第43話 嫌悪
「これって、ハチマキ?」
「うん、まぁ……」
「ふ~ん?」
渡されたハチマキをしげしげと眺めるデュオの様子に、フェリはハラハラしていた。
そしてデュオの目がハチマキの一点を捉えたのを見て、ギクリとする――刺繍に気付いた様だ。
「鳥?」
「ドラゴンよ! ドラゴン!」
「あー……うん。ドラゴンかも~」
「微妙な認め方しなくていいから!」
安直かもしれないと思いつつ、フェリが刺繍したのはドラゴンだった。
持ち主を守ってくれると言うのだから、強いに越した事は無いと思ったのだ。
出来るだけ暗い色の魔法糸を選んだので、多少下手でもそこまで目立つことは無い。
「俺様にくれるの?」
「この前、髪飾り貰ったでしょ。そのお礼よ」
「あれ? まだ持っててくれたんだ? 着けてないから捨てたのかと思った~」
「す、捨てる訳ないでしょ? せっかく貰ったんだから」
「そっか」
確かに着けてはいないが、捨てた事になっていたとは思わなかった。
そんな人間だと思われていたのかと、フェリは少し複雑な気分になる。
使ってはいなくても、ローブに入れた髪飾りの事はちゃんと毎日確認しているのに、と。
「ハチマキか~。うん、嬉しい。俺様はちゃんと着けるからね」
「……嬉しいならどうして腕に着けるのよ?」
デュオがハチマキを額では無く右腕に結んだのを見て、フェリは更にモヤモヤした。
いつも額に着けているハチマキはそのままだ――気に入らなかったのかと思っても不思議はない。
「こっちの方が無くさないかと思って。額にあると見えないし」
「ふーん、そう……」
「フェリ? 何か怒ってる?」
「怒ってないわ」
デュオの言い分もわからなくは無いし、フェリだって髪飾りを着けていない。
なのに、何故だかイライラしてしまう……額に結ばれるのを想定していたのは、自分の勝手なのに。
ローブの下で、フェリは新しく買った薬瓶を握りしめた。
「……デュオ、本当に惚れ薬は効いてないの?」
「うん? 効いてないよ」
「じゃ、これあげるわ」
フェリが差し出したのは、会計間際にカゴに入れた魔法薬だった。
惚れ薬と並ぶようにして積み上がっていて、そこそこ売れていたものだ。
藍色の液体が入った怪しげな小瓶だが、デュオはそれを物怖じもせずに受け取る。
「何コレ? 毒?」
「毒とかじゃ無いけど……」
「ま、どっちでもいいけど」
「あっ」
フェリが飲めとも塗れとも言っていない薬を、デュオは気にせず飲み干した。
そして平然と空瓶を眺めていたが……フェリにチラリと目を向けた瞬間、その表情が少しだけ翳る。
「……フェリ、何飲ませたの?」
「……嫌悪薬……」
嫌悪薬とは、その名の通り飲ませた相手に負の感情を抱く――惚れ薬とは真逆の効果を持つ魔法薬だ。
用途は様々だが、少なくとも今のデュオの反応は、嫌悪薬を飲まされた相手の反応に近いものがある。
「フェリは、俺様に嫌われたいと思ってるの?」
「そうは、言わないけど……」
「じゃあどうして?」
「っ……!?」
フェリは一瞬、自分の息が止まったかと思った。
迫る影に思わず引いた背が、木の幹によって行き止まる。
左右へ動こうにも、右には腰まである大きな岩があり、左は彼の伸ばした腕によって遮られ……逃げられない。
「なんで、そういうことするの?」
「……それ、は……」
今のフェリ達は死角になっていて、アイト達からは見る事が出来ない。
覗き込まれるように落ちて来る言葉に、フェリは顔を上げることが出来なかった。
仮に上げられたとしても、どう言っていいかわからない。
(ホントに飲ませようなんて……ううん、それは言い訳よね……)
カゴに入れた時は、深く考えた訳では無かった。
市販品は10倍に薄めてあるし、デュオに魔法薬は効かない――そんな事すら頭になかったハズだ。
だが、改めて問われて思う……もしかしたら自分は、卑怯な手段で彼を試そうとしたのではないかと。
「……ま、それならそれでいいけど。どうせしばらく会えないし、安心していいよ」
「あ……」
違う――思わずそう言いたくなったが、出来なかった。
デュオの声がいつもと違って、突き放す様に聞こえたからだ。
だが、何が違うというのだろう……嫌われたい以外に、嫌悪薬を飲ませる理由などあるだろうか。
(怒ってる……? それとも……)
傷ついている――そう考えた瞬間、フェリの中に後悔の念が湧き上がって来る。
しかしそんな気持ちは、自分の中を巡る様々な思いから言葉にはならなかった。
おずおずと顔を上げるも、突き立てられていた腕はいつの間にか離れ、向けられた背中だけが目に入る。
「当分来ないけど……この国は色々危なそうだから、気を付けてね」
「デュオ、待っ……」
止める間もなく、デュオの姿が消える……跳び上がった先を見渡しても、呼び止める相手は既にいなかった。
視線を彷徨わせている間、茂みの中にオレンジ色の何かが動いた気もするが、それはフェリの探しているものでは無い。
「当分、来ない……」
来ないのはいつまでなのか、次はいつ頃来るのか、それすらも言わなかった。
それは本当に、仕事だけが理由なのだろうか――フェリはスカートをギュッと握りしめる。
「フェリ、どうしたんだ?」
「アイト……なんでもないわ」
いつまで経っても来ないフェリを呼びに、アイトが引き返して来た。
フェリは出来るだけ普通の顔を装いながら、アイトと共に街道の先へと向かう。
「ん? そう言えば、アイツはまたいなくなったのか?」
「デュオのこと? ……ええ。当分、来られないって」
「相変わらず身勝手な男だ……だがフェリ、安心して欲しい。ヤツがいなくても、キミの事は私が守る」
「はいはい、期待しないでおくわね」
アイトに軽口を叩きつつ、フェリは別の事を考えていた。
先程までのデュオとのやり取りが、全く頭から離れない。
(嫌われたかった……訳じゃ無い……)
拒絶したかったわけでは無い。
しかし結果的に、フェリはデュオとの距離が遠くなったように感じた。
考えなしに渡した嫌悪薬は、その効果を存分に発揮したのかもしれない。
「……なによ、やっぱり効いてるんじゃない……」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、ごめん。何でもないの」
小さな呟きは、アイトに向けたものでは無い。
しかし非難するような言葉を口にしつつ、フェリにはわかっていた。
自分は間違いなくデュオに対して――最低の事をしてしまったのだと。




