第9話 喰う者、咲かせる者
破壊されたドアの隙間から、GGが寝ぼけ眼で顔を出した。
まだシャツ一枚、髪はボサボサだ。
「……何ですかこれ…人の家を何だと思ってるんです。
修理代、きっちり払ってもらいますよ」
寝起きの男が呟くにはあまりに物騒なセリフだ。
だが、その声には妙な重みがあった。
「修理代?これがそんな状況に見えるのかしら」
ローズが笑いながら、足元の瓦礫を踏み越えて前へ出る。
「でもまあ……そうね。最近運動不足だったし、少し体を動かしてもいいかも」
言葉の終わりと同時に、空気が変わった。
アハトとチェーンがそれを察知し、即座に構えを取る。
魔力が渦巻き、雷鳴のように室内に響いた。
――戦闘開始。
アハトを中心に世界が白く染まって行く
「氷の世界」
「一種の結界系の魔術かしら。
効果はこの区域内での氷系魔力の力を増幅するってところかしら」
「ずいぶん余裕だね。
でもこれをくらえばその余裕なくなるから」
アハトが放ったのは、束ねる鋭い氷柱。
チェーンの背後からは、炎の鞭がしなるように迫った。両者とも容赦ない。最初から殺す気だ。
だが、それらをローズは軽く避け、優雅に右手を持ち上げる。
「さて、見せてあげるわ。私の真なる罪の形……《ブラッドスピア》」
彼女の十本の指先から、鮮血のような紅い光が伸びた。
光は凝縮し、鋭利な爪へと変貌する。美しくも禍々しいその爪は、
次の瞬間、まるで時空を切り裂くようにチェーンの額を貫いた。
「……ッが……っ!」
チェーンの身体が弓なりに反る。額から吹き出した血が宙に舞い、
それは花弁のように形を変えて、その体を覆い尽くす。
《ブラッドローズ》。
血の魔術によって生まれた薔薇の彫刻。命を奪うたびに咲き誇る、死の花だ。
アハトが魔術の詠唱に入ろうとしたが、GGが一歩前に出た。
「もう十分です、ローズ」
そう言うと、彼の足元から黒い影が広がり、部屋全体の気配が変わった。
世界が沈んだような圧迫感が押し寄せ、アハトの動きが止まる。
「……動けない……!? な、なんで……?」
「あなたの“行動”という概念を喰ったんですよ」
GGの声が低く響く。
あなたはもう、文字通り“動けない”。考えることはできても、実行できない。
生かしておくのは一人で十分ですから」
アハトが恐怖に顔を歪めた。
「話してもらいますよ、帝国のこと、魔道具のこと、すべて…。
えっ、話さない?
ならいいです、記憶を喰って勝手に見せてもらいます。それだけです」
その瞳には、何の感情も宿っていなかった。
「……この二人、強い……」
フィーアは震える声で呟いた。DDも確かに強い。
だが、この二人の強さは何かが違う。
重さがある。
覚悟と力が、一つになった者の恐ろしさ
――それをまざまざと見せつけられた。
アハトは呻き声を上げながら意識を失い、魔力の糸が途切れる。
床に崩れ落ちた彼女の身体を、ローズが魔術で丁寧に固定した。
「さて……」
ローズがシンクの薔薇の前に立つ。血で形作られた彫刻
――チェーンの“成れの果て”だ。
「この子は“観賞用”ね」
フィーアが咳払いした。「えっと……あの……」
「気にしないで。命を奪うたびに咲くの。芸術みたいなものよ」
そう言いながら、ローズはその薔薇を魔術で封じ込め、シンクの奥に飾った。
そこへ、玄関のドアがきぃと音を立てて開く。
「よう、何やってんだお前ら」
DDが帰ってきた。手には酒とツマミを持っている。
「……この薔薇のオブジェとマネキンは何だ?」
室内を見渡した彼が、シンクと床に目を留めた。
「もと襲撃者の、人工魔術師のお二方です」
GGが平然と応じる。
「……なるほど。いや、全然納得してねえが……まあいい」
DDが床にしゃがみ、魔術的残留反応を確認しながら呟いた。
ーーーーー
「俺の推測だけどな。帝国はどこからかアトリの血を手に入れて、
それを使って“魔道具心臓”の開発に成功した。
……人間に直接、魔術師の血を入れたら死ぬ。
それは“ドクター”って魔術師が百年以上前に証明してる」
「ドクター……」
フィーアが呟く。どこかで聞いた名だ。
「多分、あの血を使った“魔道具心臓”の適合者に求められる条件は
――“盗みを働いたことのある人間”じゃねえかって思うんだ」
「……罪人でなければ、魔術師の因子に耐えられない?」
「可能性としてな」
私達魔術師は攻撃手段を持たない
…は正確じゃないわね。殺傷性能の高い魔術は持たない。
その為の真なる罪の形よ
襲撃者の一人が放った氷の魔法受けたんだけど、あれ多分罪の形よ
まさか複数の魔法師の血を保有してる?
「でも氷や炎の罪の形を持つ魔術師なんていたかしら」
「炎なら心当たりがあるな。
冬の暖をとるのに家一軒ずつ燃やしてたっていう連続放火魔」
「ああ、あいつねファイヤーブースター」
DDが立ち上がる。
「帝国が血と魔道具を組み合わせて“答え”にたどり着いたとすれば
……こっちも早く動かないとマズイ。優先すべきは――」
「一度、“ドクター”のもとに行こう。
血の研究をしていたのはドクターだ。奴なら何か知ってるかもしれん」
「うわっ、あのマッドサイエンティストのところに行くの?いやよ、わたし」
GGも淡々と頷いた。
「彼ら帝国が、何を得て、何を失うのか。
相応の代価を払って知ることになるでしょうね」
そして、沈黙が落ちた。
床に咲く薔薇は、なおも香りを放っているかのようだった。