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別次元の領域(2021年版)  作者: 草茅危言
第弐章 登戸研究所編
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第29話 「定義が曖昧な言葉は矛盾を孕んでいる。」

回想として、常井氏の過去話あり。

 常井参狼(つねいさぶろう)は、荒脛巾(アラハバキ)皇国(おうこく)第参皇児(だいさんおうじ)である。

 郡山青年が九尾の火狐と戦っている頃、彼は、自分の過去を顧みていた。


 これは、この世界の時系列で、彼が郡山青年を自分の使徒―弟子兼部下―にする20年以上前の話である。


 あれは、一体いつの記憶になるだろう。


 参狼(さぶろう)少年は、双子の兄達と模擬戦をしていた。

 後の大臣(おおおみ)となる、第壱皇児(だいいちおうじ)神月太陽(かみつきたいよう)と、後の大連(おおむらじ)となる、第弐皇児(だいにおうじ)霧崎大洋(きりさきたいよう)

 三人とも2600年前の人間である大皇(おおきみ)の実子ではなく、複製(クローン)であるのだが。


 太陽少年には、天賦の才能(ギフテッドスキル)があった。


「過密!過密!過密!過密!気体!気体!気体!気体!」


 風属性の系統に属する、固有技能(ユニークスキル)である、【過密気体】は、無色無臭の瓦斯(ガス)を極限まで圧縮した、風の牙で、相手の両手両足を噛み砕くという、恐ろしい技で、その異様な呪文とは裏腹に、奥義と呼んでも遜色ない、凶悪な性能を誇っていた。


 大洋少年にも、双子の兄に準ずる決闘術の才能があった。


一酸化二水素ジヒドロゲンモノオキシド!」


 【魔導科学】の奥義である、水を生成する言靈術(げんれいじゅつ)である。水属性の古代魔法は、無詠唱が基本であるが、【魔導科学】では、言靈術(げんれいじゅつ)を用いて、水属性の魔術を奥義級の威力へと昇華させる試みが行われてきた。


 元来、言靈術(げんれいじゅつ)の呪文は、詩的な詠唱が主だった。曖昧な定義は、術者によって形状が変わるという、型に囚われない水属性の性質を活かせる反面、威力が安定しないという欠点を(はら)んでいた。

 しかし、分子規模の構成にまで言及したことで、術者による形状変更によって、相手に戦術を読まれない利点をそのままに、威力の増幅を可能とした。


 太陽と大洋。大皇(おおきみ)曰く、「天に二つの太陽は要らない」ということで、名付けられた大洋少年だが、この【一酸化二水素ジヒドロゲンモノオキシド】の技能(スキル)と、卓抜した短刀(ナイフ)技術(タクティクス)によって、遠近両用の相手を切り裂く武術で(もっ)て、決闘術に限っては、双子の兄をも凌駕している。


 (ひるがえ)って、参狼(さぶろう)少年は、双子の兄達と比較すると、凡庸で、一般人と比べれば、遙かに上流階級(エリート)かもしれないが、皇族としては及第点でしかなく、大皇(おおきみ)や兄達からも憐憫の情を向けられる程であった。

 そこで、大皇(おおきみ)は、時々、【転移の鳥居】で表大和(おもてやまと)に転移して、書籍を買い漁ったり、ゲームで瓦斯(ガス)抜きさせたりしたので、参狼(さぶろう)少年は、本の虫になった。


――――――――――――――――――――――――――――――


 参狼(さぶろう)青年は、大皇(おおきみ)に【陰陽術】を教わり、【陰陽術士】として、各地の魔と戦った。同時に、ブルクドルフ氏に【魔導科学】を教わり、【魔導科学者】としても研究を重ねた。

