第109話 「【極獄(コキュートス)】に果てよ。」
最終決戦の戦闘描写には、本作のこれまでの戦闘描写の集大成を込めました。
豚鬼人喰人から、莫大な瘴気が噴き出す。
かつて、郡山少年は思った。
―――逃げたい、でも逃げられない、運命の呪縛。
十年前に連中に虐待された記憶がトラウマとなって、
ドラマの番組宣伝で暴力シーンを見たりすると、
屡々、PTSDみたいな症状を引き起こす。
余談だが、「トラウマ」の語源は、独逸語で、
「夢」を意味する、「Traum」に
由来しているのではないだろうか。そういう意味では、
連中を斃せば、この悪夢も終わるのだろうか。
かつて、弓削少年は思った。
―――生きたい、でも生きられない、こいつらがいる限り。
連中は、我々にとって、復讐を誓う仇敵であることは間違いない。
しかし、先に殺意を向けてきたのは、いつも連中の方であった。
「己が罪を贖わせてやる。さァ、贖罪の時間だ。
ああ、それで貴様の仲間は、貴様の『食材』となったわけか。
ゲームの序盤にやられ役のボスとして定番の豚野郎として。」
「贖罪」と「食材」という同音異義語を使って、
【蝙蝠山卿】の背後霊と化した、【幽者】ユゲタイがそう揶揄すると、
豚鬼人喰人は、その挑発にブチ切れて、
「誰が食材だとゴルァ、このゲーム脳が。
相変わらずふざけやがってぇ~
けじめをつけろけじめを。ヘラヘラしてんじゃねぇぞ!
テメェらに俺様を殺す覚悟が無いって言うんなら、
こっちから行くぜぇえええええ!」
と言って、例の野球のバットみたいな杖を桃色光線で包み込む。
「【熱い棍棒】!」
奴が初手に選んだ技能は、相手に焼き印を入れる、【熱い棍棒】。
豚鬼人喰人は、【熱い棍棒】を闇雲に振り回してくる。
「うぉおおおおお!気絶しろ!顔よ、曲がれ!」
更に、四方八方に桃色光線が乱射されるが、
憑依したマンティコアノイドの蝙蝠の翼による、
飛翔と滑空を駆使して、全ての攻撃を躱す。
そして、魔剣【ガルバノス】を顕現させ、【熱い棍棒】と
激しい剣戟を数合打ち合う殺陣を披露することとなる。
但し、絵面としては、電動鎖鋸と野球のバットなのであるが・・・。
しかも、最終ボスは、序盤のボスにしか見えない。
寧ろ、主人公の方が最終ボスの風格があるぐらいだ。
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「この野郎!この期に及んで、ま~だ手間ァかけさせやがってぇ~」
すると、奴は痺れを切らしたのか、こちらの動きを完全に
停止させようと、時属性の古代魔法を詠唱し始めた。
「時計よ時計、俺様の邪魔をする者は誰だ?
その身の程知らずな者の時を止めよ。
【クロック・ザ・クロック】!!」
紡がれた呪文の詠唱と共に、桃色光線が地面を走り、
「時計の地上絵」を描いていく。
「その技は既に一度見せて貰ったぁ!
結界の発動に連動して、パウリ効果を発動!」
何かが砕け散る様な音とともに、「時計の地上絵」が崩壊する。
「なっ?!何ぃいいいいい!」
「やはり、その地上絵の時計は、機械仕掛けだったようだな。
相手が機械だと分かっていれば、パウリ効果で叩き潰してくれる!」
かつては苦戦した敵の大技も、瞬殺で攻略し、歯牙にもかけなかった。
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「では、これならどうだ。
【verbatim】!【WYSIWYG】!
【恣意】のまま、全ては我が掌の中に!」
この技も、見たことがある。ネメシス・ダムドの記憶では、
ETAOIN SHRDLUと【ラプラスの魔】という
【無機知性体】が、二柱がかりで発動した程の大技だが、
六体の豚鬼を共喰いし、その魔力を吸収した、
豚鬼人喰人は、単独でこれを発動出来るようだ。
再び、紡がれた呪文の詠唱と共に、桃色光線が地面を走り、
今度は、「掌の地上絵」を描いていく。
「うぉおおおおお!次だ、次だ次だ、次だ次だ次だ!
【射竦みの魔眼】、【自動重圧】!」
周囲の空気が、まるで水飴のように重くなる。
確かに、十年前なら、射竦んでいただろう。
それが、魔眼だと知らないまま。
だが、今はもう違う。対抗手段は既に確立している。
魔剣【ガルバノス】を収納し、鏡ノ楯を顕現させる。
「はじき返せ、鏡ノ楯!」
サンケベツ村で対決したときは、【射竦みの魔眼】を反射され、
腰を抜かしていた元・教室長だったが、
今回の反射光は、何故か奴を透過した。
「ここだ、ここだここだ、ここだここだここだ!
