0-2.紙上の景色
序章第2話
気がつくと、見知らぬ白い天井を見あげていた…。という何百回何千回と見たことのある展開に非常に似た状況の中、美晴は目を覚ました。
彼女が見あげたのは病院を彷彿とさせる無機質な白い天井ではなく、温かみのある木目の天井であった。
床に仰向けに倒れていた身体を起こし、美晴は凝り固まった背中を伸ばす。誰かが車に轢かれた自分を運んで、介抱してくれたのだろうか。
「それならベッドでも布団にでも寝かせてくれればいいのに」
辺りを見渡す。洋風な造りの部屋には家具がひとつもなく、窓から差す光の中を埃が踊っている。生活感の感じられない部屋だ。
「物置に放置された感じ? まあ、助けてもらった(?)んだから、文句は言えないけど……」
そういえば自分はかなり出血していたはずだ、と自分の身体を見下ろす。着ていたトレーナーとデニムパンツは汚れていたのだろう、真っ白なワンピースに着替えさせられていた。
袖をまくったり、ワンピースの裾をめくって傷の具合を確かめようとした美晴は、傷ひとつついていない綺麗な身体に首を傾げた。
「血ドバドバ出てた気がするんだけど…たいしたことなかったのかな。てか、なんか痩せた? 入院ダイエット成功?」
コンプレックスでもあったぽっちゃりとした身体のラインが、なんということでしょう、くっきりとした美しいくびれを描いているではありませんか。
思わぬダイエットに成功して喜んでいた美晴は、今更ながら気がついた。
視界に映る自身の髪の色が、キラキラと金色に輝いていることに。
美晴は生まれて24年、一度も髪を染めたことがなかった。おしゃれに興味がないわけではなかったが、髪を染めたあとの手間や金額を考えると自然と髪を染めるという選択肢は失われ、ゲームをするときに鬱陶しいという理由で長年ショートボブを保っている。
そんな彼女の髪は今、どう見ても柔らかな金色にきらめき、お腹の辺りでふわふわと揺れている。ウィッグかと根本を掴んで引っ張ってみても痛みがあるだけで、その長く美しい髪は美晴から離れようとしない。
ふと思い至り、顔を両手で覆ってみる。
丸みを帯びていた輪郭が、心なしかシュッとしているように感じる。それに、自分の鼻はこんなに高かっただろうか?
仕事以外ではゲームばかりしていてまったく日に晒されず、友人各位に不健康な色だと言われた肌は、ハリのある健康的な肌色になっている。襟元から覗き込んで見える膨らみも、大きくなっている気がする。
自分の身体が他人のもののように感じられ、美晴は顔をこわばらせた。
現在の状況を確認しようと立ちあがった視点がいつもより高いことに、焦る美晴は気がつかない。
「か、鏡…!」
部屋の中には自分の姿を映す鏡はない。小さな鏡がついている手帳型のスマホケースも、今手元にはない。
窓を見れば反射で顔が見えるかもしれない、と窓に駆け寄った美晴は、そこから見える景色に言葉を失った。
空を貫く幾本もの尖塔を頂く荘厳な城を囲む壁の外側には、大小さまざまな建物が街道に沿って並んでいる。石造りの家や壁が集合したこの都市は、遠くから見れば灰色の要塞に見えるのだろう。
この光景は美晴にとってあまりにも馴染みのあるもので、だからこそ、現実にあってはおかしいものだった。
「グレーセントラル……」
トラベラーズから発売された『Magic the Origin 公式設定資料集』の風景デッサンのページ。紙上に描かれていたオーシェントの中心都市「グレーセントラル地方」の風景画そのものが、窓の外に広がっていた。
窓から見える景色を呆然と見つめていた美晴は、突然肩を掴まれ、喉の奥で短い悲鳴をあげた。
「-何者だ、貴様」
唸る獣のような、低く怒気を孕んだ男性の声に身を固くする。恐怖のあまりに、口の中が乾き、言葉が詰まる。
答えない美晴に苛立ち、男が肩を掴む手に力を込める。骨が軋むほどの力から逃げようと美晴は身をよじったが、男の手によっていとも容易く拘束されてしまった。
「痛っ…! 離して!」
「何者かと聞いている」
涙が滲む瞳をあげ男の顔を見た美晴は、一瞬痛みを忘れて、ポカーンと口を開いたまま固まった。
掴まれた腕の痛みが夢だとは思えない。けれど、目の前にいる人物は、現実に存在するはずのない人物で。
だが夢じゃないとすれば、これが現実だとすれば。
(よくある車に轢かれて転生ってやつ? アニメとか漫画で流行ってたりしてたやつ? 私もそういうアニメ見てたけど。てかイケメンだな、この人)
(ああいうのってフィクションでしょ? ノンフィクションとか聞いてないし。てか顔近いイケメンが近い、え、いい匂いするなにこの人)
(千歩、いや1億歩譲って転生したとして、3次元に生まれ変わるとかならまだわかる、受け止められる。でもここが本当にあの世界なら、2次元への転生って非現実的過ぎない? ああ待って、2次元の顔面偏差値で息止まる同じ空気吸えない窒息死待ったなしよこれ)
(たしかに1周しかしてないし、やり込み要素全然やり込めてないし、死ねないって思ったよ、思ったけど……!
違う、そうじゃない)
美晴を睨みつけるその男の名はレナード。『Magic the Origin Ⅱ』のメインキャラクターであり、主人公であるフィンと契約を結び、ともに冒険する最上位精霊である。
どうやら美晴は『Magic the Origin』の世界に異世界転生してしまったようだ。