 この時期に、九尾の火狐とも交戦して、殺生石に封印している。


 それから約10年後、参狼(さぶろう)青年が、郡山青年の年齢ぐらいの頃、彼は【政治士】の資格を取得した。それも試験では、双子の兄達を凌ぐ満点という成績で。

 だが、その時には既に、双子の兄達は大臣(おおおみ)大連(おおむらじ)に就任しており、そこまで評価されることはなかった。


 喩えるなら、流行りのゲームを知らなくて馬鹿にされたことに反発して、ゲームをやり込んで、熟練者になったとしよう。

 だが、その頃には、そのゲームは廃れていて、誰にも相手にされない感覚が近いだろうか。


 ただ、同時期に、【魔導師】という、【魔術士】を育成するための教員免許みたいな資格も取得したことから、教育行政に関しては一任されるようになり、文部卿、【登戸研究所】所長、及びその付属学校である、【暗黒学問塾(シャドウ・アカデミー)】学長等を兼任することになる。


 この頃には、自力で【転移の鳥居】で表大和(おもてやまと)に転移できるようになっていたので、参考にしようと思って、日本の教育制度について調べたのだが……様々な問題を(はら)んでいることに気付いた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 そして、さらに約10年を経て、(マイスター)・ブルクドルフが、郡山青年をこの地に連れてきた。それも誘拐や拉致に近いような手段で。

 厄介な火種を持ち込みかねない凶行には、思わず、頭を抱えそうになったが、日本の教育について議論できる相手がやって来たのだと、考え直した。


 しかも、彼は、2600年前に滅びた荒脛巾(アラハバキ)の血を濃く継いでいる可能性が高く、魔素検知能力が高いらしい。


 郡山青年は、反骨精神があり、権力を盲信するような性格でもなく、戦闘民族としての矜恃も持ち合わせている。しかも、知識の吸収にも貪欲で、向学心も高い。

 その一方、学習機会の均等化の信念があるのか、自分のサイトを作成し、自分の知識を惜しむことなく与える力がある。


 常井学長は、第参皇児(だいさんおうじ)という皇族に相応しい威厳のある喋り方といい、黒髪長髪、痩身にして長身、眼光の鋭い巨漢という、貫禄のある外見から放たれる殺気にも似た威圧感といい、生徒からは畏怖の対象であるが、郡山青年は、対等に議論出来る相手であり、その中でも数少ない、高度な学術的会話を愉しめる好青年であったので、使徒―弟子兼部下―にすることにした。以下、両者の対談である。


――――――――――――――――――――――――――――――


「最初、弟子兼部下にするとは聞いていたけれど、改めて、『研究生』とはどういう立場なのでしょうか?」


「君の世界の概念では、『特待生』が近いかもしれないな。」


「『奨学金』で学ぶ、苦学生のような立場?」


「『奨学金』は、本来は、返済不要の教育への投資のことを指すのだが、君の世界では、本来の意味で使われていない。あれは、『学費ローン』とでも呼ぶべきだろう。」


「日本では、『教育への投資』という概念がなさそう。『大学での勉強など社会に出たら何の役にも立たない』等と言う人までいるし。」


「その割には、採用活動で、『4年制の大学を卒業していること』を応募条件にしているし、とんでもない矛盾だな。」


「『大学生は遊んでいる』とでも思っているのかな?文系理系でも結構違うけど。昔は半分半分だったけど、今は、『文系』対『理系』が8対2ぐらいらしい。」


「そう、それもだ。『文系』『理系』という言葉も定義がおかしい。『文系』『理系』という言葉は、英語では相当する言葉がないし。」


「これは、あくまで大学の入学試験における選択科目の区分に過ぎないからでは?」


「だったら、40代や50代の既に大学を卒業した人間が、自分は『文系だから』『理系だから』と言っているのは何故だ?最高学府を卒業した者なら、自分の学ぶ内容に制限をかける必要はあるまい?未だに、文理区分を決めた高校時代の教師に忠誠でも誓っているのか?」


「ああ、それは『数学が苦手だから』『物理が分からないから』という、消極的な理由で文系大学へ進学したからじゃないでしょうか?そういう人に限って『大学での勉強など社会に出たら何の役にも立たない』等という台詞を吐くんですよ。『学生』を見下したい『社会人』とか。」


