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第45話 落とし物


「アイト様。本当にもう一泊なさるのですか?」

「ああ、そうだ。たまには休息も必要だろう」

「やったぁ~!」


 アイトは次の日、簡易宿にもう一晩泊まる事を宣言した。

 怪訝な顔をするマリアーナと嬉しそうにはしゃぐリサの横を、フェリがさり気なく通り過ぎる。


「あらフェリ。どこへ行くんですの?」

「あ、ちょっと薬草を探しに行ってくるわ。魔法薬の調合に必要なのよ」

「こんな岩山に薬草があるんですの? わたくしも手伝いましょうか?」

「え!? えーと……」

「いや、良いんだマリアーナ。キミには私の傍にいて欲しい」

「! ま、まあ……アイト様ったら……」

「わ、私一人で大丈夫だから、行ってくるわね!」


 マリアーナの意外な台詞をアイトがいつもの調子で抑えている間に、フェリはそそくさと簡易宿を囲む林の中へ入って行った。

 行きがけに、切実な目で自分を見つめるアイトに小さく頷きながら……。



---------



「探すって言っても、どうしようかしら」


 特にアテも無いまま、フェリはそれ程広くない林の中を歩き回った。

 温泉に入っている間に無くなったものが、こんな所に落ちているとは考えにくい。

 しかし男湯はアイトが隅々まで探したと断言しており、宿内の目ぼしい所はフェリも確認したので、外を探すより他に無かった。


(あと考えられるのは、動物くらいだけど……)


 アレをわざわざ盗む人間がいるとは思えない。

 近くに生息する野生の動物が持ち去ったと言うなら説明もつくが……しかしそれは同時に、発見の道が絶たれることも意味していた。


(いやでも、野生と言えば……)


 自分達の周りをウロついている野生児の存在であれば、フェリも心当たりはある。

 ヴェルヘルム帝国へ入ってからずっと視界に入るオレンジ色は、隠れているにしては目立ちすぎていた。


(出来ればツッコミたく無かったんだけど……)


 関わると面倒そうなのでスルーしていたが、一度話を聞いてみても良いかもしれない。

 そう思ったフェリは、自分から一定の距離を保ってついて来ていたオレンジの物体を振り返った。


「いるのはわかってるから、出て来なさい」

「…………」

「ルーク」

「はひ!? はい、姐さん!」


 少し離れた茂みを蠢いていたオレンジの毛玉が、驚いた様に跳び上がった。

 背を向けたまま直立不動で佇むルークに、フェリはやれやれと肩を落としながら近付く。


「ルーク。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「あ、はい。なんスか?」

「ん? え……ああーー!?」


 振り返ったその顔を見た瞬間、フェリは驚愕した。

 そして同時に確信したのだ――犯人はルークだったのだと。



---------



「うむ。やはり異世界でも、温泉は最高だな」


 時は前日まで遡る――。

 温泉に浸かりながら、アイトは遠い故郷の地を少しだけ想っていた。

 緑の木々に囲まれた露天風呂は、自分が暮らしていた日本と言う国を思い出させる。

 帰りたいと思った事は無いが、近い文化に触れると懐かしさが湧いて来るのも当然だ。


「彼女達も今頃……いや、ダメだ! 何を考えているんだ私は!」


 少し離れた所にある女湯のイメージを、アイトは必死に振り払った。

 この世界に召喚された時から、自分は勇者として振る舞おうと決めた筈だ。

 だが元の世界で染み付いた煩悩というものは、そうそう消し去れるものでは無い。


「欲を捨て、無心になるのだ。だが温泉は男の浪漫……いかんいかん! 考えるな! いやでも妄想するくらいなら……ん?」


 勇者である自分と平凡な青年であった頃の自分との狭間で戦っていたアイトは、木々の合間をちらつくオレンジ色の物体を目にした。

 その物体が向かっているのは女湯の方角……アイトは使命と言う名の口実を得て、意気揚々と立ち上がる。


「さては覗きか! みんなが危ない。助けなくては!」


 湯から上がったアイトは腰にタオルを巻き、そろそろと怪しい物体の後をつけた。

 しかし少し進んだ所で、見失ってしまう……アイトはキョロキョロと辺りを見回しながら、林の奥へと進んだ。


(……来てしまった)


