表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中島、監督しようぜ!  作者: だいふく丸
8/23

【第二球】2

【2】

 四月十八日、水曜日の午後――。

 朝のHRの話し合いで日光を反射する頭皮が問題視され、帽子を被ることになった山寺太陽は、屋上にて水木と中島からとある事情を聞かされた。

「――ということよ。だから、中島君にコーチを任せることにしたの」

 聞き終わると、拳をわなわなと震わせて帽子を叩き捨てた。

「俺は間違っていなかったァーっ!」

 負けまいと、北風ユズも生徒手帳を叩きつける。

「やっぱ、タコクルのタコじゃなかったァーっ!」

 昼休みの屋上には静けさを好む生徒が多々おり、冷ややかな視線が集まる。

 おおよそ、山寺の太陽光反射システムのせいだろうが。

 中島が小声で言う。「もうちょい、ボリューム下げようか」

「無理!」と、二人は顔近づける。「中ジマ、うちの部に入ってくれよぉ。このままだと夏も一回戦コールド負けだよぉ。キャプテンがまた泣いちゃうよ。『悪いな、三年が不甲斐なくて』って、俺らに土下座すんだよぉ……」

 青羽高校野球部は春季大会一回戦で敗退した。五回コールド、十七対〇で。

「それこそ無理だ。俺はボンビーでバイトしなきゃ昼飯さえ食えない。監督を引き受けたのも、牛丼を食わせてもらうためなんだから」

「――んだよ、ケチっ!」「人でなしっ!」

 二人には四十万大輔とは伝えず、ウッシーズの選手同様、シニアまで野球をやっていたが、家庭が貧乏で野球を辞めた可哀想な少年と説明している。

「俺だって、やれるならやったよ」

 ボソッと吐き捨てた言葉を遮るよう、水木が話を進める。

「それで、今日もタイヨーにノックしてほしいんだけど、やってくれる?」

「お安いご用よ! ――って、中ジマがノックやればよくね?」

「そうだよ、監督さんならノックができないとダメだよ」

「なにそれ、私への皮肉かしら?」

「違うよ。ハナミズはおっぱいが邪魔なだけだもんね♪」

 女の、巨乳族と貧乳族のプライドがぶつかった。

 時空が歪み始めるも、山寺は慣れっ子なのか、柵に寄りかかって、

「で、その紙は?」と中島が持つクリアファイルを指差す。

 中身を隠すよう、彼は切り出した。

「頼みがあるんだ。ウッシーズが優勝するために」

「優勝? 本気で言ってんのか?」山寺は鼻で笑った。「わりーが、あのチームは選手がけっこう辞めて、試合するのがやっとだぞ」

「でも、優勝しないと統合して消滅なんだろ?」

「まぁ……そうだけど」彼の口振りは重い。「時間もねぇし、頼みって?」

「外野ノックはできるか? 内外野でノックをわけたくて」

「ああ、な~る! ところで中ジマはショートだったん?」

「いや……ああ、テキトーにショートやらセンターやら」

「へー、足速いもんな。――了解! ウッシーズをよろしく頼むわ。大会が最後なら天国のおじさんも喜ぶと思うし。じゃ、クラスに戻っか!」

ケンカする猫二匹を連れて、教室に戻る彼の言葉は、お世辞にもチームを褒めてはいなかった。どこか冷たい春風に似て、中島の肌に触れた。反射的に空を見上げた。

飛行機雲が青空を切り裂く。二つに分かれた空は、彼を追いかけさせた。

 

