0-4.かみステータス
序章第4話
ゴールドベージュのふわふわとしたロングヘアが揺れる。色白の肌に映えるのは、濃い蜂蜜色の瞳だ。派手な色合いなのにけばけばしさを感じないのは、切れ長の目と薄い唇がすっきりとした印象を与えるからだろう。
身の丈ほどの大きな鏡に映るのは、24年かけて見慣れた姿より細く、すらっと背の高い美女だ。
(日本人ですらなくなってしまったか…)
街中ですれ違う欧風美女に憧れていた時期もあったが、贔屓目なしに、今の美晴の姿はどんな美女よりも美しかった。
(これで中身が重度のゲーヲタとか残念すぎる。宝の持ち腐れよコレ)
世界3大美女も顔負けの美貌を手に入れたところで、それを武器に男を弄ぼうと目論む美晴ではない。
高校時代を女子校で過ごした美晴は、同性と揉めることの面倒臭さと危険性を心得ている。男を巡った争いの果てに得る成果と、同性との諍いのない安寧を比較した場合、後者を選び、「自分は残念です」とさらけ出してしまった方が社会的に生きやすいのだ。
(同性からも異性からも愛される完ぺきな美人なんて都市伝説だ。いいね?)
「この顔面偏差値を武器にすることはない」と強く誓い、美晴はそっと鏡から離れた。
フィンとレナードがいるリビングへ向かうと、扉の奥から2人の会話が聞こえてきた。
「おまえは警戒心がなさすぎる! あんな素性の知れない女、とっととつまみ出せばいいだろう!」
レナードの言葉に、当事者でありながら美晴は深くうなずき同意する。
突然現れた見知らぬ女を、「髪が乱れてしまったね。整えておいで」と優しく頭を撫でて洗面所へ送り出したフィンは、ガードが緩いと思わざるを得ない。
(まあ、ゲームキャラが警戒心MAXだったら話進まないもんね)
主人公があらゆる会話の選択肢で「はい」と答える警戒心のなさは、あらゆるゲームに共通する「ご都合主義」のひとつといえるだろう。
毎度NPCを疑う主人公だったらどうなるんだろう、と廊下で考察を始めた美晴の気配にずっと前から気づいていたフィンが、レナードに耳打ちする。
「レオも彼女に敵意がないことがわかっていたから、追い出さずに問い質していたのだろう? 人を見る目に関しては、きみの方が優れている」
「……おまえはまったく、お人好しが過ぎる」
主人公の警戒心が強かった場合、プレイ時間が無駄に長くなるのではという結果に落ち着き満足した美晴は、ようやくリビングの扉をノックした。
フィンの柔らかな声が入室を促す。
「失礼します…」
「そう畏まらなくていいよ。さあ、そっちの椅子に座って」
「はい」
椅子に座った美晴に、フィンがよい香りのするお茶を差し出す。
「ハーブティーというのだけど、好きかな?」
「あ、ありがとうございます。好きです」
「よかった。きみの世界にも、ハーブティーはあったようだね」
フィンの言葉に美晴が固まり、レナードが「やはりか」と相槌を打つ。
「え…、どうして」
「女性に対して紳士的な行いではないと承知のうえで、きみの『ステータス』を勝手に見させてもらった。申し訳ない」
『Magic the Origin Ⅱ』から40年の年月が経った現在。
フィンが名誉研究所長を務め、王立研究所から王立魔導研究所へと名も規模も変えたオーシェント唯一の魔法研究機関の研摩により、魔法は一部の人間のみが扱える「不思議で特別な力」ではなく、MPがあればだれでも使うことのできる「一般的かつ有用な力」となった。それでも魔法の全容をとらえるには至らず、多くの謎を明らかにすることが、研究員たちの使命であった。
多くの謎の中でも早急に究明すべきは、魔法のエネルギー源だった。生命活動を維持するために水や食事といったエネルギーが必要であるように、魔法を使うにもなにかしらのエネルギーが必要になることは、研究から明らかになっていた。しかしエネルギーの供給源が身体の内外、何処にあるのかは不明であった。
魔法を長時間発動すると身体が疲弊することから、エネルギー源は身体の内にあるという仮定をたて研究を始めようとした研究者たちは、フィンの契約精霊であるレナードの、
「MPがあるだろう」と、あっさりと告げられた一言によって、簡単に答えを得られたのだ。
人間や精霊など魔法を使える者たちは身体の内にMPを蓄えており、そのMPを消費することで魔法を発動している。MP保有量には個人差があり、時間経過や特定の薬草によってMP保有量が回復することや、魔法によって使用するMP量が異なること、MPを酷使してしまうと身体に負担がかかること、気絶してしまう恐れがあるなど、様々な事実がレナードの協力によって明らかになった。
