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その令嬢が望む相手は

作者: 走不 歩

 

 暖かいその手が大好きです。優しいその声が大好きです。


 小さな、でも私にとってはそこそこ大きな君が大好きです。


 一緒に寝っ転がってじゃれ合ったのを貴方は覚えているでしょうか?


 覚えてなかったら残念ですけれど、仕方ないですね。だって、貴方はまだ幼いですから、毎日が楽しくて、すぐに忘れてしまうかもしれません。


 いっそ忘れるなら、今日のことを忘れてくれると嬉しいですね。


 ああ、悲しまないで、泣かないで、貴方には笑っていて欲しいんです。


  ***


 私のお仕えする、とはいっても仕えているのは古参の私くらいしか居ませんが、仕えている没落貴族のお嬢様は大変お美しい方です。


 綺麗な茶色の髪は、見ているだけで触りたくなってしまうし、綺麗なその金色の瞳に見つめられれば心を鷲掴みにされてしまいます。


 この婆やも女で老人ながらも何度、心を奪われたことか。


 その美しさを聞いた人々が、お嬢様の姿を覗き見て恋に落ちてしまうことなんてざらにあります。


 お陰で大して名家でもないのに、お嬢様はまだ十四歳なのに、お嬢様への求婚が後を絶たないのです。ええ、それは貴賎を問わず、お嬢様の美しさに恋慕するのです。



 ある日のことです。


「僕のお嫁さんになってくれたら、毎日豪華な食事が食べられるよ」


 お嬢様の一個下の伯爵家の次男が、そうお嬢様にアピールしました。なんと可愛らしいアピールでしょう。お嬢様も、宝石類や衣装等には見向きもしないのですが、食べ物となれば少し違うようです。


「どんな食事なのかしら?」


 凛とした声で聞かれて、伯爵家の次男は口ごもります。詳しく、何かとは決めていなかったのでしょう。


 それでも、しばらくすると「デザートとか」と女の子が好みそうな食べ物を挙げました。


「そう、でも私はお肉が好きなの、骨つきの」

 令嬢がまず仰らなそうな好物をお嬢様は真顔であげます。


 ええ、本当にお嬢様は骨つき肉が好きですよ。


 華奢なその体つきからでは予想がつかない有様で、骨つき肉を勢いよく召し上がるのです。


 流石にそれは予想外だったのか伯爵家の次男は「そっか……」と呆然とした様子で答えます。大方、お嬢様が可愛らしい見た目通りの好みをしていると勘違いしていらっしゃったんでしょうね。


「ええ、それに、私には決めた方がいるから、勘違いかもしれないけれど、ごめんなさい」

 お嬢様はそうやって微笑んで振ってしまいました。


 身分が上の方に言葉遣いも態度も堂々とし過ぎですが、今まで誰もお嬢様に文句を言うことはありません。


 その伯爵家の次男も、お嬢様に少々見惚れた後、「分かった。ありがとう」と大人しく引きました。




 また別の日のことです。


 お嬢様より三つ上の猟師の中で有名な青年が、求婚してきました。


「お前、狼が好きなんだってな」


 随分と無礼な口のききようですが、お嬢様は気にも止めません。


「ええ、まあ、そうよ」


 そう冷静に答えます。


 その様子に青年は目を輝かせました。大方、華奢な見た目に反して堂々としている様子に狼好きとお嬢様のギャップにやられたのでしょう。


「俺は狼も猪も熊も狩ってこれるぞ! 毛皮にして今度持ってきてやる!」


 おそらく自分の優秀さを、お嬢様の好きな狼に絡めてアピールしたかったんでしょうが、悪手ですね。


 お嬢様は少し眉を顰めた後、


「私は生きた狼の方が好きだわ」


 ええ、お嬢様は生きた狼が好きなのです。


 幼い頃から、その執着心は凄まじく、馬車での移動中、狼を遠くに見た時に怯える旦那様や奥方様とは正反対に目を輝かせていましたから。


 その帰りからずっとお嬢様は珍しく「おおかみ! おおかみ!」と騒ぎ立てるものですから、私は旦那様方と共に困り果てましたね。


 獰猛な狼を家では飼えませんので、狼似の犬を2頭飼っています。お嬢様が誕生日プレゼントに望んだものですが、外にいる時はいつも連れています。お陰でボディーガードいらずです。


 最近はこの婆やの説得でやめて下さいましたけれど、昔は自室に上げて、ベッドを使わず、その2頭の犬と丸くなって寝ていました。


「そうか……じゃあ生け捕りにしてきてやる!」


 おや、青年は食いついて来ました。結構、メンタル強いですね。


 しかし、これもバッサリ切り捨ててしまうのがうちのお嬢様です。


「私は自由な身の狼が好きなの。それに、私には心に決めた方がいるの」




 お嬢様はどんな殿方も振ってしまいます。お金持ちも、権力者も、武功で有名なものも、お嬢様に恋い焦がれ求婚なさいましたが、全部振りました。


 旦那様方は「娘が好きなように」と甘々な事をおっしゃっていましたが、そんなんでは一生お嬢様は結婚できないでしょう。


 求婚者はたくさんいるのに、結婚できないっておかしな話です。かなりの優良条件も居たんですよ。なんなら、家の再興まで望めるほどの権力や財力を持っている方もいらっしゃいました。


 それでも、お嬢様は振ってしまいますし、旦那様方もよしとします。

 そんなんだから、没落してるんですよ。まあ、権力に溺れる馬鹿でいるよりはマシな気がしますが。


 しかし、旦那様亡き後、お嬢様が一人でやっていくのは無理があります。ええ、多分……なんだかんだで生き抜いてしまいそうな気もしますが、そんな、なんとなくに賭けてはいけません。


