第2話 DD その②
全ての治療が終わった後、村の広場にささやかな宴席が設けられた。
さすがに村人全員が病に倒れてから畑からの収穫もない。
食事の内容こそ質素だったが、全快を喜び合うには十分で、
酒が振る舞われるようになってからは、宴は大いに盛り上がった。
今回の功労者である彼も、もちろん宴に招かれていた。
この村では季節ごとにたくさんの果実が収穫できるらしい。
食料よりも果実酒のたくわえは十分のようだ。
彼の空になったカップを見るやいなや、そこに果実酒の瓶を手に村長がやってきた。
「本当にありがとうございました」
村長は空になったカップを見るや否や、果実酒を満たしていく。
彼は村長に訪ねた。
「しかし、ここまでの事態になる前に、近くの町へ助けを求めなかったのか。
少し大きな町ならお抱えの魔術師の一人くらいいるだろう」
その問に村長は、
「あなた様がここへこられる前にも、旅の魔術師様がお一方、
村へと立ち寄られたのです」
「旅の魔術師?」
「はい、年配の魔術師の方でございました。
その方の治療で疫病の侵攻は押さえられていたのですが、
その方も同じ病に侵され、お亡くなりになった途端、一気に疫病が蔓延したのです」
「魔術師が病で死んだ?」
それはあり得ないことだった。
魔術師とは天命のみで生かされている存在。
確かに天命が尽きた途端に病に侵された可能性も考えられなくはないのだが。
彼の胸の中にどうしても拭いきれない一抹の不安が芽生えたのだった。
「村長、その死んだ魔術師の遺骸はどうしたんだ?」
「はい、丁重に埋葬せていただきましたが・・・何かいけなかったでしょうか?」
彼は、いや少し気になることがあってなと村長に答えると続けて、
「明日、その魔術師を埋めた所に案内してくれるか?」と。
翌朝、村長の案内で、数人の村人を引き連れて魔術師を埋葬したという場所まで向かう。
彼らの手にはそれぞれスコップや鍬が握られていた。
その場所は村から少し離れた所に立つ、小高い木の下。
そこには木の枝を組んで作られた簡素な十字架が立てられていた。
「これから埋めた棺を掘って中を確認する」
一度埋めた棺を掘り起こすなど死者への冒涜である。
同行した村人も、村長さえも怪訝な顔をしている。
そこで彼は、棺の中を確認する必要性があることを説明し始めた。
魔術師が病に侵されたというのがそもそもの問題。
基本的に魔術師という存在は、何があろうとも病に倒れることはないということ。
そして魔術師は、肉体的に最も充実していた頃の姿で生み出される為、
年配の魔術師というのがまず考えられないこと。
神の寵愛を受けた『神官』というのも存在するが、
『神の加護』によって彼らも基本的に病に犯されることはない。
けれど神官は、魔術師と違い神を信仰するだけのただの人間である。
なにかの偶然が重なれば、病に侵されることもあるのかもしれない。
遺体を埋葬したという点でも不可解である。
棺に納めた段階では、それはただの遺体だったそうだ。
魔術師は天命が尽きると、光の粒子となって天に昇り、死体は残らない。
神官は、神の加護によって守られている為、その肉体は朽ちることが無いが、
代償として死後ほどなくして、その姿はミイラと化す。
棺の中が空になっていたり、中の物がミイラであるなら・・・問題はなくはないが。
ただ棺の中の遺体に腐食が進んでいたりすると、それはただの人間。
魔術師でも神官でもない普通の人間が術を使ったとなると、それはまた大きな問題だ。
掘り始め、ほどなくして棺が顔を出した。
「これから棺の蓋をあけるが、皆は念の為に風上に立って3m以内には近づかないでくれ。
人が死んでも病魔は死ぬことが無い、また床に伏せっては大変だからな」
彼は皆が後ろに下がったのを確認すると、静かに棺の蓋を持ち上げた。
そこにあったのは、死んだ直後と全く変わらない姿のままで横たわっている遺体。
確かに年配なんだろう、所々に白が混じった生え際はかなり後退している。
「ドレーア・ルバイト」
それは鏡に映した姿を、そのまま写し取り記録する魔術。
棺の上に現れた光の鏡が、静かに遺体の姿を写し取っていく。
写し取りが終わった光の鏡は、小さなオーブとなって手の平に収まった。
大きい町に立ち寄った時にでも情報屋に見せれば身元くらいは分かるかもしれない。
遺体を詳しく見てみるが、見れば見るほど不可解だ。
生命の反応はない、間違いなく死んでいるようだ。
だが遺体には一切腐食の兆候がない。
いくら地中では腐敗速度が遅くなるとはいえ、死臭すらしていないなんて
それはそれで問題である。
そしてもう一つ・・・これは本当に人間なのか?