コレだよ。【衝突判定:無効】!全ては我が掌の中。
掌の地上絵という結界がある限り、
テメェらの攻撃は全て、お見通しなんだよ!」
「黙れ!鏡ノ楯をアイギスに変更!
石化光線!石化によって、未来永劫、沈黙せよ!」
これが決まれば、豚鬼人喰人は、彫像と化す筈だった。
だが、石化光線も奴を透過してしまう。
奴の言う通り、掌の地上絵という結界がある限り、
如何なる攻撃も奴には通用しないとでもいうのだろうか。
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「ハハハハハッ。テメェらは、神である俺様の
掌の上で踊っているに過ぎないんだよ!」
「ならば、貴様という邪神の掌であるこの大地に、
神をも殺す悪魔の劍を突き立ててくれよう!
出でよ、魔剣【ガルバノス】!」
今度は、アイギスを収納し、魔剣【ガルバノス】を再び顕現させる。
「ぐわぁあああああ!」
ボトボト。ボトボト。ボトボト。
電動鎖鋸で大地を割ると、豚鬼人喰人の
掌からは、穢れた血が滴り落ちる。
豚鬼人喰人は、大地に描かれた「掌の地上絵」と、
自分の掌との連動を切っていなかったようだ。
まぁ、強力な技には、何らかの制約が課される。
或いは、任意に衝突判定を無効にするという、
強力な掌の地上絵にも、そういう制約が課されるのは、
当然の仕様なのかも知れないが・・・。
いずれにせよ、何処までも詰めが甘い。
どうやら最終ボスになっても見かけ倒しで、
ドジっ子属性は相変わらずだったようだ。
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「クソッ!よくもやりやがったな!苦しみながら死ねや!
生成しろ!イソプロピルメチルフルオロホスホネート!!」
ここで、毒瓦斯を生成する禁呪を詠唱してきたか。
早く勝負を終わらせようとして焦っているようだな。
「【一酸化二水素】!」
直ちに水を生成して、加水分解することにより、無力化する。
ここまで、奴の使う技を悉く、正面から、
完膚無きまでに叩き潰して、完封してきた。
だが、今回はこれだけでは終わらない。
今度こそ、ここで終わらせるために、
次の技能を発動し、連携を繋いでいく。
「【極低温の瘴気】!!」
極低温の猛吹雪が吹き荒れる。
【蝙蝠山卿】の背後霊と化した、【幽者】ユゲタイも同時に、
短剣符、†記号状の氷の劍を降らせた。
氷の劍の雨は、豚鬼人喰人の
影に刺さって、その動きを【影縫い】で封じ込める。
そして、大量の水を浴びてずぶ濡れになった豚鬼人喰人を
極低温の瘴気が冷却し、凍結させた。
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やがて、奴の【熱い棍棒】も凍て付き、それに宿った生命の炎も消える。
「【絶縁破壊】!」
【蝙蝠山卿】は、地面に刺さっていた魔剣【ガルバノス】を抜くと、
その技能を発動し、【熱い棍棒】を根底から切断した。
そして、この悪夢を終わらせるため、最終奥義を放つ。
「【高圧電流印加】!!!」
極低温下では、超伝導により、電気抵抗がなくなり、
雷属性の威力が上昇する。
況してや、ずぶ濡れの状態なら尚更だ。
純水自体は電気を通さないが、この脂ぎった豚野郎の体液が、
純水であることは、まず有り得ないだろう。
「ぐわぁあああああ!」
【蝙蝠山卿】は、凄まじい憎悪が敵に苦痛を与えるのを愉しむ。
「【極獄】に果てよ。」
ギリシャ語で「嘆きの川」を意味する、「κωκυτος」に由来する、
この技能の三連携【極獄】は、禁則級奥義だが、
水・氷・雷属性のいずれも、使われているのは、
基礎的な技能に過ぎない。だが、その威力は、
この【術理の世界】においても、文字通り【別次元の領域】であった。
それは、達人ほど基礎を大切にすることの証左でもあった。
そして、この氷も電流も魔素で出来ているため、
これから、豚鬼人喰人は、
その生命の炎が消えるまで、未来永劫、
氷の結晶の檻の中で、永久電流を浴び続けることになる。
体液ごと凍て付かせたから、【汚泥スライム】や
飛蝗に変形して、氷の檻を破ることも出来ない。
また、氷の結晶は太陽光を透過するため、奴の肘から生えた
ジャガイモの芽が、光合成することによって、共生関係にある
豚人間の体を生かし続けるから、
そう簡単に死ぬことも赦されない。
永久に苦しむために、
永遠に生き続けるというのは、
一瞬で終わる死よりも苦しかろう。
結局、欲望は絶望には勝てないのだ。
次回の第110話は、第拾章のまとめ。
次章が最終章。第111話が、最終話。