 決して、その場所を目的にしていた訳では無い。

 不審者を追跡していて、たまたま来てしまっただけだ。

 そう自分に言い聞かせつつ、アイトはもう女湯から聞こえる明るい声に耳を澄ませた。


「ヴェルヘルム帝国はもっと入国規制を軽くすればよろしいのに。そうすれば、いつでも温泉に入れますわ」

「観光資源だけでも、ウハウハよねぇ~」

「ウハウハってアンタ……それは難しいんじゃ無い? 物騒なのは本当だもの」

「そうですわねぇ。魔物も強力ですし、盗賊も多いですもの」

「登山に加えて戦闘なんて、やってられないわよぉ」


(くっ……「意外と大きいのね」「お肌すべすべ~」という段階はとうに過ぎていたか……!)


 根は優しい男であるアイトは、流石に覗くほど不埒な真似はしない。

 しかし、不可抗力で聞こえてくる会話は期待していたよりずっと色気がなかった――アイトは悔し気に拳を握りしめる。


「怪しい人物はいなかった。戻ろう」


 自分が怪しい人物の1人だとはつゆほども思わず、アイトは諦めた様に拳を下げた。

 しかし踵を返そうとしたその時――自分の耳に入って来た言葉に、本能的に動きを止める。


「そろそろ上がる?」

「ですわね。わたくし、後でもう一度入りますわ」

「やだぁ、歳よりくさ~い。あたしは寝るわよぉ」

「どっちが年寄りなんですの!? この程度でへばってる人に言われたくありませんわ!」

「まぁまぁ。良いから早くあがりましょ。流石にのぼせそう」


 聞こえてくる、身体からお湯が流れ落ちる音……。

 アイトは自分の中の悪魔の囁きに、必死で抗おうとする。


(見たらダメだ見たらダメだ見たら……)


 気持ちとは裏腹に、その視線は湯気に浮かび上がる3つの影を捉える。

 アイトは理性を保とうと後ずさり――その足が地面の木の根に引っ掛かる。


「おわぁ!? ……ぐへ!」


 受け身を取る間もなく後頭部を強打したアイトが、そのまま仰向けに倒れ込んだ。


(ま、マズい……意識、が……)


 茂みと言う死角にすっぽりと覆われたアイトに、気付く者はいない。

 徐々に遠ざかるフェリ達の声を聞きながら、アイトの意識は遠のいていった。


 そして辺りが静まってしばらく経った後――。

 アイトを囲んでいた茂みが揺れ、草をかき分ける音と共に黒装束の少年が姿を現す。


「……死んだかな?」


 あられもない姿で倒れているアイトの傍に屈み込み、頬をツンツンとつつく。

 実のところ少年は、女湯の近くで葛藤するアイトをずっと見張っていた。

 彼は彼で、入浴中のフェリを覗きそうな不審者を警戒していたのだ。


「夢半ばで気の毒なヤツだ。姐さんを覗こうとするから罰が当たったんだぞ」


 仕留めようかと思っていた相手は、自ら倒れた。

 少年はアイトに向かってそっと手を合わせ、冥福を祈る様に目を閉じる。


「ん? こ、これは……!」


 立ち去ろうとして視線を逸らした時、それは目に入った。

 少年はキョロキョロと周囲を見渡した後、こっそりそれを手に取る。


「おおお! こういうの探してたんだよなぁ。やったぜ!」


 ほくほく顔でそれを抱え、少年はその場を後にする。

 残された全裸の男の髪は、ほんのちょっとだけ少なくなっていた。


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