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第47話 蠢くモノ


 フェリ達が採掘場だと思っていた洞窟は、ドラゴンの巣だった。

 最初からそうだったのか、使われなくなってから住み着いたのかはわからないが……恐らく前者だろう。

 灯りがそのままなのも道具が打ち捨てられていたのも、ドラゴンの巣を掘り当ててしまい慌てて逃げ出したからに違いない――少なくとも、フェリはそう思った。


「あ、姐さ……」

「しっ! 静かに……ゆっくりこっちに来て……」


 フェリは小声で、ルークに下がるように指示した。

 気が動転しているのは同じだったが、強敵の神経を逆撫でするような真似は避けたい。

 ルークは生唾を飲み込みながら、そっと足を上げる――どうやら踏んでいたのはドラゴンの尻尾の先だった様だ。


(またこのまま寝てくれたら良いんだけど……)


 後ろ歩きで引き返してくるルークと共に、フェリも徐々に後ずさる。

 しかしフェリの思いも空しく、ドラゴンはその首をゆっくりと持ち上げた。

 そしてルビーの様な瞳に2人を映したまま、その巨大な口を開けて一鳴きする。


「きゃ!?」

「ひぇ~!!」


 ドラゴンの咆哮が、洞窟内の全てを揺らす。

 竦み上がるフェリ達の頭上に、小さな石がパラパラと落ちて来た。


「ルーク! 走っ……」

「わーー! これでも食らえー!」

「ちょっと!?」


 入口とは逆方向に、ルークが数本のナイフを連続して放った。

 まっすぐ飛んでいくそのナイフは、フェリに少しだけ既視感を覚えさせる……しかし。


「あ。ハズした……いや当たったかも?」

「当たったわよ。当たってるわよ! よりにもよって……」


 卵に。

 ルークの方向音痴は今、最も悪い状況で発揮された。

 投げたナイフが直線を描きながらドラゴンの横を通り過ぎ、その後ろにあった大ぶりの卵に突き刺さったのだ。

 恐らくそれを守っていたのだろう。ナイフを目で追っていたドラゴンの目が、ギラギラと怒りを増していく。


「走って!」


 フェリがそう叫ぶが早いか、2人は洞窟の入口へと駆け出した。

 出て行ったところで逃げ道がある訳では無いのだが、本能的に悟ったのだ――ここにいたら間違いなく死ぬと。


「姐さん危ない!」


 駆けていたフェリの体が背中から押され、間一髪……その頭上を、火傷しそうな熱気が通り過ぎた。

 ドラゴンの吐いた炎が倒れ込んだフェリ達の体を掠め、進行方向の岩壁を物理的に削り取る。


「あー! 姐さん、道が……!」


 素早く起き上がって叫んだルークの声に、フェリはハッと上体を起こした。

 緩んだ地盤が雪崩の様に崩れ落ち、唯一の退路であった入り口を綺麗に塞いでしまう。

 これだけの破壊力を持つ相手に、果たして勝てるだろうか――フェリは振り向きつつ、その手を突き出す事が出来なかった。


(手が……上がらない……!)


 普段の戦闘とは比較にならない恐怖を感じ、魔術に集中出来ない。

 圧倒的な脅威を目の前にすると、こうも体が動かなくなるものなのか――ルークも同じ気持ちなのか、腰を抜かしたままドラゴンを凝視している。


(怖い……怖い! 誰か……誰?)


 その場に座ったまま、ドラゴンが身を乗り出してくるのを見ている事しか出来ない。

 小さく震えるフェリのローブから、何かがコロリと転がり落ち――脳裏に1人の青年の姿が過る。


(デュオ……)


 地面を転がる赤い髪飾りを見て、フェリはデュオを想った。こんな時いつも助けてくれた彼は、今はいない。

 しばらく来られないと言っていたし、来れたとしても……来てくれただろうか。そんな寂しい気持ちが過る。


(謝り……たかった)


