅に停車していた見慣れない列車に乗った弓削少年。終着駅の看板等に書かれている文字は、日本語ではなかった。かろうじて解読できたその時、黒い頭巾(フード)付きの外套(コート)を着た老人が空中に立っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――


「ゑ?空中に立っている?どちら様ですか?」


 文字は解読に時間を要したが、言葉は聞き取れた。しかし、この老人は、彫りの深い顔立ちからして、日本人ではないだろう。


「我が名は、【クネヒト・ループレヒト】。取り敢えず、そう名乗っておくことにしよう。」


「本名を名乗る気がないことだけはよく分かったよ。偽名を使うってことは訳アリかな?それと、空中に立っているのは、見えないぐらい細いワイヤーか何かで吊り下げているのかな?手品師さん?」


「屋内ならその推測にも一理あるが、ここは駅舎がないから、殆ど屋外のようなものだろう。無理があるとは思わないかね?」


「じゃあ、見えないぐらい透明なガラスでできた、階段の上に立っている、とでも?」


「どちらかといえば、そちらの方が近いかな。この空間は、君が見ている夢のようなもの。君の魂、或いは、精神のみが幽体離脱した状態で、実際の君の身体(からだ)は、病院の寝台(ベッド)の上で眠っている。私は、それに干渉しているに過ぎない。」


「俺が病院の寝台(ベッド)の上で眠っている?」


「君には、ここ最近の出来事で、心当たりはないのかね?」


「何だか記憶が曖昧になっている気がする……。」


「それでは、脳に損傷が発生しているのかも知れないな。君のそういった事情を(かんが)み、私の属する世界に招聘した。」


「まさか、ここは死後の世界?」


「死後の世界ではない。君のいた世界とこの世界の時間の流れ方は全くの無関係だ。ここは、もう一つの日本。日本以外全部沈没した世界。鏡に映った裏の日本。日本列島の影にある並行世界。解釈は、自由だが、まずは世界地図を差し上げよう。」


 世界地図には、日本列島と樺太と台湾の位置に、似たような島が描かれている以外は、殆ど全部海。


「この世界の名称は、特に決まっていないが、アイヌ語で『冥界への入口』という意味の【ahunrupar(アフンルパラ)】や、ラテン語で『逆もまた真なり』という意味の【vice(ヴァイス) versa(ヴァーサ)】等と呼ぶ者がいる。」


「ここは、この地図のどの辺りでしょうか?」


「この辺りだな。」


 老人が指で示したのは、北海道の玄関口、函館。実際、病院があるのもその付近である。


「この世界には、三つの国がある。まず、ここは【蝦夷(えぞ)共和国】。君の転移元の世界における、北海道や樺太が含まれる。【蝦夷(えぞ)エルフ】という者達が統治している。次に、【荒脛巾(アラハバキ)皇国(おうこく)】。主に、本州と四国だな。首都は、国名と同じ【荒脛巾(アラハバキ)】。君のいた世界の秋葉原に相当する。最後に、【玖球(クーゲル)帝国】。君のいた世界の九州・琉球と台湾が含まれる。理外の民とも呼ばれる、複数の【魔族】からなる連合国家だ。」


「【蝦夷(えぞ)エルフ】?」


「あの者達だ。」


 老人が指で示した集団は、明らかに日本人ではなかった。アイヌ文様の渦巻きのような絵柄が描かれた装束を着ていたが、アイヌ民族でも、ニヴフやウィルタでもないだろう。

 何故なら、北欧神話に登場するエルフの様に耳が尖っているから。しかし、一般的なエルフの様に金髪や銀髪の美形でもなく、黒髪で、縄文人の様な古モンゴロイド系の特徴をしている。


「Иранкарапутэ」


 イランカラプテ。挨拶だけはアイヌ語と同じようだが。他は何を言っているのかよく分からない。


「君の推察通り、使われることが多い文字は、アイヌ語のキリル文字転写だ。他にも、ギリシャ文字や、古英語や中英語のアルファベットもよく用いられる。ギリシャ文字は、キリル文字の先祖でもあるから、ある意味当然かも知れないが。(ちな)みに、私は物理学を専攻していたが、理系の学問では数式中に頻繁に現れるから、物理学科や数学科の学生の方がギリシア語系の学生より、字が上手かったりもするぞ。」


「一般的なアルファベットじゃないんですねぇ。」


「勿論、最近は一般的なアルファベットである、ラテン文字も使われているぞ。但し、その中に古英語や中英語では使われていたが、現在は使われていないアルファベットが混ざってくるがね。」


 雪が降ってきている。


「さて、私の拠点が少し離れた場所にあるのだが、そこに案内しよう。地図ではこの辺りだな。北海道であれば、札幌辺りかな。」


 ここが、夢の世界だというのなら、案内人に従うのも一興か。


――――――――――――――――――――――――――――――


 駅舎の無い駅は、水色のフェンスに囲われており、その水色の囲いから外へ出ると、一面の銀世界だった。


「君は幽体離脱しているし、私も化身のようなもので、厳密には、本体はここにいるわけではない。従って、移動方法だが、少々時短させて貰う。」


 何らかの魔法を使ったのだろうか、雪上をまるでスキーで滑るように移動する。


「そういえば、五大陸は?」


「かつては、君の知る世界と同様、五大陸は存在していた。土・水・風・火の【四元素災害】と、放射線や疫病によって滅んだ。『土』は隕石や地震、『水』は洪水や津波、『風』は台風や竜巻、『火』は火山の噴火などだ。」


