第22話 常井学長
モブの生徒の名前とかは適当です。
【登戸研究所】の付属高等学校にて。常井学長の講義が始まる。
「目を瞑って。姿勢を正して、礼!では、出席を取るぞ~。油木、油田、石橋、石野、岩男、岩内、浦原、大友、尾崎、小澤、神谷、木村、草井、郷田、子柴、澤田、宍戸、竹内、田島、中村、根本、橋場、平間、笛田、淵渕、船山、堀田、宮澤、村部、山口、山田、和田。」
出席を取り終えると、
「本日より、講義の補助業務に携わることになった、【研究生】の郡山俊英君だ。」
とだけ、説明して終了。【研究生】とは、教育実習生みたいなものか?
と思ったが、結構雑な扱いだ。そして、常井学長の演説が始まった。
「そして、諸君はもうご存知だろうが、私が学長の常井だ。諸君、私は君達に手取り足取り教えるような真似はせん。私は一度模範を見せるのみ。後は諸君が試行錯誤して、創意工夫を重ねた末に、自ずから習得するものであろう。」
あっ、コレ実は一番厳しい指導方法だ。教師に喧しく言われないから、一見すると楽そうだが、強制力が無いと学ばないような受動的な学習者にとっては修羅の道だ。
「『勉強』とは『強いられた勉め』と書く。中国語では『学習』というのが正しい。『勉強』とはただのガリ勉という意味しかない。諸君、正しい言葉を使い給え!特に、行政に携わるため、政治士を志す者は、これを自家薬籠中のものとせよ。言の葉を疎かにする者に政は務まらん!」
政治家の失言・暴言は目に余るときがあるからね。
「『学問』の本質は、『学ぶこと』と『問うことだ』。前者は、『真似ぶ』こと。先哲の真似をすることだ。後者は、『何故?』を大事にすること。常に懐疑的であれ。情報を鵜呑みにして思考停止してはならん!」
反知性主義者とかが、『考えるな、感じろ』みたいに、思考停止に誘導してくるから気を付けよう。
「何故、私がこのような警鐘を鳴らすのか?いずれ諸君は、教師という案内人も、教科書という地図もなしで、未知の土地を踏破せねばならんからだ。そんな諸君に私から『守・破・離』という言葉を贈ろう。最初は先人の教えを守り、次にそれを凌駕し、最後に我流を確立せよ。学問というものは結局、独学でしか身につかないのだから!」
日本の教育は、多過ぎる課題や部活で、自分で考える時間を奪われている側面があるからな。教えることがノルマみたいになって、育てることが疎かになっている。
「故に、諸君には、受動的ではなく、能動的に学ぶことを期待する。諸君は、『大人』と『子供』の違いは何か、と考えたことがあるか?私はこう思う。『大人』と『子供』の違いは【与える力】だ。【与える力】の有る者を『大人』と呼ぶのだと。教科書を丸暗記しても、学校の成績が良いだけでは、所詮与えられている側に過ぎん!己の教科書を自ら書き上げるぐらいの気概を持つのだ。」
郡山青年も我流の記事を書き上げたところ、この知識を自分だけのものにしておくのは勿体無い、という周囲の助言もあって、自分のサイトを作り、その記事をサイト上にアップロードして、集合知に寄与した。成程、これが【与える力】というわけか。
「人という字は支え合っているなどと、出鱈目をほざく輩がいるようだが、
象形文字という意味でも、人という字は、一人の人間として描かれている。また、『人間』とは、人と獣の間、という意味だ。我々は、獣として産み落とされる。しかし、教育を受けて『人に成る』、これが『成人』だ。同様に、修行を積んで『人に達する』から『達人』と呼ぶのだ。」
教壇に立つ常井学長は、深緑の魔力色を纏っていた。この人の演説は、まさに『熱血先生』という感じで、初対面の時の印象からは、全く想像できない。
郡山青年の出た中高一貫校も名門校という割には、勉強会という社交場もなく、それを開くような野心家の生徒も、こういう常井学長のような名物教師もいなかった。周囲には、底辺校のように堕落した生徒と、凡庸な教師しかいなくて、失望を禁じ得なかった。
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常井学長の演説が終わると、講義に入る。最初の科目は、【魔導科学】である。
教科書を鑑みるに、大学の学部2年次や3年次級の物理数学や化学の内容に、魔素という、
表の世界にはない素粒子の影響がどう作用するか、というかなり高度な内容である。
【刻印術】という、異世界小説における付与魔法のような分野もこの講義で扱うようだ。複雑な魔方陣を組むらしいが、教科書を眺めると、大学のプログラミングの魔素がある世界版、といった内容である。
【刻印術】には、独逸語系統の術式と、アイヌ語系統の術式があるようだ。他の言語も一応存在はするようだが、この二つの言語の研究が最も進んでいるそうだ。
言語といっても、厳密な文法は必要なく、単語程度の知識で構わないらしい。プログラミングに、英語の知識が要ると脅されると構えてしまうが、英文法の知識は不要で、英単語程度の知識で充分であるのと同様であろう。
