第5話 機械心臓と紅茶の香り
王都カールステッド。
大陸西部最大の都市国家であり、帝国の中枢と国境を接する要衝の地。
高く聳える白壁の門をくぐると、広がるのは石造りの街路と人々の喧騒。
活気に満ちた王都の空気に、DDは杖を軽く突きながら歩き出す。
盗賊たちは全員、魔法の鎖で縛り上げた状態で荷台に括り付けてある。
魔術師の身分証を門番に見せれば、それ以上問われることはなかった。
「フィーア、大丈夫か?」
隣には、まだ少し警戒したように体を丸めている少女――フィーアがいた。
「……うん。大丈夫」
「ならいい」
王都に入って最初に向かうのは、街の南区にある治安院詰所。
ここで盗賊を引き渡し、懸賞金を受け取るのが先決だ。
受付に名を告げ、盗賊20名の拘束を報告すると、係員は目を丸くして応対した。
「に、20名も!? しかも生け捕りで!? これは……」
「報奨金は人数分きっちり頼む。命までは取らなかった」
魔術師が盗賊を捕縛すること自体は珍しくないが、20人全員を無傷で捕らえたなどと聞けば、さすがに対応も丁重になる。
報奨金は銀貨30枚。
半分は確認調査の後に追加支給されるとのことだった。
「まあ、明日食う分には困らん」
報奨金の一部を革袋にしまい、DDは詰所を後にする。
「さあ、行こうか。次は……古い知り合いに会いに行く」
ーーーーー
向かった先は、王都中央区でも特に静かな住宅街。
石畳の道を抜け、蔦に覆われた古びた屋敷の前で足を止めた。
「ここだ」
「なんか、紅茶みたいな匂いがする……」
「間違いなく、あいつの仕業だな」
扉をノックする。
中から落ち着いた男の声が返ってきた。
「開いてますよ。
入って下さい、無法者さん」
「……皮肉だけは相変わらずだな、暴食の魔術師さんよ」
軋む扉を開けると、薄暗い部屋の中には書棚とテーブル、香草と紅茶の香りが混じる空気。
中にいたのは、DDと同じく黒衣を纏った中年の男。
丸縁の眼鏡をかけ、柔和な表情の奥に、飢えのような光を湛えている。
通称GG。
その名の由来は、過去に「すべての味を知りたい」という欲望から暴走し、
人間にまで手を伸ばした「暴食」と「人肉食」の罪。
「それで、その子は?」
「旅の途中で拾った。事情は…分からんが、とりあえず無害だ」
「また、面倒を背負い込むんですね、あなたは……」
奥の部屋から、別の人物が現れる。
「へえ、あんたが来るなんてね。珍しい」
艶やかな赤髪を揺らし、微笑む女――ローズブラッド。
深紅のローブに身を包み、優雅にティーカップを持つその姿は、まさに“薔薇の女”そのもの。
その正体はかつて一族全員を皆殺しにし、薔薇園の土に埋めた“千人殺し”。
「ローズ、久しぶりだな」
「ほんとにね。で、今日は何しに来たの?」
「ちょっと気になるものを拾ってな。見てくれないかと思って」
そう言ってDDは、懐から小さな布包みを取り出し、テーブルの上にそっと置く。
包みを解くと、現れたのは――
金属と宝石で構成された、拳大の“心臓”にも見える機械。
それは精巧な造りをしており、中央に埋め込まれた紫の宝石が微かに脈動していた。
GGが目を細めて覗き込む。
「……これは……見覚えがあるような、ないような……」
「魔道具、か?」
「わかりません。
かなり高度な技術で作られてるのは確かですが……」
ローズも興味深げに覗き込む。
そして――その瞬間。
「……ッ!!」
フィーアが突如テーブルに駆け寄り、震える手でその“心臓”を抱きしめた。
「――それ……っ、それ……!!」
目に涙を浮かべ、唇を噛みしめる。
「……あなたが……ツヴェルフを殺したの……!?」
ローズが目を見開き、GGが沈黙する。
「違う」
DDは即座にそう答えたが、フィーアの顔に怒りと絶望の色が浮かんでいた。
「それは……あの人の……“心臓”なの!!」
「落ち着け、フィーア。説明してくれ。誰だ、ツヴェルフってのは」
「嘘……違うって言って……だって……あの人は絶対に……!!」
フィーアは言葉にならない叫びとともに、機械の心臓を胸に抱きしめたまま、崩れ落ちた。
その場にいた誰もが、ただその光景を見つめることしかできなかった。