「じゃあ、何故、この日本列島?だけは生き残ったのかなぁ?」


 あまりにも荒唐無稽な話に、弓削少年は、冷笑的(シニカル)皮肉(アイロニー)を放つが、老人は、まるで作業のように、淡々と説明を続ける。


八百万(やおよろず)の神々の加護の恩寵を享受できたのは、日本列島とかつて日本の統治下にあった歴史のある、樺太と台湾、日本語を公用語にしているパラオ、基地のある南極大陸ぐらいで、他の大陸はやがて、海に沈んでいった。人間の業の深さを神々が危惧したからだ、といわれている。」


 話しながら移動していると、雪の中に人?が倒れている。


「急いで助けないと。」


 しかし、弓削少年は幽体離脱している状態であったため、すり抜けてしまう。黒装束の老人が、倒れていた者を起こす。その者は人形のような少年であった。彼は、白銀の髪に真紅の眼、所謂(いわゆる)、「アルビノ」と呼ばれる容貌だった。


――――――――――――――――――――――――――――――


 クネヒト・ループレヒトの【蝦夷(えぞ)共和国】における拠点に到着する。


「フム。残念だが、このままだと助からないな。身体(からだ)は、少し休ませれば健康を取り戻すだろうが、既に心が壊れてしまっている。生命維持に必要な気力も殆ど残っておるまい。」


「心が壊れている?」


 黒装束の老人は、懐から緑色をした半透明の球体を取り出す。


「この魔道具は、【翻訳の宝珠】といって、互いに言語の異なる両者が、言の葉に込めた魂の触媒となることで、擬似的に翻訳が可能となる。但し、相手の心を読んでいる、ということは、使い方次第では、非常に危険な魔道具でもある。但し、【翻訳の宝珠】の場合は、あくまで、言の葉に込めた魂しか媒介しない。つまり、喋ろうと思ったこと以上の情報を引きずり出すには、より強力な【読心(とうしん)の宝珠】という魔道具が必要となる。」


 老人の説明によると、通常は、【翻訳の宝珠】単体ではなく、ミサンガ―組紐―等に装着して、【翻訳の組紐(ミサンガ)】という魔道具として使用するらしい。


「つまり、もう喋る気力も残されていないと?」


「【翻訳の宝珠】では、情報が引き出せない。やむを得まい。【読心(とうしん)の宝珠】を使ってみるとするか。」


 老人は、先程より濃い緑の球体を懐から取り出し、情報を引きずり出す。


 ところで、【読心(とうしん)の宝珠】の「読心(とうしん)」の読みは、「読心(どくしん)」と読む人もいるけれど、「、」のことは、「読点(とうてん)」と読む人はいても、「読点(どくてん)」と読む人はいない(はず)……。


「この少年は、【蝦夷(えぞ)エルフ】の短命種、通称【病みエルフ】だ。」


「【病みエルフ】?【(ダーク)エルフ】じゃなくて?」


 老人は、【蝦夷(えぞ)エルフ】と【病みエルフ】の違いについて説明する。


「【蝦夷(えぞ)エルフ】は、普通の人族の1.5倍から2倍程度の寿命を持つ。しかし、その突然変異である短命種は、普通の人族と同程度の寿命しか持たない。その代わり、長命種よりも強力な魔素探知能力、即ち、魔力を有しているため、長命種からは【祟りの子】と呼ばれ、名前も付けられず、恐れられていたようだ。その扱いに耐えられなくなって、集落(コタン)を出たのだが、その途端、突然の猛吹雪(ブリザード)に遭い、心が折れてしまったようだ。」


「もう助けられないのでしょうか?」


「一つだけ方法がある。この病みエルフは、心無き身体(からだ)を有している。そして君は、幽体離脱しているため、精神のみの状態で、実体がない。両者を新たなる一つの生命(いのち)として、幽と体を融合させる、【幽体融合】、略して、【幽合】というものだ。一応、分離して元に戻すこともできる。君さえ同意すれば、すぐにでも実行しよう。或いは、このまま滅びゆく運命(さだめ)を見届けるのも選択だが。」


 弓削少年は、迷うことなく、融合することを選択する。そして、ここに新たな生命(いのち)が転生することとなった。

読心とうしんの宝珠】の「読心とうしん」の読みは、

読心どくしん」と読む人もいるけれど、「、」のことは、

読点とうてん」と読む人はいても、「読点どくてん」と

読む人はいない筈……。


※【蝦夷えぞエルフ】と【病みエルフ】は、

本作の世界観における、独自の種族です。


発想の経緯:エルフ→弓と魔法を使う。

アイヌ、ニヴフ等→弓と呪術シャーマンを使う。

弓にちなんだ名字→弓削氏→陰陽師も輩出している。


「エルフ」がいるなら、「ダークエルフ」もいるだろう。

→【ダークエルフ】→「やみ」を「病み」と読み替える。

→【病みエルフ】→寿命短そう→突然変異の短命種、という連想から。

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