常井学長は、生徒からは畏怖の対象である。第参皇児という皇族に相応しい威厳のある喋り方といい、黒髪長髪、痩身にして長身、眼光の鋭い巨漢という、貫禄のある外見から放たれる殺気にも似た威圧感といい……。
「先程、諸君には『正しい言葉を使え』と言った。物理学でも言葉の定義が曖昧であってはならないし、数学では、それがさらに厳密になるので、数式を使うことは、読み手によって解釈が違う齟齬を防ぐという意味で重要となる。巷には『数式アレルギー』なるものがあるらしいが、前提条件や適用範囲も考えずに、公式を丸暗記するからだろう。試験のためだけに勉強して、試験が終わったら全て忘れるのか?それは、青春という限られた時間の無駄遣いではないか!」
授業で、かなり前の試験範囲の問題を教師が口頭試問で出題したときのことである。
郡山青年も成績が一番上の生徒を含め、教室中の全員が答えられなかった問題をただ一人正解を口述することが出来た。
一度に大量の内容を暗記出来るが、時間が経てば忘れてしまう人が多い。郡山青年は、一つのことを理解するのに時間が掛かるが、一度理解したことは長い間忘れない。
『短期記憶』型の前者は試験で良い成績を残すだろう。一方、『長期記憶』型の後者はあまり報われないが、前者の方が後者より賢いのか、と思ったことがある。
「では、これから何問か問題を出そう。パウリ行列と四元数の関係について述べよ。堀田君、答えたまえ。」
「え~と?…………分かりません。」
いきなり、群論を出題するとか、随分えげつないことするなぁ……。知識問題だから、知らないと答えられないし。
「フム、別の問題を出そうか。1から6までの数字が書かれたサイコロがある。全ての数字が出るまでサイコロを振るとき、平均で何回サイコロを振る必要があるか?」
「う~ん?……分かりません。」
今度は「クーポンコレクター問題」か。確かに初見殺しの問題だけど、もう少し考えてもいいんじゃないか?
「それでは、もう一問。行動力消費がaとbのクエストxとyがあり、それぞれ、得られる経験値は、cとdである。現在の行動力は残りpだが、次のレベルまで、あと経験値q必要である。クエストx及びyをそれぞれ何回周回するべきかね?」
「すみません。全く分からないっす。」
これは、題材がゲームっぽいけど、線型計画法かな?確かに暗算は面倒だが、クラメルの公式を使えば、大幅に時短出来るよな。諦めが早すぎるぞ、少年。少しは、足掻いた方がいいぞ。あっ、鬼教官がキレそう。
「馬鹿者!愚か者!少しは考えようとは思わんのか!郡山君、君は分かっているようだな。答えたまえ。」
ゑ?ここでこっちに振ってくるんですか……ソウデスカ。ん~もう、仕方無いなぁ。常井君は。
「最初の問題は、パウリ行列と四元数の関係についてですが、パウリ行列を-i倍したものが、四元数単位i,j,kと群論的には同じ構造をしていて、乗法に対して、位数3の巡回群となっています。」
「その通りだ。ハミルトンは、四元数を発見したとき、式をブルーム橋の石に刻んだといわれているが、公共物の破損行為だから真似しないようにな。それと、四元数は、3次元コンピュータグラフィックスの廻転の計算にも用いられているぞ。」
「続いて二問目ですが、これは『クーポンコレクター問題』ですね。最初にサイコロを振ったときは6つの面のどれが出てもいいから、期待値は6分の6で1回。次は、残り5つの面のどれかが出てほしいけど、実際は、6つの面全てが出る可能性があるから、5分の6で1.2回。以降、4分の6で1.5回、3分の6で2回、2分の6で3回、1分の6で6回と順繰りに足していって、合計で14.7回ですね。」
「うむ。サイコロの目は6種類だけど、出目は重複する可能性があるから、全ての数字が出るまで平均でも15回ぐらいはサイコロを振る必要があるということだな。『コンプリートガチャ』は違法なので、注意したまえ。」
そういえば、常井氏は【荏原三角商店街】でガチャを重課金で回していたな。
「先生は、ガチャに関しては重課金勢ですもんね。」
「う、五月蠅い……。」
常井学長を少し弄ると、教室がどよめく。
「研究生、凄えな。」
「常井学長を弄るとか。」
「半端ない度胸だな。」
「最後の問題は、線型計画法ですね。クラメルの公式を使えば、大幅に計算が時短出来ますね。」
黒板に解答を書く。常井学長を弄ることも忘れない。
「題材がゲームっぽいけど、これはきっと先生の趣味ですね。」
「や、喧しいわ……。」
やっぱり、図星か。生徒の興味を引く意味では、題材としても申し分ないけど、先生自身の趣味でもあったんだね。
「『学校の勉強なんて役に立たない』などという、輩がいるようだが、実際、このように、物理や数学の知識は確かに役に立っている。それを活かす先人の知恵があったからだ。知識と知恵は違う。反知性主義者に騙されて、己の知識を宝の持ち腐れにするな。それは『妥協』ではなく『迎合』だ。」
威勢のいいこと言っているけど、少し弄ったおかげで、学長先生も少しは親しみのある雰囲気になったようだ。
「こう~なった~の~は、お~前のせいだ。」
良かったね、常井君。




