第44話 パルテラル山脈
「わぁ……なんかホントにスゴイ所ね」
パルテラル山脈を登る途中で、フェリは眼下に広がる雄大な景色に感嘆の声を漏らした。
ヴェルヘルム帝国は、東大陸と比べて肥沃な大地に恵まれない代わりに、鉱物や魔法石の取れる鉱山が多い。
緑よりも土のむき出しな部分が多い荒れ地っぷりに、昼間見た時は『魔界』と言う言葉を現実的に感じたくらいだ。
しかし今、西の山々に沈む夕陽に照らされた赤銅色の大地は、まさにそれが1つの宝石であるかの様に赤々と輝いている。
「本当に素晴らしい景色ですわ」
「ああ。物見遊山では無いが、こういうのも悪くない。……しかし、風が強いな」
高い所を歩いていると言うのもあり、山肌に打ち付ける風は地上のそれよりかなり強い。
時折兜を不安そうに押さえるアイトをフェリは生暖かい目で見守っていたが、マリアーナは気付いてもいない様だ。
「景色なんてどうでもいいですよぅ……早く休みたい~」
「まあ。やっと来たんですのね」
一行が立ち止まって景色を眺めている間に、遅れていたリサが死にそうな顔で追いついて来た。
景色などそっちのけで適当な岩にもたれ掛かる仲間に、フェリは苦笑いを浮かべながら近付く。
「リサ、大丈夫? 水飲む?」
「飲むぅ……」
「はいコレ」
フェリはローブから水の入った瓶を取り出し、リサに渡した。
ラキア特製のローブは、いくら詰め込んでも重さを感じる事はない。
内ポケットに入らない物は無理だが、水や食料の運搬は専らフェリの役目だった。
「リサ、平気か?」
「平気じゃないですぅ」
「困ったものですわ。本当なら夜までに着くハズでしたのに」
目的地であるパルテラル神殿へは、登り始めてから1日で着く予定だった。
しかし少し登る度に休みたがるリサに合わせて、半分しか進めなかったのだ。
マリアーナから責める様な視線を送られたリサに、フェリは少しだけ同情した。
「いいじゃない。私も一日で着こうとしてたら多分バテてたわ。急いでる訳じゃないんだから、今日は野宿にしましょ」
「しかしどうする? 野宿の出来そうなスペースは無さそうだが」
「うーん、そうね……」
アイトの言う通り、フェリ達が歩いている登山道は山脈の崖際に伸びており、内側もまた高い岩壁が殆どだ。
道もそれほど広くないので、食事したり眠ったりするには少々不安な場所だった。
崖下に落ちる心配がある上に、昼間の様に崖上から小規模の落石がある危険もある。
「あら、あそこに看板がありますわよ」
「また採掘場じゃないか? 途中にもいくつかあっただろう」
「わたくし、一応見て参りますわ!」
少し先の曲がり角に立つ看板を確認しに、マリアーナが駆け出した。
ヴェルヘルム帝国が誇る鉱床は、ここパルテラル山脈にも数多く存在している。
登山中も、採掘場へつながるトンネルや看板をそこかしこで見かけたので、恐らくまた同じものだろう。
フェリもアイトと同じくそう思っていたが、息を切らせて戻って来たマリアーナの表情は思いの外明るかった。
「温泉ですわ!」
「へ? 温泉!」
「この先に、温泉と簡易宿があると書いてありましたの」
「や~ん、ホントに!? 嬉し~い!」
先程までへばっていたリサが、急に元気を取り戻した様に走り出した。
リサが曲線を描く道の向こうへ消えたのを見て、呆気にとられていたマリアーナが怒り出す。
「な、なんて女なんですの!? 走る元気があるなら最初から……お待ちなさい! リサ!」
「フェリ、私達も行こう」
「そうね。宿があって良かったわ」
リサ程では無いにせよ、疲れているのはみんな同じだ。
フェリはリサが置いて行った空瓶をローブにしまい、看板の指す方向へと向かった。
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「わたくし、とても満足ですわ。ヴェルヘルム帝国は温泉が多いと聞いていたので、一度来てみたかったんですの」
「そうね。私も温泉は初めて入ったわ」
簡易宿は、登山道から内側に逸れた小道の先にひっそりと建っていた。
借りたのはベッドも個室も無い大部屋だったが、登山道で野宿するよりはずっと良い。
温泉で充分に癒されたフェリとマリアーナは、借りた部屋で涼みながらアイトを待っていた。
因みにリサは昼間の疲れから、既に横になっている。
「1つしか無いローグセリアの温泉は、もっとしっかり整備されていますけれど。このみすぼらしい内装も趣がありますわね」
「みすぼらしいじゃ無くて、せめて『ひなびた』くらいにしときなさいよ。……マリアーナってローグセリア出身だったの?」
「そうですわ。実家は侯爵家ですのよ」
「ああ、やっぱり貴族なのね」
マリアーナの格好や話し方から、恐らくそうだろうとフェリは思っていたが……こうして聞くのは初めてだ。
リサもマリアーナもアイトにくっついて回ることが多いので、フェリは2人とあまり話したことが無かった。
(でも、最初の頃に比べたら大分話せるようになったわよね)
最初はマリアーナもリサも敵対心むき出しで、フェリも遠巻きにしていたが……。
それなりの期間を一緒に旅して来たおかげか、ある程度は打ち解けられたと思っている。
お互いに知らないことばかりには違いないが、同年代の娘と話す機会がフェリは少しだけ嬉しかった。
「由緒正しい貴族のわたしくとお話できるなんて、フェリは得してますわ。本来なら相応の家柄の者で無くては会う事も出来ないんですのよ?」
「えーと、そうね。得してる……かな?」
「ですわ。選民意識が高いのは自覚していますけれど、フェリも付き合う人間は選んだ方がよろしくてよ。あの様な者と話しては品位を疑われますわ」
「あの様な者? それって……」
「フェリ―! フェリ―!」
「あら? この声は……」
共感の少ない会話をそれなりに楽しんでいると、フェリの名を呼ぶ大きな声が近付いて来た。
立ち上がる間もなく大部屋の扉が勢いよく開かれ、風呂上りと思しき姿のアイトが飛び込んでくる。
「フェリ! 大変なんだ!」
「あああアイト様!? 何という破廉恥……な……」
「ま、マリアーナ!? しっかり!」
目を見開いて固まっていたマリアーナが、倒れる様に気絶した。
腰にタオルを巻いて兜を被っただけという青年の姿は、お嬢様であるマリアーナには刺激が強すぎたようだ。
気絶まではせずとも、フェリも顔を赤くする程度には驚いている。
「ちょ、ちょっとアイト! なんて格好で……」
「無いんだ」
「へ?」
「アレが……無くなった」
「! ……アレが……」
アレ――それだけで通じ合ってしまうというのも、なんとも悲しい話ではあるが。
フェリは壁に貼られた『遺失物注意』の張り紙をチラリと見た後、困った様にアイトの被る兜へ目を向けた。