 最後に会ったデュオは、フェリにどんな気持ちを抱いていたのだろう。

 そんな後悔の念を浮かべつつ、自分達を飲み込もうと開かれたドラゴンの口に死を覚悟する。


「あ、姐さ」

「っ――!! …………ん?」


 食べられる――そう思った瞬間、目の前が真っ赤に染まった。

 しかし痛みは感じないし、横にはまだルークの気配も感じる。

 と言う事は、少なくとも自分の視界を覆うこの赤は……血では無い。


「へ? え? ……何?」


 覚悟した死期とのズレを不思議に感じた直後、ゴクリと何かを飲み込む音が聞こえて来た。

 少しずつ冷静になった頭がようやく認識したのは、巨大な赤い――薔薇。


「ああ姐さん!? ななななんスかこれ……人食い花!?」

「な……なっ……」


 自分達を食べようと口を開けていたドラゴンは、もういなかった。

 代わりに巨大な赤いバラが、飲み込んだものを抑え込む様に蠢いている。

 フェリの勘違いでなければ、それは自分の持っていた髪飾りによく似た形をしていた……大きさは違うが。


(なんっつーモンを渡してくれてんのよアイツはーー!!)


 最強種であるドラゴンを丸飲みにしたのは、デュオが似合うと言ってくれた赤い髪飾りだった。



---------



「あ。姐さん、この辺が薄そうですよ。人の気配も無いッス」

「わかったわ。じゃあちょっと下がっててくれる?」


 ルークが見つけた薄そうな岩壁に向かって、フェリはポンポン豆の加工品である豆爆弾を放り投げた。

 デュオ達へのお返しを選んだルルファロの店で、補充がてらいくつかの魔道具も買っておいたのだ。

 轟音と共に崩れ落ちた壁から、外の明るい陽の光が差し込む――穴の向こうには、見覚えのある道が横切っていた。


「昨日通った登山道ッスね! さっすが姐さん!」

「簡易宿は登山道からそんなに離れてないから、方角的に多分この辺かと思っただけよ。早く出ましょ」

「でも、どうするんスか? コレ」

「そうなのよね……」

「クエッ、クエッ」


 フェリ達の後ろには、元髪飾りだった生き物が飛び跳ねていた。

 しかし、ドラゴンを丸飲みにした時ほどの大きさでは、もう無い。

 見上げるほど大きかったソレは、もうすっかり元の髪飾りのサイズまで縮んでいた。

 フェリはあまり考えたくなかったが……恐らく消化してしまったのだろう。


「ずっとついて来てるけど、どうしたら良いのかしら」

「と言うより、懐かれてますよね。絶対」

「……やっぱそうなのかしら」


 まるで主人とでも思っているかの様に、髪飾りはフェリの傍を離れなかった。

 出口を探して彷徨うフェリ達の後をずっとついて回る様子は、まるでペットの様だ。


「人食い花もですけど、ソレも持ってくんスか?」

「置いといても、密猟者に持って行かれるだけだもの」


 処遇を決めかねていたのは、髪飾りだけでは無い。

 衝撃波を放ったのと反対側の腕には、頭1つ分サイズの大きな卵が抱えられていた。

 ルークの投げたナイフが運悪く命中した、ドラゴンの守っていた卵だ。


「ナイフは殻に突き刺さってただけみたいだし、中は大丈夫なハズよ。お母さんを食べちゃったから、なんとかしてあげないと」


 フェリの意思は全く関与していないが、結果的に卵の親を失わせた事に変わりはない。

 密猟者の手に渡るくらいなら、せめて自分の手でいい方法を探してやりたいと思っていた。


「ま、ドラゴンの卵なんてそうそう孵らないッスけどね。……あ! この先に簡易宿の看板が見えますよ!」

「ホント? ならさっさと」

「クエ~……」

「…………」


 先に外へ出たルークに続こうとしたフェリの足が、心細そうな鳴き声によって止まる。

 かなりの不安要素ではあるが、流石にこんな危険な生き物を放置していく訳にもいかない。


(ローブの中に入れとけば、大丈夫よね……そもそも貰い物だし)


 一応それなりに大切にしていたので、捨てたいとは思っていない。

 フェリは自分を見上げる小さな薔薇を振り返り、恐る恐る手を差し出した。


「……おいで」

「クエ~、クエクエッ」


 髪飾り兼人食い花が、嬉しそうにフェリの手の平へ飛び乗る。

 その様子を見た時、フェリはこの生き物を少しだけ可愛いと思ってしまった。


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