第48話 知られざる役割
「――その時! 深淵の魔手の放ったナイフが、針の穴くらいの大きさしかない敵の急所を見事に打ち抜いたんスよ!」
「ふーん」
簡易宿へ向かって歩きながら、フェリは深淵の魔手について語るルークに耳を傾けていた。
深淵の魔手の追っかけと言う立場に違わず、有名な伝説から逸話まで本当によく知っている。
あまりにも嬉々として語る様子に、「話を盛っているのでは?」と思わなくも無かったが。
「姐さん反応薄い! さては信じてないッスね?」
「だって……敵ってドラゴンでしょ? 暗殺者がどうして魔物退治なんてするのよ」
「仕方なかったんスよ。正規ギルドじゃ手に負えませんでしたから」
ドラゴン繋がりと言う事で、ルークはフェリに深淵の魔手とドラゴンの対決について語っていた。
ある街を襲ったドラゴンを、たまたま別の依頼で通りがかった深淵の魔手がサクッと倒してしまったという話だ。
「そりゃ、デュオなら軽く倒せそうだけど……凄い話の割には、全然聞いた事無いわ」
「恥ずかしくて王様が隠したんじゃないスか? 先輩もあんまり手柄を言い触らさないッスからね~。逆にどんな話なら知ってるんスか?」
「100人の暗殺者に囲まれて、無傷で返り討ちにした話とか……」
深淵の魔手の名は有名なだけあって、その噂も世界中に広まっている。
もちろんただの噂なので真偽の確かめようは無いし、伝聞なので尾ひれもついているだろうが……ルークは意外にも訳知り顔で頷いた。
「ああ、その話ッスかー。世間じゃなんて言われてるんスか?」
「国の要人を殺したから、その制裁として命を狙われたとかなんとか……ていうか本当の話なの?」
「本当ッスよ。制裁っつーより妬みみたいなモンでしたけど。深淵の魔手の名声を奪おうと、ヤケを起こしたバカがいるんスよ」
「……デュオも色々大変なのね」
100人の暗殺者を返り討ちにした事自体は、あり得る気もするので驚かないが。
いつも飄々としているデュオが伝説に違わぬ仕事をこなしている事を、フェリは少しだけ意外に感じた。
もう少し色々と聞いてみたい気もしたが、前方を指差したルークによって話は唐突に終わりを迎える。
「あ。姐さん、宿が見えてきましたよ!」
「ホントだ……なんとか戻ってこられたみたいね」
ようやく簡易宿の入り口を目にしたフェリは、安堵しながらルークを振り返った。
今回の災難は9割方ルークのせいなのだが、今更責めるつもりは無い。
いつも「姐さん」などと慕ってくる少年を、フェリはどこか憎めないでいた。
「ルークはこれからどうするの? 一緒に来る?」
「いえ! 今まで通り、影ながらお守りします!」
「守られるどころか危険な目にしか遭ってないんだけど……大丈夫? 迷子にならない?」
ついて来たら来たで面倒な事になりそうだが、フェリは素直に心配だった。
今回初めてルークの方向音痴を知った訳だが、よく今まで自分達の後をついて来られたものだ。
「平気ッスよ。昔から追跡だけは得意なんで!」
「だけはってアンタ……」
「フェリ! 戻ったのか!」
ルークを呆れた表情で見ていると、宿の入り口からアイトが駆け出して来た。
近付いて来る気配を察知していたのか、ルークがサッと跳び上がって姿を消す。
ナイフの投げ方同様、その素早さはやはりフェリにデュオの姿をチラつかせた。
「無事でよかった!」
「ひゃ!?」
意識が逸れていたフェリは、駆け付けたアイトに突然抱きしめられた。
思ってもいなかった行為に、考えていた事が全て頭から吹き飛んでしまう。
しかし予想外の行動だったのはアイトも同じなのだろう。ハッとした様に慌てて体を離した。
「す、すまない。つい……ずっと戻らないから心配していた」
「いや、うん……ちょっと色々あって」
