第33話 【蝦夷(えぞ)エルフ】と【病みエルフ】
【ここまでのあらすじ】
いつもの駅に停車していた見慣れない列車に乗った弓削少年。終着駅の看板等に書かれている文字は、日本語ではなかった。かろうじて解読できたその時、黒い頭巾付きの外套を着た老人が空中に立っていた。
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「ゑ?空中に立っている?どちら様ですか?」
文字は解読に時間を要したが、言葉は聞き取れた。しかし、この老人は、彫りの深い顔立ちからして、日本人ではないだろう。
「我が名は、【クネヒト・ループレヒト】。取り敢えず、そう名乗っておくことにしよう。」
「本名を名乗る気がないことだけはよく分かったよ。偽名を使うってことは訳アリかな?それと、空中に立っているのは、見えないぐらい細いワイヤーか何かで吊り下げているのかな?手品師さん?」
「屋内ならその推測にも一理あるが、ここは駅舎がないから、殆ど屋外のようなものだろう。無理があるとは思わないかね?」
「じゃあ、見えないぐらい透明なガラスでできた、階段の上に立っている、とでも?」
「どちらかといえば、そちらの方が近いかな。この空間は、君が見ている夢のようなもの。君の魂、或いは、精神のみが幽体離脱した状態で、実際の君の身体は、病院の寝台の上で眠っている。私は、それに干渉しているに過ぎない。」
「俺が病院の寝台の上で眠っている?」
「君には、ここ最近の出来事で、心当たりはないのかね?」
「何だか記憶が曖昧になっている気がする……。」
「それでは、脳に損傷が発生しているのかも知れないな。君のそういった事情を鑑み、私の属する世界に招聘した。」
「まさか、ここは死後の世界?」
「死後の世界ではない。君のいた世界とこの世界の時間の流れ方は全くの無関係だ。ここは、もう一つの日本。日本以外全部沈没した世界。鏡に映った裏の日本。日本列島の影にある並行世界。解釈は、自由だが、まずは世界地図を差し上げよう。」
世界地図には、日本列島と樺太と台湾の位置に、似たような島が描かれている以外は、殆ど全部海。
「この世界の名称は、特に決まっていないが、アイヌ語で『冥界への入口』という意味の【ahunrupar】や、ラテン語で『逆もまた真なり』という意味の【vice versa】等と呼ぶ者がいる。」
「ここは、この地図のどの辺りでしょうか?」
「この辺りだな。」
老人が指で示したのは、北海道の玄関口、函館。実際、病院があるのもその付近である。
「この世界には、三つの国がある。まず、ここは【蝦夷共和国】。君の転移元の世界における、北海道や樺太が含まれる。【蝦夷エルフ】という者達が統治している。次に、【荒脛巾皇国】。主に、本州と四国だな。首都は、国名と同じ【荒脛巾】。君のいた世界の秋葉原に相当する。最後に、【玖球帝国】。君のいた世界の九州・琉球と台湾が含まれる。理外の民とも呼ばれる、複数の【魔族】からなる連合国家だ。」
「【蝦夷エルフ】?」
「あの者達だ。」
老人が指で示した集団は、明らかに日本人ではなかった。アイヌ文様の渦巻きのような絵柄が描かれた装束を着ていたが、アイヌ民族でも、ニヴフやウィルタでもないだろう。
何故なら、北欧神話に登場するエルフの様に耳が尖っているから。しかし、一般的なエルフの様に金髪や銀髪の美形でもなく、黒髪で、縄文人の様な古モンゴロイド系の特徴をしている。
「Иранкарапутэ」
イランカラプテ。挨拶だけはアイヌ語と同じようだが。他は何を言っているのかよく分からない。
「君の推察通り、使われることが多い文字は、アイヌ語のキリル文字転写だ。他にも、ギリシャ文字や、古英語や中英語のアルファベットもよく用いられる。ギリシャ文字は、キリル文字の先祖でもあるから、ある意味当然かも知れないが。因みに、私は物理学を専攻していたが、理系の学問では数式中に頻繁に現れるから、物理学科や数学科の学生の方がギリシア語系の学生より、字が上手かったりもするぞ。」
「一般的なアルファベットじゃないんですねぇ。」
「勿論、最近は一般的なアルファベットである、ラテン文字も使われているぞ。但し、その中に古英語や中英語では使われていたが、現在は使われていないアルファベットが混ざってくるがね。」
雪が降ってきている。
「さて、私の拠点が少し離れた場所にあるのだが、そこに案内しよう。地図ではこの辺りだな。北海道であれば、札幌辺りかな。」
ここが、夢の世界だというのなら、案内人に従うのも一興か。
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駅舎の無い駅は、水色のフェンスに囲われており、その水色の囲いから外へ出ると、一面の銀世界だった。
