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第46話 遠回り


「という訳で、拾っただけッス!」

「死体から取るのも立派な追い剥ぎなんだけどね……死んでないし」


 ルークから女湯での話を聞き、フェリは情けなさに呆れ返った。

 アイト自身の行動もそうだが、ルークのはた迷惑な単純さにである。

 デュオに憧れているというからには暗殺者なのだろうが、どうにも抜けている様に思う。


「生きてたんスね~。あの変態」

「暗殺者ならそのくらい見極めなさいよ。……そんなことより、どういうつもりなの?」

「へ? 何がッスか?」

()()の使い方よ」


 アイトのアレは、確かにルークが持っていた。というより、着けていた。

 しかし本来使うべき場所にでは無く……ルークの顎の下にぶら下がっているのが問題だ。


「これでオレ様も、大人の男の一員になれるかと思いまして」

「単なる付け髭じゃないの。デュオに憧れてるんじゃ無かったの?」

「違う面から攻めてみたッス!」

「わけわかんないってのよ。いいから返しなさい」

「え……!?」


 手を差し出すフェリを見て、ルークはショックを受けた。

 イヤイヤという様に首を振りながら、両手で付け髭を握りしめる。


「でもコレ、スッゲー気に入ってるし……ていうかコレ、何なんスか? あの変態が着けてるトコ見た事ないッスけど」

「世の中には知らなくて良いこともあるのよ」

「おお、姐さん大人ッスね」


 冷静に説得しつつ、フェリは内心で安堵していた。

 どうやらルークは現場に居合わせながらも、付け髭の実際の用途については気付いていないらしい。


「ルーク。それはアイトにとって、ほんっっとーに大切な物なの。どれだけ大切にしているかは……その毛並みを見ればわかる筈よ」

「毛並み? ……あ!」


 恐らく召喚される前から持っていたであろうソレを、アイトはずっと身に着けていた。

 この世界の人間であるフェリ達にはわからないが、ここにはメンテナンスの為の道具などは一切ない。

 それでも周囲に気付かれないくらいの質感を保っているのだから、そこにはアイトの弛まぬ努力があったに違いないだろう。

 毛並みから漂う溢れんばかりの愛を感じとったのか、ルークが感動した様に頷く。


「……わかりました、返します。オレ様もコソ泥になりたい訳じゃ無いッスからね」

「ありがとね、ルーク。もう勝手に持って行っちゃダメよ?」


 勝手に持ち帰った時点で充分にコソ泥なのだが、そこは言わないでおく。

 まだ少し名残惜し気なルークから、フェリは無事に被り物を受け取った。

 初めて触れたソレはサラサラして柔らかく、アイト自身の髪を触っている様な妙な気分になる。


「はい! 姐さんとの約束は死んでも守ります!」

「じゃ、早いとこアイトに届けないとね。宿はどっちだっけ」

「あ、オレ様がご案内します!」


 すぐ近くなので、案内してもらう程でも無いのだが。

 ルークが率先して歩き出したのを見て、フェリも後に続いた。


「そう言えば、どうして私達について回ってるの?」

「ベルイットバレーで迷惑かけたので、そのお詫びに警護してたッス」

「……助けられた覚えは無いんだけど」

「いやー、姐さん強いッスね~」


 これまで魔物や盗賊に襲われた場面は結構あった筈だが、一度もルークが現れた事は無かった。

 むしろ戦闘中にチラつくオレンジ色の頭を、フェリは何度巻き込みそうになったかわからない。

 警護どころか、気が散って仕方なかった。


「デュオの追っかけをしてるんじゃ無いの?」

「オレ様はそんなミーハーな気持ちで先輩を見ている訳じゃ無いッス! 姐さんをお守りしつつ、先輩の技を盗んでるんです!」

「デュオの技? ナイフ投げなら練習した方が早いんじゃ……」

「ただのナイフ投げじゃ無いッス。『最期(さいご)一閃(いっせん)』を見たいんスよ」

最期(さいご)一閃(いっせん)??」


 聞きなれない言葉に、フェリは思わず首を傾げる。

 技の名前かもしれないが、デュオが特別な投げ方をしているのを見た事は一度も無い様に思う。


「姐さん()()()ッスね。最期の一閃は深淵の魔手の超必殺技です。確実に仕留める時だけに放つ死のナイフなんスよ!」

