Prelude: Colorful
誰かに愛されたいなんて、思ったことはなかった。
誰かを好きになる、なんてことも、ないだろうと思っていた。
異性-おんな-に興味がないわけではないし、ましてや男に気があるタチでもない。これまで生きてきて、可愛い、女として好きという感情はあったかも知れない。しかし恋愛感情になることは決してなかった。有り得なかった。女として好きでも、人間として好きでないから。いや、それ以前にどうしようもない「何か」があるのだろうが。
とにかく少なくとも十七年間はそんな風に思っていた。生涯の伴侶なんてものは、いつかある日運命的に出逢うものなのだろう、と。周りになんて目を向けずに。
いや、本当は向けていたのかも知れない。ただ、向きたくなかっただけなのかも知れない。自分の本当の気持ちに嘘をついて、自分の理想を、夢を、そして将来を、自分でない他の誰かに委ねてしまっていたのかも知れない。
それに気付くのは、あまりにも遅すぎた。
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初めて出逢った時のことを、俺はもう憶えていない。出逢い、などという一回的な出来事が、俺とアイツの間にあったかさえ、定かではない。
小学校高学年になった時の、最後のクラス替え。そこでもう運命は決まっていた。
子供の頃の恋愛感情など曖昧なものだ。どこまでが友情で、どこまでが愛情なのか。大人になってさえ分からないのに、当時の俺に分かるはずもなかった。
いま思い返してみれば、あれは本当の感情ではなかったのではないだろうか。あの頃はまだ、友達だったのかも知れない。いまの自分が考えるには、当時の自分の気持ちはあまりにも単純で、当時のアイツの気持ちを考えるには、あまりにも複雑すぎる。
中学に上がる頃には、俺の気持ちは少なくとも明確だった。だがこの時はまだ、愛情表現というにはおかしな態度だったかも知れない。具体的に言ってしまえば、俺は自分の気持ちをどう伝えたらいいか分からなかった。
地域が地域なため小さな別の小学校から進級する数十名ほどを除いては全員顔見知りというレベルの規模だったから、もしかしたら同じクラスになれるかも、と期待はした。隣のクラスだった。次の年も別のクラスだった。
特に何を悔いることもなく迎えた中学最後の学年。ようやく同じクラスになれた。「また一緒にいられる」と思っただけで俺はこの時もまた何も出来なかった。二年の頃俺が知り合った友人とかつて付き合っていたと耳にし、ただただ絶望に打ちひしがれるだけだった。その瞬間に初めて、片恋の辛さはこんなものか、と痛感した。いつか自分の気持ちを伝えなければ、きっとこれから先どうなったとしても一生後悔して過ごすことになるだろうと思った。しかしまだ「いつか」は所詮「いつか」に過ぎなかった。
それとは別の話で、今までの交友関係を崩してみたくて俺は地元と全く別の高校に進学した。アイツは地元に残った。いや、別に一人暮らしを始めたとか言う訳ではないが、考えてみればこの頃アイツと会う機会が最も少なく、縁遠い存在だったかも知れない。
一応中学時代と別の彼氏がいるとは聞いていた。驚くべきことにこれでもなお俺は焦りを感じてなどいなかったのだ。
何故か?
心の奥底では、いつかきっと自分に振り向いてくれる日がくるなどと烏滸がましいことを考えていたのだろうか。自分以外の男と上手くいくわけなんてないなどと、やはり不遜なことでも考えていたのだろうか。
健忘症なもので申し訳ないが、確かこの二人の関係は高校を卒業するまでは続いていた。その後は知らない。きっとアイツの方が愛想でも尽かしたのだろう。
大学。
受験や何やでしばらく彼女のことを考えないようにとしているうちに、気がつけばまたしても俺は誰かに先を赦していた。
俺もアイツも地元で違う大学だったが、もうそんな言い訳は通用しない。高校までとは男女の意味が違う。アイツが何をしていようと、俺には何も言うことができない。当時は彼女が幸せならばと納得していたが、思い起こしてみれば、それはもう、耐え難くもどかしい感情が沸々と湧き出てくる。恐らくアイツに対してではなく、自分の気持ちをとうに知りながら何一つ前向きな行動を起こさず成り行きをただ唇を噛んで見守り、日和っていただけの、自分自身に対して。
そんなことを、かれこれ三回は繰り返しただろうか。それでも俺がアイツのことを諦めきれずにいたのは、俺がアイツしか見ていなかったからなのか、もうアイツしかいないと思ったからなのか。いや、きっとそれだけアイツの虜になっていたのだろう。
唯一の救いは二人とも地元の大学であったこと、それ故に相談相手として俺を選び続けてくれたこと、それだけだった。それだけを糧に、俺はひたすら好機を伺い続けた。
俺は男として弱い。後ろから煽ってくる奴がいるなら煽り返すこともない。他の男から好きな女を奪い取ってやろうという気概もない。それがいつしか、「意中のアイツが幸せなら俺はそれでいいのかも知れない」という生半可な妥協を生み出し、今までの自分を苦しめてきた。
俺自身の幸せは? 自分は本当に二の次でいいのか?
そんなわけあるか。
それに気付かされたのは、やはり浮気性なアイツがアイツであった所以かも知れない。