「それも定義がおかしい言葉だな。『社会人』とは『学生』の対義語か?」


「『社会人』は、『会社員』とほぼ同じ意味で使っているかと。」


「ほう、それでは、『社会人』は、英語で何と訳すのかね?まさか、そのまま『social man』と訳すわけではあるまい?」


「『会社員』だから、『company member』?いや、『従業員』と捉えて、『employee』かな。」


「字面から考えると、『社会人』は、『社会の一員』という意味に捉えられる。つまり、『会社員』ならば『社会の一員』である、となる。すると、数学の対偶みたいに、『会社員』に非ずんば『社会の一員』に非ず、という意味にも捉えられ得る。法人化していない個人事業主は含まれないのか?『会社員』を『従業員』に置き換えれば、会社経営者も含まれなくなるぞ?『学生』で起業した場合はどうなる?二律背反だな。会社に就職してから、大学で学び直す場合は?『社会の一員』ではなくなってしまうのか?この様に、定義が曖昧な言葉は矛盾を孕んでいる。」


「『定義が曖昧な言葉は矛盾を孕んでいる。』か。数学や物理なら有り得ないですね。」


「ふむ。そういえば、君は何故、物理を志したのだ?」


「小学校の頃は、算数と歴史が得意だったけど、中学受験で中高一貫校に入った後は、伸び悩んでいて……。どちらかといえば文系科目の方が成績が良かったけど、別に数学が苦手ではないから、手に職をつける、ということで理系へ。でも、機械や電気工作が特に好きではないし……。一番物理の成績が低かったので、予備校で学んだときに、丸暗記や根性論で、質よりも量で問題集解いているだけの学校の公式丸暗記のやり方が悪いことが分かったんです。」


「それは酷いな。数式には、前提条件や適用範囲がある。中高一貫校であれば、教育水準も高めの筈ではないか?それがその程度とは……。」


「公立だと、中学から高校に進むとき、相対評価でボランティア活動で内申点を上げた奴が有利になるらしいです。」


「相対評価?学校の教師の依怙贔屓(えこひいき)で決まる可能性があるなど、教育制度としては如何なものか、と思うがね。(そもそ)も『ボランティア活動』とは、自発的にやるものであって、内申点を上げるためにやるものではない。それは、『ボランティア活動』ではなく、学校を通じた、ただの『強制徴募』だろう。哲学者のカントが聞いたら嘆くぞ。」


「話を戻すと、学校の教師は俺が物理が出来ないと思っていた。でも、それは教え方が悪かった所為(せい)だから、敢えて物理に進みました。あと、学校の教師は『ゲーム脳』という言葉を使うけど、ゲームには、数学や物理が使われている。だから、彼らに教わった数学や物理を使って、彼らの大嫌いな『ゲーム』を作ってやろう、と思って。」


「成程、『反骨精神』か。権威を盲信せぬその志には敬意を払わねばならんな。」


「大学に入ると、医学は生物、生物は化学、化学は物理、物理は数学、数学は哲学、とよく言われます。生物が得意でも化学は苦手な人が、生物系に進んで化学に挫折し、化学が得意でも物理は苦手な人が、化学系に進んで物理に挫折し、物理が得意でも数学は苦手な人が、物理系に進んで数学に挫折する、ということが結構頻繁にあるようです。」


「では、あえて逆張りして、数学が得意なら物理系、物理が得意なら化学系、化学が得意なら生物系、に進学すればいいのではないかね。」


「自分がその典型ですけどね。予備校講師曰く、数学はあくまで物理の道具に過ぎないから、道具が錆び付かないよう手入れをするのは当然だが、道具の蒐集家(コレクター)になるのは、本末転倒だとね。」


「君の話は、私の教育行政を考える上でも大変参考になる。今後も極力機会を設けて、是非君の話をまた伺いたいものだな。」

大学の物理学の傾向と対策については、あくまで作者の所感です。

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