互いに気まずい空気を感じていると、アイトの後方の木からオレンジの髪がひょっこりと顔を出した。
ルークがナイフをキラリと構えているのを見て、フェリは慌てて手と首を振る。
殺気を向けられているアイト自身は気付いていない――フェリと目が合ったルークが、残念そうに頭を引っ込めた。
「すぐに後を追うハズだったのだが、マリアーナ達を上手く説得出来なくてな」
「いいのよ。アレはちゃんと見つかったから」
「何!? 本当か!?」
「本当よ。……はいこれ」
フェリは他の人間の目が無いか周囲を確認しながら、アイトにそっと例のブツを手渡した。
同じくキョロキョロと辺りを見渡しながら、アイトもそれをこっそりと受け取る。まるで闇取引でもしている様だ。
「ああ……! ありがとうフェリ。キミは私の命の恩人だ」
「大袈裟よ。事情を知ってるのは私しかいないしね」
「2人だけの秘密、か……まるで恋人同士のような響きだな」
「へ、変なこと言わないでよっ」
いつも通りの軟派な台詞なのだが、ついさっき抱きしめられたばかりのせいか少しだけ意識してしまう。
強くツッコまずに目を逸らしたフェリをジッと見つめた後、アイトは嬉しそうに微笑んだ。
「な、何よ?」
「いや、初めて私の言葉を意識してくれたなと思ってな。新鮮な反応をするキミも魅力的だ」
「バカなこと言わないで。私は別に……」
「ふっ。キミのそんな顔が見たくて、私はわざとこんなことを言うのかもしれないな。いや、忘れてくれ」
「ええ、ええ。もう忘れたわよ!」
言い負かされる立場がいつもと逆転してしまい、フェリは焦りを隠せなかった。
このドキドキが慌てているからなのか、それとも別の理由からなのかすら判断できない。
ローブの中でもぞもぞと動く唯一の生き物を、フェリはそっと押さえ付けた。
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(そろそろ動き出したかな~。アレ)
フェリがパルテラル山脈で色々な面倒事に巻き込まれていた頃、その方角をジッと見つめる1人の青年がいた。
その表情からは心配も不安も一切感じられない。どちらかと言えば面白そうに外へ視線を向けたまま、青年は自分に語り掛ける声を聞く。
「東に新王が立って久しい。重臣どもも浮足立っておるわ……この国もそうすべきでは、とな」
「…………」
窓からは陽の光が真っ直ぐに入り込んでいるのに、部屋の中は少しも明るくはならなかった。
漆黒のカーテンに黒い絨毯、壁まで暗く塗りつぶされたこの場所は、光という物を一向に受け入れようとはしない。
同じ様に、幅広の巨大なベッドに横たわる老人もまた、少しだけ開かれたカーテンへと忌々し気な目を向けていた。
「あの小僧はすっかりその気だ。部下共に乗せられおって……しかし、そうはいかぬ」
「…………」
しかし老人は、何も言わず外を眺める青年に「カーテンを閉じろ」などと命令するつもりは無い。
青年は自分が命令出来る立場の人間では無いし、その存在に少なからず恐怖を感じていたからだ。
何度も目にしたハズの青年の姿は、今は見えない。闇に慣れた老人の目には、彼を照らす逆光は明る過ぎた。
「ワシは永遠にこの頂点に座し、東の大陸を手に入れる。忌々しい結界など、いずれ……」
「どうでもいいよ」
野心溢れる老人の台詞を興味無さそうに遮り、青年は窓から離れた。
衰えて白んだ瞳に、ベッドへと近づく青年の姿がハッキリと浮かび上がる――やはり、闇の中の方がよく見える。
「んで、俺様になんか用なワケ? ……それとも、『俺』に用?」
「……そうだ」
一瞬にして雰囲気を変えた青年の声音に、老人の背筋が少しだけ緊張する。
静かな殺気を滲ませる彼に向ける言葉を、間違えない様に……老人はゆっくりと口を開いた。




