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幽かな記憶を手に刻んで  作者: 青鷺 長閑
3/8

Episode 2: June, 14th, 2008.

 一度だけ過去に戻って自分の蛮行を正せるとしたら、俺は間違いなく中学三年間のいずれかに遡るだろう。それくらい、この時代の俺は理解に苦しむ言動ばかりだったと思う。

 世間では中二病などとよく言うが、祖父との死別だったり父との死別だったりで着飾って自分の世界に浸っている精神的余裕はなかった。ただアイツに自分の気持ちを気付いてもらいたくて、俺はおかしなことばかりやっていた。

 アイツのいる隣のクラスに張り込んでみたり生徒会室を覗きに行ったり、とにかく出来る限りアイツと関わろうとした。足蹴にはされなかったが、理解されることもなかった。


 これでも一応中学は三年間運動部に入っており、友達にも恵まれ充実していたから、小学校以上にアイツのことが気にかかっていたけど、それでも何不自由なく楽しい学校生活が謳歌できていたんだと思う。


 二年に進級して間もなく父親が病に倒れ、そのまま一週間意識を取り戻すことなくこの世を去った。無口で基本何を考えているのか分からない人だったが、それでも俺は父親を頼りにしていた。自分ではそう思わなかったが、死んだ時病院の待合室で泣き崩れ、全身が麻痺したということはきっとそうなのだ。自分一人で生きてきたなんて子供染みたことを言うつもりはない。けど、自分の心の拠り所を考えると、実際そういう過去はないけれど、もし心が折れそうになった時、友達に相談しても解決しないとしてどうするかと言われれば、きっと最終的には父親の元に辿り着くのだろう。

 それがちょうど第一テストと被っていた。もう自分では何も考えることができなかった。ただ身の回りの大人達が集まって通夜とか葬儀とかの話を進めているのを目にして、これが大人か、と思うばかりだった。

 親には「テストは受けろ」と言われた。それに対して返事も出来なかったが、祖父母からもそれはお前の人生なんだからと後押しされ、何とか学校には行くことができた。テストの内容なんて憶えていない。どうだったかなんてことも、もうどうでもいいと思っていた。けど、教科担任はみんな励ましてくれたし、クラス担任もテストの計画表の最後に「色々あったがやれるのは立派」とだけ書いてくれた。担任とやり取りする交換日記のようなものがあったが、俺はそこでも色々な事を書いていたような気がする。どうでもいいことだったり、本心からの悩み事だったり。もう殆ど記憶に残っていない。ただ親父が死んだその日の日記に「冷凍リンゴが歯にしみる」と書いたことだけは鮮明に憶えている。


 それから二、三週間くらい後になるだろうか。後ろの席の男子が話しかけてきた。鳴瀬という奴だった。俺とは別の小学校の出身で、一年の時同じクラスだったというわけではないから、名前は聞いたことある、程度の認識だった。

 きっかけが何であったかは、やはり記憶にない。とりとめもない話で盛り上がり、知らず知らずのうちにメールアドレスを交換するまでになっていた。

 俺がメールアドレスを持っているという情報は何故かクラスの男子に知れ渡り、担任ともアドレスを交換した。ちなみに当時ケータイを持っている人は少なく、パソコンのメールをやり取りしていた。メッセンジャーソフトというのがあったからそれを使って同じ時間にログインしている友達とチャットを交わしたりもした。

 そうしているうちに父親との死別に対する哀しみを、みんなと関わる楽しさで忘れることが出来るようになっていた。授業中でもお構いなく話しかけてくるので最初は嫌っていた鳴瀬だが、俺が立ち直りまた前を向くチャンスを作ってくれた彼に今では感謝している。


******


 三年の話になる。


 二年越しで同じクラスになったと内心小躍りしていたが、そんなことに現を抜かしている暇もなく忙しい毎日が始まった。入試対策も一つあるが言ってしまえばあんなもの二年までの内容がほとんどなわけで、三年の選択授業はあまり内容の濃いものではなかった。

 だからというわけではないが生徒会に入ってみたり体育祭の幹部をやってみたりと夏休みが明けるまでは本当に色々な事に手を出していた。秋に入るまでは部活も続いていた。

 同じクラスにはなったが、会話の数がそこまで増えることはなかった。俺も忙しかったし、アイツだってやることがあったのだろう。

 更に言えば三年次のクラスには男子の友達もかなりの数集まっていたので、休み時間はいつも彼らとつるんでいた。それもあまりアイツと関わりを持たなかった一因かもしれない。