「君は幽体離脱しているし、私も化身のようなもので、厳密には、本体はここにいるわけではない。従って、移動方法だが、少々時短させて貰う。」
何らかの魔法を使ったのだろうか、雪上をまるでスキーで滑るように移動する。
「そういえば、五大陸は?」
「かつては、君の知る世界と同様、五大陸は存在していた。土・水・風・火の【四元素災害】と、放射線や疫病によって滅んだ。『土』は隕石や地震、『水』は洪水や津波、『風』は台風や竜巻、『火』は火山の噴火などだ。」
「じゃあ、何故、この日本列島?だけは生き残ったのかなぁ?」
あまりにも荒唐無稽な話に、弓削少年は、冷笑的な皮肉を放つが、老人は、まるで作業のように、淡々と説明を続ける。
「八百万の神々の加護の恩寵を享受できたのは、日本列島とかつて日本の統治下にあった歴史のある、樺太と台湾、日本語を公用語にしているパラオ、基地のある南極大陸ぐらいで、他の大陸はやがて、海に沈んでいった。人間の業の深さを神々が危惧したからだ、といわれている。」
話しながら移動していると、雪の中に人?が倒れている。
「急いで助けないと。」
しかし、弓削少年は幽体離脱している状態であったため、すり抜けてしまう。黒装束の老人が、倒れていた者を起こす。その者は人形のような少年であった。彼は、白銀の髪に真紅の眼、所謂、「アルビノ」と呼ばれる容貌だった。
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クネヒト・ループレヒトの【蝦夷共和国】における拠点に到着する。
「フム。残念だが、このままだと助からないな。身体は、少し休ませれば健康を取り戻すだろうが、既に心が壊れてしまっている。生命維持に必要な気力も殆ど残っておるまい。」
「心が壊れている?」
黒装束の老人は、懐から緑色をした半透明の球体を取り出す。
「この魔道具は、【翻訳の宝珠】といって、互いに言語の異なる両者が、言の葉に込めた魂の触媒となることで、擬似的に翻訳が可能となる。但し、相手の心を読んでいる、ということは、使い方次第では、非常に危険な魔道具でもある。但し、【翻訳の宝珠】の場合は、あくまで、言の葉に込めた魂しか媒介しない。つまり、喋ろうと思ったこと以上の情報を引きずり出すには、より強力な【読心の宝珠】という魔道具が必要となる。」
老人の説明によると、通常は、【翻訳の宝珠】単体ではなく、ミサンガ―組紐―等に装着して、【翻訳の組紐】という魔道具として使用するらしい。
「つまり、もう喋る気力も残されていないと?」
「【翻訳の宝珠】では、情報が引き出せない。やむを得まい。【読心の宝珠】を使ってみるとするか。」
老人は、先程より濃い緑の球体を懐から取り出し、情報を引きずり出す。
ところで、【読心の宝珠】の「読心」の読みは、「読心」と読む人もいるけれど、「、」のことは、「読点」と読む人はいても、「読点」と読む人はいない筈……。
「この少年は、【蝦夷エルフ】の短命種、通称【病みエルフ】だ。」
「【病みエルフ】?【闇エルフ】じゃなくて?」
老人は、【蝦夷エルフ】と【病みエルフ】の違いについて説明する。
「【蝦夷エルフ】は、普通の人族の1.5倍から2倍程度の寿命を持つ。しかし、その突然変異である短命種は、普通の人族と同程度の寿命しか持たない。その代わり、長命種よりも強力な魔素探知能力、即ち、魔力を有しているため、長命種からは【祟りの子】と呼ばれ、名前も付けられず、恐れられていたようだ。その扱いに耐えられなくなって、集落を出たのだが、その途端、突然の猛吹雪に遭い、心が折れてしまったようだ。」
「もう助けられないのでしょうか?」
「一つだけ方法がある。この病みエルフは、心無き身体を有している。そして君は、幽体離脱しているため、精神のみの状態で、実体がない。両者を新たなる一つの生命として、幽と体を融合させる、【幽体融合】、略して、【幽合】というものだ。一応、分離して元に戻すこともできる。君さえ同意すれば、すぐにでも実行しよう。或いは、このまま滅びゆく運命を見届けるのも選択だが。」
弓削少年は、迷うことなく、融合することを選択する。そして、ここに新たな生命が転生することとなった。
【読心の宝珠】の「読心」の読みは、
「読心」と読む人もいるけれど、「、」のことは、
「読点」と読む人はいても、「読点」と
読む人はいない筈……。
※【蝦夷エルフ】と【病みエルフ】は、
本作の世界観における、独自の種族です。
発想の経緯:エルフ→弓と魔法を使う。
アイヌ、ニヴフ等→弓と呪術を使う。
弓に因んだ名字→弓削氏→陰陽師も輩出している。
「エルフ」がいるなら、「ダークエルフ」もいるだろう。
→【闇エルフ】→「闇」を「病み」と読み替える。
→【病みエルフ】→寿命短そう→突然変異の短命種、という連想から。