「1,2,3,4」「5,6,7,8……」

 水曜日は午後三時前には下校できる。

 小学校は高校よりも早く、四人が荒川河川敷に着くころには白赤ユニフォームに着替えた子供たちが準備体操をしていた。

「ほら、私がいない間でもやってる! どっかの野球部とは大違いね」

「お、俺らもアップはちゃんとやるぞ、コノヤローッ!」

「そ、そうだぞ。このペチャパーッ!」

「誰がダブルAカップじゃ、ゴラァッ!」 

「おいおい、ここで揉めるなって……」

 水木華の弟、晴太が坂を下る彼らに気付き、選手たちを集めて整列させた。

「山寺コーチ、今日もお願いします」「おなしゃーす!」

「うしっ! 今日も鬼ノックをお見舞いすっぞ!」

「じゃあ、ねーちゃん。まずはランニングとダッシュでいいんだよね?」

 晴太がメニューを確認すると、華は人差し指を揺らす。

「チチチ。今日は、この中島コーチの指示に従ってもらうわ」

 中島はメガネをかちゃりと直し、クリアファイルのメニューを確認する。

「えっ? この人……の?」と、選手たちがざわついた。

 昨日、中島は練習を観るだけで指導はしなかった。その態度を彼らは疑問視しており、彼を野球帽のおっさんの仲間と見ている。

「ランニングとダッシュの代わりに、今日は鬼ごっこをやろう♪」

 そんなイメージを払拭すべく、中島は声を弾ませた。彼なりの精一杯の笑顔で、歌のお兄さんを真似てみたのだ。だが――、

「え~、鬼ごっこぉ?」こいつアホなの、選手も三人もそんな顔だ。

 すぐにお兄さんモードを止め、淡々と説明する。

「範囲はダイヤモンド内。鬼は二人制、タッチで交代。最初の鬼は俺とハナミズで。一度も捕まらなかったら、監督がコーラをおごってくれるぞ」

「ちょ、ハナミズって――てか、聞いてないし!」

「コーラは俺のもんだ!」とばかりに、選手たちは元気よく内野に散る。

 そして、山寺と北風も参加し、十分間みっちりと遊んだ。

 途中、巨乳と貧乳が再び争いを始めたおかげで選手二人が生き延びた。

「ハァ、ハァ、ハァ……次は、絶対に、捕獲してやるっ!」

「おいおい、キャラ変わってんぞ。――次はキャッチボール!」

 体力を使い果たした高校生三人がベンチで休む中、選手たちは笑顔のままスパイクに履き替え、グローブを手にし、中島の指導を仰いだ。

「キャッチボールは雑にやっちゃダメ! 『投げる・捕る』が雑だと、必ずエラーにつながる。4シームの握りで、ちゃんと足上げて、『1,2,3』のタイミングで相手の胸に投げる。握り方と捕り方は――」

 懇切丁寧に教える彼を眺めながら、山寺が言った。

「あ~、俺も適当に投げてたわ。あーやるんだな」

「じゃあ、教わってくれば?」と、水木が返す。

「いや~、マジで足がパンパン。鬼ごっこ、きちぃ~!」

 制汗スプレーを、彼の頭にかけるユズがいう。

「でも、鬼ごっこは効率的だね。ダッシュや細かい動きも多くてアップにいいもん。それに、みんな楽しそうだったし」

「あの子曰く、リトル時代の練習だって。同じアップだと飽きるから、外の遊びを取り入れていたんだって」

「じゃあ、うちの部もいれっか。何がいいかな……かくれんぼ、どう?」

「ちょ、グラウンドのどこに隠れるのよ」

 アホの提案に呆れ果てる。

「でもよ、ハナミズ」山寺がぼんやり尋ねた。「あいつって、どこのシニアでどこ校から転学したんだ? 白っちに訊いても、『個人情報保護の観点より、絶対に教えることはできん!』って言うんだぜ。ケチだよな」

「さぁ? 私も知らないわ。逆に知る必要ってあるの?」

「知る必要は……ないか。家が貧乏で、バイト頑張ってもんな。それで、貧乏くじで弱小チームの監督か。いい奴だな……あれ、前が見えない? なにかが目から溢れてくる! ――ちょっと、俺も手伝ってくるわ! 中ジマコーチ、俺にやれることってありますかァ!」