確かに人間の容姿をしている。
触れた肌や髪、筋肉の感じも恐らく人間だと思う。
それなのに……まるで中身が空っぽのような、
生物ではなく、“殻”に触れているような感触があった。
「村長、どちらにしてもこの遺体は荼毘に付した方がいいと思う。
病魔に侵されたものをここに埋葬したままにしては、
いずれここの土壌まで侵されてしまうかもしれない」
分かりました、村長はそういうと遠巻きに祈りを捧げているようだ。
彼は遺体の胸に手の平を置くと、静かに術を唱えた。
「アイン・エッシェルング」
それは、死した肉体を炎によって浄め、灰を大地へと還す魔術。
彼が触れた場所から青い炎が巻き起こり、一瞬にして魔術師の亡骸を白い灰へと変えた。
だがその灰の中に一つ、炎によって燃え尽きなかった物が転がっていた。
『機械』
大きさは拳ほどで、形は「心臓」と言わればそう見えなくもない物。
その中央には紫色の宝石が埋め込まれていた。
「何ですかそれは」
いつの間にか後ろに立っていた村長が覗きこんできた。
「おそらくこの男の体内にあったものだろう・・・魔道具か?
昔、こんなものを専門に作っている魔術師がいたが」
「魔道具ですか。何でそんなものがあの人の体の中に」
「わからん。ただ、良いものではない気はする」
もしかすると、この男が魔術を使ったことに何か関係あるのかもしれない。
どちらにしてもこれが何なのか、はっきりと調べなくてはならんな。
「これが何なのか分かりそうな奴といえば・・・
気は進まんが、久しぶりに会いに行ってみるか」
その日も一晩村の世話になり、翌朝出発することにした。
「村長、世話になった」
村への滞在費と、補給した食料と水の代金として、銀貨数枚を手渡す。
「こちらこそ、まだ礼をしたりないと思っておりますのに。
しかし本当にお代をいただいても?
かえってこちらが支払わなければならないと思っておりました」
「我々魔術師は天命によって、善行を積むことを定められている。
特に癒しに関しては金品を求めてはいけないことになっているんだ。
金を受けるとカルマが貯まる。悪いな」
「いえ、そんなことは」
「おじちゃん、どうもありがとう」
最初に助けた子供たちだ。
向こうではあの女性が頭を下げている。
彼は子供の頭を撫でてやりながら女性へと軽い会釈をした。
「それより、ここから王都へはどう行けばいい」
「それでしたら、ここから南南東の方向、
あの小高い丘の方に向かって丸一日も歩くと街道にぶつかります。
近くには乗り合い馬車の停留所もありますので、そちらを使われてはどうかと」
「わかった、そうさせてもらう」
彼は皮袋を肩に掛けると、今言われた方へと歩き出す。
「そうだ、あなた様のお名前をお聞かせください」
彼は振り向かずに言った。
「名はとうに捨てた。だが呼び名が要るなら“DD”とでも呼べばいい。
そうすれば、少なくとも“名前のない魔術師”ではなくなるだろうよ」
「魔術師DD様、本当にありがとうございました」
村人たちに見送られながら、彼・・・魔術師DDは王都へと旅立った。