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第49話 神器の弓


 遺失物騒ぎから一夜明け、フェリ達は予定通りパルテラル神殿を目指した。

 2泊して体力が戻ったのかリサの調子も良く、昼過ぎには神殿に辿り着く事が出来たのだが……一行は今、新たな問題に直面している。


「凄い行列だな。まさかこれだけの登山者がいるとは……」

「登山者というより、信者ね。全員礼拝に来てるの?」

「そのようですわね。神器も祀ってあるそうですわ」


 神殿の入り口から伸びるようにして、修道服を着た人々が長蛇の列を成していた。

 山脈の頂上にそびえるパルテラル神殿は多くの信者が所属する教会であり、天に最も近いと言われる聖地――アルティミリア教の総本山なのである。

 清廉な女神をイメージして造られたという白い石造りの大神殿は、各地の信者にとって欠かせない巡礼地でもあった。


「最後尾が入れるのは明日の明け方になるそうだが……並ぶしかないな」

「え~、ずっと突っ立ってるなんてイヤですよぅ。あたし、ちょっとお願いしてみまぁ~す」

「お願いって……お待ちなさいリサっ」


 アイトの言葉に頬を膨らませたリサが、神殿の入り口に立つ神官の所へ駆け出して行った。

 お願いしても無駄だとは思いつつ、1日近く並ぶのは流石に嫌だという気持ちもわかるのか、マリアーナも強くは止めない。


「まさか今日が礼拝日だとは知らなかった。運が悪かったな」

「ちょっとしたお祭り騒ぎね。どうする? 落ち着くまで宿に泊まって、修行でもする?」

「うーむ……」


 実際は祭りと言う訳では無いのだが、行列を挟む様にしていくつかの出店(でみせ)が土産物を売り出していた。

 神器を模ったお菓子や、武器として使えるレプリカなど……売り子は神官服を着ているので、恐らく神殿の関係者だろう。

 次々と増えていく最後尾を見ながら、アイトは腕組みした。礼拝は一週間続くらしいので、フェリのいう通り宿まで戻るか悩んでいる様だ。


「一昨日か昨日着いていれば、入れましたのに」

「すまないマリアーナ。私が2泊すると言わなければ……」

「あ、アイト様のせいではありませんわ! 悪いのはあの――」

「ねえ、リサが戻って来たみたいよ?」


 神殿の入り口から、リサがスキップ混じりに戻って来るのが見えた。

 お願いを断られたにしては明るい様子に首を傾げる一行へ、嬉しそうに手を振っている。


「アイト様~! 神器の部屋だけなら、特別に今から入れて貰えるそうですよぉ~!」

「何! 本当かリサ!」


 驚いたのは、声を上げたアイトだけではない。

 フェリが思わず入り口へ目を向けると、リサの話し掛けた神官がにこやかに手招きしていた。

 どう説得したのかわからないが、盗賊騒ぎの時といい、リサに弱い男はそれなりに多いようだ。


「……たまには役に立つこともあるみたいですわね」

「三つ指ついて感謝しないと、羊は入れてあげなぁ~い」

「な、何をバカげた事を言ってるんですの!?」

「いいから。入れるなら早く済ませましょ」


 火花を散らす2人を宥めながら、フェリ達は神器が祀られているという聖堂へ向かった。



-----------



(なるほど……時間がかかる訳だわ)


 神官に案内されて聖堂までやって来たフェリは、絶望的な列の先頭を見て納得した。

 信者が順番に礼拝していくのだが、聞く所によると1人につき15分近く祈るらしい――これでは列が進まないのも当然だ。


(で、これが聖女ミリアの像ってわけね)


 フェリは信者達が熱心に祈りを捧げるの聖女像へチラリと目を向けた。

 アルティミリア教はその名の通り、創造の女神アルティミリアを神として奉っている。

 しかしその偶像として祈りや崇拝の対象となるのは、かつて勇者と共に世界を救った聖女ミリアだった。

 聖女ミリアは世界を創造した女神アルティミリアの化身と言われていて、聖女を信仰する事がそのまま女神への信仰に繋がると信じられているのだ。


(ま、誰も見たことのない女神様より、実際に世界を救った聖女様の方が私も好感持てるけどね)