「私も、私もサボりながら手伝いますっ!」

 やっぱ、気になるわよね……。

 かすかにする頭痛を気にしないよう、水木も二人の背中を追った。


「――手伝うこと? じゃあ、トスのボールカバー頼むわ」

「えー、トスなんてやんの? フリーで打たせばいいじゃん」

 ユズが口を出すと、中島は眉をひそめた。

「フリーで打たせるよりも、まずは守備の基本ができなきゃダメだろ」

「え? トスって打撃練習でしょ?」

「いいや、打撃も守備も投球も全部だよ。山寺、ちょっと投げてくれ」

 中島はバットを軽く構え、投げられた山なりのボールを、緩急自在に、左右自在に、ゴロとライナーで打ち返す。まるでボールを手で投げるような、いとも簡単にこなす光景に、選手の目が輝いていく。

 中島はボールの上下内外側を、バッドの芯に合わせたり、わざと外したりと打ち返しているが、これがなかなか難しいもので、曲芸師のような業に、猿のよう身軽に動いていた山寺がノックアウト寸前だ。

「――マジ勘弁っす、中ジマ先輩……」

 鬼ごっこの疲れもあって、完全に息が上がったのだった。

「だらしねぇな」と、涼しい顔の中島が言う。「トスでバッターはどんな球でも絶対に当てること。できない子もいると思うけど、まずはバントの構えから正面に打ち返すこと。で、ピッチャーは――」

 山寺と攻守交代して、数球見本を示す。

 同じ制服姿とはいえ、捕球から投球までの動きは段違いにスムーズだ。

「こんな感じで、キャッチボールと同じように投げて、捕球姿勢・送球までのステップ・ボールの握り替えを意識すること。で、三人目はキャッチャーの位置で二人をチェックして。あとはやってみよう!」

 はい、意気揚々に選手たちは投手、打者、捕手とわかれていく。

 そもそも水木が監督になる前、トスバッティング(ペッパー)は行われていたものの、相談を受けた野球部の二人が、

『フリーの方が楽しい』という理由で廃止した。

 地味な練習だが、守備が雑になる選手に反復練習は効果的だった。

 特に、弱い打球を処理する動作は、素早く打球に合わせて捕球し、ボールを正しく握って、また投げる。ムダな動きが多いと疲れやすいのだ。

「あ! しまった!」

 ときには強い打球もあり、後ろに逸れることもある。

「油断していると取れないぞ! ――山寺、また行ったぞー」

「今日はオフなのにィ!」

 と、球拾いで彼のシャツは汗でびしょびしょだ。

 これを交代制で二〇分続け、小休憩を挟み、フリーバッティングに移った。

 

 いつの間にか、Tシャツ姿の中島は選手たちを集めた。

「試合形式にしよう。一人三打席。俺が投げて、みんなは交代で打者とポジションを変える。打ったら全力で一塁まで走る。ヒットを打ったら山寺がランナーをするから、一死一塁のケースで再開……まずはやってみようか」

 子供たちにはイマイチ伝わらなかったので、早速開始する。

 山寺から大人用グローブを借り、捕手の晴太を相手に軽く肩をならす。

 バシィ! 

「ナイボッ! (おぉ、なおたんみたいなマサカリ!)」

 パシ。返球を受け、マウンドの中島は軽く笑った。

「また野球やってんだな、俺……」

 数か月前、絶対にやらないと決めた。なのに、グローブをはめている。

 数ヶ月前の自分が囁く。

『お前に野球をやる資格があるの? あんな騒動を起したのに?』

 は~、ふぅ~……。とたんに呼吸が荒くなる。でも――、

「さー、しまってこーっ!」

 少年の青いミットを見ると、悪魔の囁きは小さくなっていた。

 これって効果あるんだな。捕手の声がグラウンドに響くと、山びこのように彼の背中へとカラフルな声が届いた。そして、おおきく振りかぶった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