「大体確実に仕留めてると思うけど……そんなのがあるのね」


 そもそもデュオがナイフを外す所すら見たことが無いが、世界的に有名な暗殺者なら必殺技の1つくらいあってもおかしくは無い。

 デュオの意外な一面を聞いたような気がして、フェリはルークの話に興味が湧いて来た。


「ねぇ、どんな感じなの? その最期の一閃って」

「それはッスねー……あ」

「あ」


 ルークの話は、それ以上続かなかった。

 地面が途切れるギリギリの位置で立ち止まったフェリは、その先にいるルークの足元に目を向ける。

 だが状況を確認した時には、既にルークの体は下降し始めていた――明らかな崖だ。


「おわぁぁ!?」

「ちょっ……!」


 フェリは咄嗟に、ルークの体へと手を伸ばした。

 辛うじて掴んだ黒装束の重さに、腕がつりそうになる。


「あ、アンタ一体何回落ちそうになれば気が済むのよ! て言うか下! そんなに高くないから放すわよ?」

「ぎゃああ! 落ちるー! 放さないで姐さん!!」

「こ、こら引っ張らな……きゃああ!」


 放そうとしていた手を腕ごと掴まれ、フェリはルークと共に崖下に転落した。

 落ちた流れでルークを下敷きにしてしまったが、それでも衝撃に体が痛む。


「いった~……ルーク、大丈夫?」

「平気ッス。でもコレは登れ無さそうですね~」


 落ちる時はあれほど怖がっていたにも関わらず、ルークがケロッとした顔で崖上を見上げた。

 フェリもつられて上を見る――それほど高く無いので、ベルイットバレーの時の様に土を隆起させれば登れるかもしれない。

 そう思ったが、もし地下に採掘場などがあった場合、トンネルに大穴を開けてしまう可能性がある。フェリは悩みながら周囲を軽く見渡した。


「……洞窟があるわ。上に繋がってるかも」


 道らしい道は無いが、その代わり少し横に逸れた岩壁に大きな穴が開いていた。

 パルテラル山脈を登る途中に見た採掘場の入り口に似ているので、他の出入り口に繋がっている可能性は高い。


「入るんスか? じゃ、オレ様が先に行きますね」

「え、ええ……」


 暗い洞窟へ入るのは少しだけ不安だったので、ルークがそう言ってくれてホッとした。

 意気揚々と歩き出すルークの後ろを、フェリもつかず離れずついて行く。

 やはり採掘場なのか、頭と同じくらいの高さに一定の間隔で灯りが付いていた。常に発光する事の出来る魔道具だ。


「今は使われて無いのかしら? 壊れた道具がその辺に散らばってるわ」

「あんま採れなかったんスよ、きっと」


 人気の無い採掘場は本当に静かで、薄暗さも相まって不気味な雰囲気を醸し出していた。

 そこかしこにある採掘用の道具は纏められておらず、地面に打ち捨てられている。

 白くなるまで積もった土が、かなり長い期間そのままである事を示していた。

 外の強い風が反響しているのか、くぐもった様な音が洞窟の中に響き渡っている。


「ところでなんでこんなトコに来たの? 宿に帰る筈じゃない」

「いや~オレ様、実は方向音痴なんスよ」

「……私が先に歩くから、アンタは後ろにいなさい」


 怒る気力も失せたフェリは、力なく肩を落としながら先頭に立とうとした。

 しかしそれをルークがさらに追い抜き、心外だとばかりに振り返りながら歩き続ける。


「大丈夫ッスよ、一本道なんですから。今度こそ任せて下さいって」

「アンタについて行く方が、危なそうだけどね」

「まぁまぁそう言わずに……あれ?」

「ん?」


 意地でも先に進もうとしたルークの足が、止まる。

 正面そびえる大きな影に、フェリも進むのをやめた。

 そして次に2人の視線は、ルークの足元へと注がれる。


「あ、わ……あわわわわわっ」

「うそ……」


 ルークの黒い靴の下にある、緑色の光沢を放つ……鱗。

 進行方向を塞いでいたのは、魔物の中でも最強種に分類されている凶悪な生き物だった。

 フェリはそれを見て初めて、洞窟内に響いていた音の正体がイビキだったのだと気付いた。


(ど、ドラゴンの巣だったのーー!?)


 静かに寝息を立てていたドラゴンの目が、ゆっくりと開く。

 驚きと恐怖で硬直するフェリとルークの姿を、大きな赤い瞳が捉えた。


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