第23話 【路上の流儀】と【体感する物理】
【登戸研究所】の付属高等学校にて。常井学長の【魔導科学】の講義が終わり、次は、【決闘術】の実習となる。
郡山青年、常井学長とその式神である【鞍馬天狗】の3人は、【登戸研究所】の食堂にて、事前に打ち合わせを行っていた。
この食堂も基本的に丼と麺類しかないが、格安である。昼夜とも銅貨4枚、朝昼晩の三食セットなら銀貨1枚と破格である。現在の残高は、金貨14枚、銀貨17枚、銅貨1枚。
「【魔物】には、【鵺】の様な【魔獣】や【代田ラボッチ】の様な【魔人】等がいることは、既に説明したな?この【鞍馬天狗】が私の式神であることも。私の式神に関していえば、【三頭犬】は【魔獣】、【鞍馬天狗】は【魔人】に分類される。」
「【魔獣】と【魔人】の違いは、人語を理解するか否かですか?」
「いや、後ろ足二本で直立歩行が可能かどうかだ。人語を理解するのは【魔族】、そうでないものは【魔物】と呼ぶ。【魔獣】と【魔物】、【魔人】と【魔族】は同一視されることも多いが、厳密には違う。【鵺】は直立までは出来るが、基本的には四足歩行だから【魔獣】、【代田ラボッチ】は、二足歩行は可能だが、人語を話す様子は確認されていないし、理解出来るかどうかも怪しいから、【魔人】ではあるが、【魔族】には分類されない。従って、どちらも【魔物】だ。」
【代田ラボッチ】は、サイクロプスの様な一つ目の巨人だが、体の大きさに比べて脳は小さいからなのか、確かに、人語を話せる程度の知能は持ち合わせているようには見受けられない。
「儂は、人語を理解出来るし、話せるぞ。だから【魔人】であり、【魔族】でもあるな。」
「高位の精霊は、確かに話せるが、貴様は基本的に脳筋だから、高度な学術的会話を愉しめないのが残念でならない。」
郡山青年は思った。確かに、彼が自分と一緒にいるときは、はしゃいでいたな。
「哈哈哈。儂は強者と死合う方が愉しいがな。」
「高位の精霊って?」
「式神は、魔物を力で眷属化した場合、精霊と対等に契約した場合、神格を有する存在から加護を受ける場合がある。最後の場合は、君に関しては、八岐大蛇の加護が相当する。」
「精霊と対等に契約したいなら、儂の同族に【八咫烏天狗】がおるな。【八咫烏天狗】は、『八咫烏』と『烏天狗』の合体種だ。だが、彼奴は、相当な強者だ。【決闘術】を少しは学んでから挑んでみるといい。」
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【決闘術】の実習。【魔導科学】の講義での常井学長との掛け合いの効果によるものなのか、郡山青年は生徒から尊敬の対象となっていた。
先程の【魔導科学】の講義では、常井学長の質問に全く答えられなかった堀田少年だが、学年首席らしい。彼は基本的に脳筋であるためか、座学は及第点でしかないが、【決闘術】の技量は卓抜しているらしい。
堀田少年は、まるで栗のイガを思わせる短い黒髪で、柔道着の様な服を着ている。
「押忍!鞍馬師匠。」
「哈哈哈。元気がいいな、小僧。よかろう、武闘家として相手してやる。来いッ!」
「今日こそ一本取ってやるっすよ。」
「受~け~て~立~つ!」
しかし、常井学長が待ったをかける。
「待ち給え。折角だから、郡山君に相手してもらおう。堀田君もたまには違う相手とやるのも練習になるだろう。」
昨日弄られたことへの意趣返しかな。
「分かりました。」
まぁ、でも【決闘術】の実践をする良い機会には違いない、と思い直し、この提案を受けることにする。
「郡山さんが相手か~面白そうっすね。」
何やら期待してくれているが、失望させないといいのだが……。
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堀田少年は、太極図とも呼ばれる、光と闇の相克、陰陽紋の形に両手を構える。
「オオオオオオ、オオオオオオ。オオオオオオ!」
そして、気迫を練るように呼吸をすると、彼に魔素が集まり、赤色の魔力色を纏う。それは、異世界小説に出て来る『身体強化魔法』を思わせる。
【決闘術】は、【武術】の模擬戦形式の授業である。郡山青年は、十年前の小学生の頃、中学受験の塾の帰りに夜の街で、路上格闘をしていた経験があるが、中高一貫校の六年間は、真面目に通っていただけなので、一応、『聖地』、『竹刀』、『流浪』等は読んでいるが、路上格闘からは、既に引退している、と言っても過言ではない。
