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第4話 遭遇

夜明け。あたりは深い霧に包まれていた。

視界はおおよそ10メートルといったところか。


DDは自身の瞳に「見渡し(ユーバ・アーゼン)」の魔術をかける。

霧や砂嵐など、極端な視界不良下で一定の視認範囲を確保するための魔術だ。

とはいえ万能ではない。この濃霧下ではせいぜい100メートル程度しか見えず、

しかも効果は自身の視覚に限定される。他人に付与することはできない。


そんな中、「霧灯(むとう)」を灯し、馬車は静かに出発した。

右側には岩肌むき出しの山の斜面、左側は切り立った崖。

慎重な歩みで、馬車はゆっくりと山道を下っていく。


この霧が幸いして、盗賊側もこちらの姿を確認できないだろう――

そう考えていたのも束の間だった。


出発から4時間が経った頃、昼前の時間帯。

無風だった峠に突如風が吹き始め、霧を吹き飛ばしていった。


濃霧が剥がされ、深い渓谷の輪郭が露わになると、

道の先には、こちらを待ち構えていたかのような影が立ちふさがる。


「……やれやれ、来やがったな」


馬車の周囲を取り囲んだ盗賊はざっと20人。

先頭に立った男が、いかにもな口上を叫ぶ。


「命が惜しけりゃ、積荷を全部置いていきな!」


DDはその台詞に、まるで古典劇でも観ているかのように鼻を鳴らす。


「まったく、盗賊の教科書があったら、そのまま引用されそうだな……」


服装もバラエティ豊かだ。

いかにも盗賊然とした革鎧の者から、世紀末よろしくモヒカン姿まで。


馭者が小声で言う。「あんたの出番だ、頼むぜ」


DDはため息をつきつつ、静かに馬車を降りると、

荷台に「障壁(ベーリエ)」の魔術を張る。


「その中から出るな。中にいる限り、命の保証はしてやる」


馭者が「わかった」と頷いたのを確認し、

杖を手に盗賊たちの前へと進み出た。


衝撃電流(インパルス)


杖の先に青白い電気が宿り、DDは素早く間合いを詰めていく。

杖による一撃で、一人、また一人と盗賊たちが痙攣し倒れていく。


殺してもいいが、殺せば懸賞金は半額だし、

殺生はカルマを増やし、天命を縮める――面倒なことが多い。


とはいえ、相手も大人数だ。


衝撃(シュトス)


杖の先から放たれた衝撃波が盗賊数人をまとめて吹き飛ばし、

彼らは崖の岩に激突し、そのまま気絶した。

ーーーーー

同時刻。


霧の中、山道を外れた崖沿いの獣道を、少女が歩いていた。


「おなか……すいた」


肌はやせ細り、足取りはおぼつかない。 それでも彼女は歩みを止めなかった。


(……誰か、誰かに会わなきゃ。助けてもらわなきゃ)


ツヴェルフのことが、ふと脳裏をよぎる。 逃げる時、別れた仲間。まだ生きているだろうか?


(また、会いたいな)


崖の下で音がした。 覗き込むと、霧の向こうに、盗賊に囲まれた馬車と、一人で戦う黒衣の男。


(……魔術師?)


その時──足元の石が崩れ、彼女は思わず「キャッ」と声を上げてしまった。


声に反応した盗賊の一人がこちらを振り返る。


「上に誰かいるぞ!」


一人が鍵付きロープを使って崖を登り、少女を捕らえる。


「やめて! 離して!」


少女の悲鳴が響く。 捕まった少女を人質に、盗賊がDDに叫ぶ。


「動くな、魔術師! この女がどうなってもいいのか!?」

ーーーーー

「これで形勢逆転だな」

盗賊の頭目が勝ち誇ったように笑いながら、少女を盾にする。


「動くなよ。動けばこの女がどうなるかわかんねぇぜ」


――一般人?にしては装備がそれではない、帝国の脱走兵か?


だが今は、それどころではない。

DDの眼光が鋭くなる。


「……ならば、俺の罪を見せてやろう」


DDが静かに杖を突くと、周囲の空気が変わった。


真なる罪の形(シン・デューデ)。罪の名は――ディーサイド・デスペラード」


空気がひときわ震えた。


その瞬間、地面がうなりを上げ、何かが出現した。


それは――

熊だった。


しかし、ただの熊ではない。

二足で立ち上がるその巨体は、盗賊たちの二倍はある。


皮膚は真っ黒に焦げ付き、爛れ、血が滴り、眼孔からは真紅の光が覗いていた。

牙は剣のように鋭く、爪は岩をも貫く長さ。


「な、なんだ、あれは……!?」


盗賊たちが言葉を失う。

心の奥底に眠る“原始的な絶望”。

それが「具現化」された存在――


もし山中で、こんな“何か”に出会ってしまったならば、

人は誰しも絶望するしかないだろう。


それがDDの|《真なる罪の形》《固有の魔術》。


「お前らが、心の奥で“最も遭遇したくなかった存在”だ」


盗賊たちは震え上がり、ひとり、またひとりと武器を手放していく。


頭目だけはなんとか威勢を保とうと、少女を締め上げたまま叫んだ。


「ひ、ひるむなっ! これは何かの幻覚に違いない! やっ――」


その言葉を遮るように、“熊”の咆哮が辺りを揺るがす。


叫びとともに、頭目の足元が崩れ、少女が手から滑り落ちる――


DDはすかさず術で捕縛用の布を展開し、少女を優しく受け止めた。


「っ……助かった……の……?」


少女の小さな声が聞こえた。


「大丈夫だ。もう誰にも、手は出させない」


その頃には、すでに盗賊たちは全員が恐怖に膝をつき、

“熊”は静かに消えていった。


少女を抱きかかえ、DDは馬車の方へと戻っていく。


――少女は確信した。

この男なら、自分を助けてくれるかもしれない。


馬車に戻り、御者が問う。「……無事か?」


DDは答えず、火を焚きながらスープを煮始めた。 しばらくして少女が口を開いた。


「……あの……その……」


DDが見やると、彼女は躊躇いながら呟いた。


「フィーア……わたしの、名前」


DDはわずかに頷き、


「フィーア、か。分かった」


霧が晴れた峠の道を、馬車は王都へと進み始めた。


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