 像の表情はどちらかというと凛としていて、気高さのようなものが感じられる。

 聖母の様な人物を想像していたフェリには少しだけ意外だったが、もしかすると気の強い人物だったのかもしれないと思った。


「中へは一人ずつお入り下さい」

「ではまず、わたくしから参りますわ」


 神官に促され、マリアーナは神器が安置されているという小部屋へ入って行った。

 扉のすぐ横には聖堂の象徴である聖女像が建っているが、フェリ達を見咎める者は誰もいない。


(神器の見学だけなら、並ばなくても良かったのかもね)


 彼等にとってメインは聖女像への礼拝であり、神器の入手ではないのだろう。

 実際、礼拝を終えて神器の部屋へ入る信者もいれば、祈るだけで帰る信者もいる。

 どちらにしても、先頭の信者が祈っている間は神器の小部屋には誰も入らないので、迷惑を掛けている訳でも無い様だ。


「ここに祀られている神器は、弓だったか」

「そうみたいね。外で売ってるレプリカも弓だったし」

「かつての勇者の仲間、聖女ミリアが携えていた神器か。弓使いのリサが認められれば頼もしいのだが」

「いや~ん。そうなったらあたし、聖女ですかぁ~?」


 厳かな雰囲気の聖堂に、リサの艶めかしい声が場違いに響いた。

 近くに並んでいる信者達が不愉快そうに眉を顰めるのを見て、フェリは慌てて話題を変える。


「せ、聖女ミリアってどんな人物なのかしら? あんまり正確な人物像は伝わっていないのよね。宗教まであるのに」

「私はこの世界の人間では無いからわからないが……リサはどうだ?」

「200年も前の人の事なんて興味無いでぇ~す。でも、聖女像は本人に似せて造ったらしいですよぉ?」


 聖女ミリアが生きていたのは、勇者が統一戦争を終わらせた200年ほど昔だ。

 しかしその出自は謎に包まれていて、人物像や神器を得た経緯など、ハッキリした事は伝わっていない。

 世界を救った後は神の世界へ帰ったというのが、現存する書物の中で最も有力な説であり、聖書にもそう記されている。


「今回もダメでしたわ……」

「マリアーナ。戻ったのか」


 そうこうしている間に、マリアーナが戻って来た。

 言葉通りダメだったらしいが、今回はそれほど落ち込んではいない様だ。

 もっとも、修行で新しい戦い方を会得したマリアーナには、今さら別の武器など必要無いのかもしれないが。


「じゃあ、次は私ね」


 マリアーナとすれ違う様にして、フェリは小部屋へと入った。



-----------



(……ホントに神器を置いてるだけなのね)


 ステンドグラスが輝く壮麗な雰囲気の大聖堂と違い、入った先は石壁があるだけの殺風景な部屋だった。

 中央の台の上に、神器と思しき青い弓が見える。魔術を使用しているのか、弓は台から少しだけ浮く様に鎮座していた。


(ナイフは抜かなきゃならなかったけど、これは普通に取ればいいのかしら)


 台の前に立ったフェリは、神器の弓へ向かって恐る恐る手を伸ばした。

 しかし空気の膜のようなものがあるのか、その手がやんわりと押し返されてしまう。


「えーとこれは……ダメってこと、なのよね?」


 顔だけ振り向いたフェリは、入り口に立つ神官が首を横に振るのを見て頷いた。

 どうやらフェリも、神器の弓には認められなかったらしい。特に悔しがるでも無く、フェリは聖堂へ戻った。



-----------



「早かったですわねフェリ。どうでしたの?」

「見ての通りよ。触れもしなかったわ」

「そうか。フェリもダメだったか……」


 フェリもマリアーナもさして気にしていないのだが、アイトだけが残念そうに肩を落とした。

 今の所、勇者一行は誰一人として神器に認められていない。勇者であるアイトにとっては、特別な思い入れがあるのかもしれなかった。


「最後はリサですわよ。早く行って来なさいな」

「わかってるわよぉ。いちいちうるさいわねぇ」


「大神官様ーー!!」


 リサがぷりぷりしながら小部屋へ入ろうとしたその時、聖堂に1人の神官が飛び込んできた。

 歩き難そうな神官服の裾を引きずりながら、フェリ達を案内してくれた神官の方へと駆け寄って来る。


「え? 大神官って……」


 フェリ達を案内してくれたのは、どうやらただの神官では無かったらしい。

 大神官と言う言葉と、神官のただ事ではない様子に、聖堂にいる人々が騒めき始めた。


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