「行くっすよ、郡山サン!」
闘気が堀田少年を『強化』、いや、『狂化』とでも言うべき状態に変える。郡山青年も自身の魔力色の紫炎を纏う。
堀田少年が纏った魔力が『色を帯び』、いや、『色帯』から『黒帯』となって、影属性が付与された刹那の瞬間、剣術の足捌きが魔力を帯びる。
剣術には、継ぎ足・歩み足・送り足・開き足といった、足捌きがある。影属性の魔術と組み合わせれば、蜃気楼・逃げ水・陽炎・不知火、そして縮地、といった技へと昇華させることが出来る。
【縮地】。相撲の立ち合いの直後、気が付いたら相手が自分の目の前にいる。それは、まるで地面を縮ませたかのよう。
運動をしている物体ではなく、空間の方が縮んでいるとする表現は、相対性理論における、ローレンツ収縮を想起させる。
堀田少年は、【縮地】からの『三本貫手』、いや、三本指による目潰しを狙っていた。だが、それはあくまで小手調べ。郡山青年には、この程度の小細工など全く通用しないだろう。
郡山青年は、『裏拳』、手の甲で三本指による目潰しを弾くと、その手を手繰り、『開き足』で横に回り込む。このとき、郡山青年は知る由もないが、無意識に【不知火】という技を使っていた。
続いて、中高一本拳でこめかみを狙うが、堀田少年は、小首をかしげてこれを躱し、そのまま一歩も下がらずにじり寄ってくる。
「いいよいいよ。殺意高いよ。」
「次だ、次だ次だ、次だ次だ次だ!」
観衆と化した教師陣からの野次が聞こえる。
だが、先程のは悪手だったな。背中がガラ空きだ。
奥襟を掴むと、重心をずらして軸足を刈りにいく。
大外刈りは……壱、弐ィ!
堀田少年は、大地に叩き付けられた。大外刈りは物理学では、剛体の力学における「力のモーメント」、これぞまさに、【体感する物理】である。
彼は信じられない、という形相で再び迫る。
「油断したッス。次は、本気で行くっすよォ!」
再び、【縮地】を発動し、レスリングのように、足を取って転がすつもりか、低く当たってくる。これが相撲の立ち合いなら、最善手といってもいい。
しかし、路上格闘においては、最適解ではない。いいだろう、【路上の流儀】というものを教えてやろう。
膝蹴り。【縮地】は目に見えない速さだが、その分、動きが直線的で単調になりやすい。だから、カウンター気味に放たれた膝蹴りが簡単に決まってしまう。
さらに、顎への掌底からの『喉輪』で体勢を起こし、肩に追撃のかかと落としが炸裂する。
だが、それでも不屈の闘志を纏い、『狂化』状態という表現が相応しい今の堀田少年は、怯まない。
闘技場の砂を手で掴み、砂かけで目潰しを狙う。郡山青年は、黒衣をマントのように広げ、盾にして防ぐ。
堀田少年は、下段で転がりながら、後ろ回し蹴りを放つ。しかも、足首がまるで相手の首を刈る死神のように……『ブラジリアンキック』か!
「ここだ、ここだここだ、ここだここだここだ!」
郡山青年は、敢えてこれを背中で受ける。勿論衝撃は軽減しつつ、両手でその足を捉えた。
「まさか、『肉を切らせて骨を断つ』とは……」
「何という攻防……?!まさに、【別次元の領域】ッ!」
さっきから、外野の教師陣の歓声が五月蠅い。そろそろ終わらせるか……。
両手で足を掴んだまま、片足を軸にして廻転をかけていく。これも物理の力学で登場する「遠心力」だ。これもまさに、【体感する物理】である。
さァ、堀田少年よ。「遠心力」をその身に受けよ!
そして足を掴んでいた両手を放すと、堀田少年はその勢いで投げ飛ばされて行った。
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堀田少年は目を回していた。まだ酔っている感覚のまま立ち上がろうとして、よろけて倒れ込む。
「怪我した足をやっときゃよかった。」
「怪我?!」
郡山青年が自分の足を見ると、僅かに裂傷が有った。あの下段の攻防の時、堀田少年が肘で切り裂いていたのだ。
「あいつ、肘で切り裂きやがった……。」
「畜生ッ!」
堀田少年としては、まさか、【決闘術】に極振りの自分が【路上の流儀】と【体感する物理】の前に、ここまで完敗するとは思っていなかったのだろう。悔しいでしょうねぇ……。
そのとき、新たな登場人物の声が聞こえた。
「よくも、ウチの舎弟をいじめてくれたニャ!」