MPという存在を知った研究者たちの次なる課題は、「個人が使用できるMP保有量の可視化」であった。MP保有量が可視化できれば、MPの酷使による身体的負担の軽減、戦闘においては、残りMP量を意識して魔法が使えるようになったり、回復するタイミングが明確になるといった効果が見込める。
どうすれば可視化することができるか。頭を悩ませる研究者たちに、またしてもレナードが助け舟を出す。
「『鑑定』を知らないのか」
この世界には『スキル』と称される能力が幾多も存在する。スキルは属性魔法など修練することで手に入るものと生得的なものの2つに分類される。
レナードのような最上位精霊は人間より多く、そして精良なスキルを持つ。そのうちのひとつに自他の能力値を可視化できる『鑑定』というスキルがあり、それでMP保有量も確認することができるのだ。
レナードの全面協力の下、王立魔導研究所の研究員たちは鑑定と同様の性能を持つ魔法道具を開発し、だれでもステータスを確認できるようになったのだ。
一連の説明を受け、美晴はこれまでステータスを確認できない状況でフィンたちが戦っていたことに驚いた。
ゲームでは当然のように各キャラクターのステータスが確認できる。その当然がなければ、経験値の割り振りや、装備による各ステータスへの加算率などが不明確になってしまう。
(最強装備の作り甲斐もなくなるし、それは不便だなあ)
最強武器・装備を合成し装着した際のステータスの増加率は、ゲームにおけるやり甲斐のひとつである。
『M t O Ⅱ』で1作目にも登場した最強武器〈妖精王の杖〉を合成できなかったことを悔やみ唸る美晴を心配したフィンが声をかける。美晴は我に返ると、フィンに話の続きを促した。
「そう。それできみのステータスを確認させてもらったところ、MPの数値が0だったんだよ」
「0。……え。0なんですか、私」
「ああ。これも研究所の調査によって明らかになったのだけれど、この国の民―いや、この世界の人々は皆、その保有量に差はあれ、必ずMPを持っていることがわかった。だからこそ魔法が使えるのだろう。
しかし、きみはMPを保有しておらず、魔法に関するステータスもすべて0と表示されている」
美晴はショックを―とんでもないショックを受けてうなだれた。異世界転生をしてしまったのは仕方がない、せっかく『M t O』の世界に来たのなら、よくある話のように魔法を使ってみたい!と今にも踊りだしそうだったのに、軽快なBGMがブチッと切られた気分だ。
「それに加えて、 ―女性に年齢のことを指摘するのは失礼だが― きみは17歳だというのにレベルがあがっていない」
7歳も若返ったことに内心喜びながら、再びフィンの説明に耳を傾ける。
この世界では戦闘だけでなく、料理や仕事など、なにかしらの作業を達成することでも経験値を獲得できるのだという。これは『M t O』シリーズとの相違点である。
魔物と戦うことがなくても、年を重ねればある程度はレベルがあがっているはずなのに、美晴は17歳でLv.1―つまりまったく経験値を得ていない状況なのだ。
「極めつけはステータスの種族欄さ。ステータスでは種族や職業といった情報も確認できるのだが、きみの種族の欄には僕と同じ『人間』のほかにひとつ、見たことのない言葉が書かれているんだ。
『異世界人』、とね」
そりゃ異世界人だと見抜かれるわ、とあまりに正直な自身のステータスを恥じる。
(異世界転生してチートなんて夢物語よ)
すっかりぬるくなったハーブティーをこくん、と一口飲む。
「あの、もしよろしければ私のステータスを教えていただけますか?」
「ああ、いいよ。レオ、紙を」
羊皮紙とペンを渡され、フィンが美晴のステータスをさらさらと書いていく。
「…はい、どうぞ」
渡された紙に書かれている文字に、美晴は絶句した。
名前:ミハル・コモリ 年齢:17歳 種族:人間、異世界人
Lv.1 スキル:なし
HP:12 MP:0 STR:1 VIT:1 DEX:5 AGI:1
INT:0 MND:0 CHA:5
ペラペラと揺れる紙のような雑魚ステータスを見て愕然とする美晴を、レナードが馬鹿にしたように鼻で笑う。
「Lv.1でこんなにDEXとCHAが高いのは見たことがないよ!」
フィンの気遣いも、今は美晴の心を削るばかりである。
(なんでDEXとCHAだけが無駄に高いのよ! こちとらシーフジョブでも踊り子ジョブでもないんだよ! 好きだけど!!!)
魔物が蔓延る世界でこんなペラッペラ紙ステータスでは生きていけない。
まずはレベル上げをせねば、と美晴は強く決意した。
ステータスについての補足
STR:物攻 VIT:物防 DEX:器用さ AGI:回避 INT:魔攻 MND:魔防 CHA:魅力