 ある真冬の放課後。



 当時仲間内で流行っていたドラマで「想い想われ振り振られ」というまじないがあった。両手の親指と人差し指でハートマークを作って「想い想われ振り振られ」と三回唱え、最初に声をかけてきた女子が自分のことを想っている人だという、子供騙しにも程があるような内容なのだが、これをやってみようという話になった。無論と言うと悲しいかな、人身御供は俺だった。

 放課後、友達以外誰もいない教室。

「想い想われ振り振られ、想い想われ振り振られ、想い想われ振り振られ……」

 バカバカしいとは思っていたが、同時にそれを一蹴できない自分も、どこかにいた。

 三回唱えさあ行こうかとばかりに俺達は五人くらいを引き連れてぞろぞろと放課後の校舎を歩き回った。


 教室棟を一周りはしたのだろうか、十分も経っていなかったはずだ。まじないは効果を発揮した。


「あ、ねぇ涼介!」


 俺を見つけるや正面から走ってきたのは案の定というか何というか、アイツだった。その瞬間野郎共は爆笑しだした。

 その様子にアイツは首を傾げる。


「は?」

「気にしないでくれ」

 だってもう、そう言うしかほかないだろう。奴等には迂闊だった、みたいなことを言ってその場を濁した気がするが、逆にあれだけの焦りを結果としてそれで濁せていたというのだから、本当に、もうね。



 本心?



 嬉しかったに決まってるじゃねえか。


******


 学生時代の恋愛事情を書く上で、席替えというのは切っても切れない存在なのだと思う。俺の場合も例外には及ばず、片恋相手と同じクラスに配属されたということはすなわち毎回の席替えがその後の運命を決めるということと同義であった。

 席替えのタイミングは学校やクラスによって違うだろうが、三年のクラスでは大体二ヶ月に一度くらいのペースでやっていた。決定方法はもちろんくじ引き。

 スパンが比較的短いからそれなりの確率で隣同士にはなれそうかなと淡い期待は毎回寄せるのだが、これがなかなか上手くいかない。結局俺がアイツの隣をツモったのは最後かその一回前の席替えだった。入り口側前から二番目、アイツが先に右を引き、俺が左を引いた。


「逆光で黒板が見えないな……」


 最初はやはり悪態をついたが胸中はあぁもう言わせんな恥ずかしい。


 だが実際隣になってみると緊張感が拭えないもので、それは後の記憶力にも影響している。印象的なことしか憶えていないとはいえ、好きな人との会話などいくら下らないことでも脳裏に刻んでおけそうなものなのだが、現実はそう上手くいかなかった。幸いと勉強に支障が出るほどではなかったからやはり記憶がないだけで何か話はしたんだと思う。それを言うならギャルかお前というほどスカートの裾を上げて胡座をかいていた別の女子が隣になった時の方がよっぽど気が散ったさ。


 かくして自分の気持ちを伝える最大の好機が訪れたにも関わらず大した進展もないままに、話は卒業直前まで歩を進める。


******


 中学生と言えばまだ純粋で多感なお年頃なのだから気になる彼女にだって想う相手くらいいると考えるのが常識としてまかり通るべきだろうが、驚くべきことに俺はアイツに他に好きな人がいるなんてことを考えたことがなかった。


 一年の頃、同級生と付き合っていた。


 俺がそれを聞いたのは卒業間際のことだった。バスケ部から陸上部に転部した男子。その相手が誰あろう鳴瀬だったのだ。

 二年の時に彼と知り合ってからしばらく別の女子と付き合っているということは本人から直接聞いていたから、きっとその前のことなのだろう。


 絶望して言葉を失いかけた。だが何とか悟られないように、その場は凌いだ。


 他人の不幸せを喜ぶのは人間としてあってはならない。ましてその相手が好きな人ならば、その人を好きでいる資格なんてない。だけど俺は、その事実を知ったのが別れた後でよかったと思った。思ってしまった。もっと率直に言ってしまえば、別れてよかったと、少しだけ思ってしまった。


 アイツが自分の意志で選んだことだし、何もしていない俺に口を出す権利なんてないことくらい、いくら鈍い俺でも分かりきっていた。だからアイツの前であくまでも平静を保とうとしたのかも知れない。

 別にそれを知ったからといって鳴瀬と不仲になることはなかった。理不尽な嫉妬は生まれなかった。相手が鳴瀬だったからかも知れないし、当時の俺に敵対心を抱くほどの余裕がなかったからかも知れない。恐らくその両方だろう。

 とにかく今は一人身なわけだし、今まで通りに接していようと気を正した矢先の卒業式直後、今度は別の男と付き合い始めた。

 それも俺の友達だった。


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