 お嬢様の結婚を見ない限り、この婆やは安心して逝けません。結婚には早いけれど、今の年から良い人でも見つけて頂いて安心したいものです。


 それでもお嬢様は多くの求婚者を振ります。お陰で評判が悪くなるかと思いきや、むしろ高嶺の花として求婚者が増えるものですから、世の中不思議なもんですね。


 まあでも、それも振り続けるのだから意味が無いのです。




 ある夏の日でした。私達は避暑と観光の為、国境いの土地に来ていました。


 お嬢様は遠出が大好きなので大層喜んでいらっしゃいました。無理を言って連れてきた2頭の飼い犬と共に、馬車の中から道中の様子を見る姿は大層愛らしかったです。

 

 さて、避暑先で私が買い出しに出かけた時のことでした。


「婆さんのお嬢様も、うちの領主様に会いにきた口かい? なら諦めた方がいいよ」

 と肉屋のおばさんが声をかけてきたのです。


「いいえ、避暑ですが。何故、そのような事を?」

「そりゃ、失礼したね。いや、うちの領主様ったら大層変わり者でね。もう、24になるのに嫁さんがいないんだ。せっかく綺麗な顔をされているのにねぇ……もちろん、お見合い話も出るんだけど断っちまってねぇ……」


 なんでしょう……似たような事を私は知っていますよ。


 お嬢様と似たような方がいらっしゃると聞いて興味がそそられます。


「どうして断られてしまうのですか?」

「狼が忘れられないんだとよ……幼い頃、ご領主様はある狼とよく遊んでいたそうなんだが、襲っていると勘違いした猟師が撃っちまってねぇ。それを大層気に病んでしまって……」


 お嬢様より重度の狼好きがいるとは思いませんでした。


 猟師が撃ったってそりゃ撃ちますよ。猛獣と子供がセットなんて襲われていると思うのは当然でしょう。


「一時、婚約寸前まで行ったことはあるんだけどねぇ、領主様が毎日、その狼が死んだところに行くもんだから、相手の方が怒って『私と狼、どっちが大切ですの⁉︎』と言ったら『狼』とすぐに返したもんだから流れちまってね」


 それは流れますよ。死んだ狼にどれだけ執着しているのですか……でも、その領主とお嬢様なら上手く行くのではないでしょうか?


 なんせ、うちのお嬢様は狼が大好きです。


 変わり者には変わり者をぶつけてしまえばいいのです。

 10歳年上というのは年が離れすぎな気もしますが、この土地の領主なら収入も安定していますし、他にも肉屋のおばさんから聞き出したところ、狼好き以外に欠点は特にありません。あと、よく領地の見回りをするそうです。


 そうとなれば、私は翌日からお嬢様を外に連れ出しました。


 お嬢様も室内にいるより、外で駆け回っている事を好む方なので、大層喜んでいました。


 お嬢様は大層、お美しい方です。その美しさにきっとご領主様も目を止めるだろうと思ったのです。


 ですが、なんでしょうね。数日経って判明したのですが、あまり人のいない所をみまわるそうです。ええ、市街地歩いたって他の方が釣れるだけでしたよ。




 ですので、今日は人里離れた草原に来ている訳なんですが、馬車を降りた瞬間、お嬢様が走り出しました。


 履いていた靴を脱いで、2頭の犬と共に走り出しました。


 勿論、この婆やは止めましたがお嬢様は「ここだ!」と聞きやしません。


 元から令嬢とは思えないほど、足が速い方なのですが、今日はいつもより速いです。そのせいか、長い茶色の髪の毛が毛皮のように見えます。

 

 スカートの裾を掴んで、草原の中を突っ切っていく姿には、はしたないを通り越していっそ美しさを感じました。


 老体の身で追いつくのは無理だと判断し、私は離れた場所でお嬢様を見守ることにしました。


 お嬢様は2頭の犬と共に草原の中で駆けずりまわったり、じゃれたりしていました。お洋服が汚れると思いましたが、そんなのは今更です。常日頃から、お嬢様の服には犬の毛がたくさんついていますから。


 しばらく経つと、遠くから人がやってくるのが見えました。


 私はそれまでお嬢様が楽しそうならいいかと思って放っておいていましたが、流石に令嬢がこんなに汚れた姿を見られてはいけないと思いました。

 だから声をかけようとしたのですが、その前にお嬢様はその人に向かって一目散に走って行って、飛びつきました。


 ええ、飛びつきました。


 そんなことはしないだろうと目を擦りましたが、思いきり飛びついていました。


 流石に放置しておくのはいけないと思って、この老体を必死に動かしてお嬢様の元にたどり着いた時には、何故か、お嬢様は自信満々にその方の手を繋いで宣言しました。


「この人が私が心に決めた方よ。私はこの方と結婚するわ」


 開いた口が塞がらないとはこのことです。


 あれほど、多くの優良条件な方を振っておきながら、心に決めた方ってどういうことですか?

 あれは断る為の方便ではなかったのですか?

 そもそも初対面の方と結婚ってどういうことですか?


 色々な疑問が頭に浮かびましたが、それより優先しなければならないにはお相手の反応です。急に飛びつかれた挙句、結婚宣言となれば大層、困惑されていると思いきや。


「君ってば、人間になってたの」


 と綺麗な顔を歪めて泣きながらお嬢様を抱きしめました。


 婆やは、訳が分かりません。




 呆然としている間に話は進んでいき、その方がこの土地のご領主様と判明したり、お二人が婚約したりしていました。


 ええ、確かに私は変わり者同士合えばいいなと思ってお嬢様を連れ回していましたよ。しかし、こんな豪速で話が進んでいくとは思いませんでしたよ。




ありがとうございました。

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