第41話 お礼の気持ち
『ノート印』とは、大賢者ラキアの知名度と魔道具研究の手腕から、一種のブランドと化している商標だ。
依頼品の魔法薬には常にこのマークが付いているのでフェリも存在は知っていたが、まさかこんな遠い地で目にするとは思わなかった。
(また凄い量の魔法薬ね……惚れ薬まであるわ)
可愛らしいポップと共に積み上げられた魔法薬や魔道具の数々に、フェリは師の商魂のたくましさを再認識した。
だがフェリは知っている。正規の依頼と違い、一般流通用に用意したこの手の魔法薬は、全て10倍近く薄めて量産されている事を。
それでも店内の女性客全員が、買い物カゴに1つは惚れ薬を忍ばせているのだから、売れ行きは上々なのだろう。
「……ちょっと見てみようかな」
乙女心をくすぐる内装に、フェリも少なからず心を動かされた。
懐かしさ半分、興味半分といった様子で店内に入り、少し恥ずかしい気持ちで見て回る。
ピンクの花や壁紙に彩られた華やかな店に入る機会は今まで無かったせいか、自分がひどく場違いな気がして落ち着かない。
(あ。そう言えばまだお礼してなかったっけ)
『プレゼントにはコレ!』『気になるあの人に』等のポップを目にして、フェリは2人の人物を思い浮かべた。
首都ジーハスでデュオとアイトから髪飾りを貰ったが、自分は特にお返しなどはしていない。
結局髪飾りはローブにしまっていて着けていないのだが、こうした店を眺めていると何か買おうかなと言う気にもなって来る。
「あ、これって……!」
隅の方に並べられていた魔法薬の1つを、フェリは興味津々で手に取った。
近くにいた店員がギョッとした顔で見てきたが、別にフェリが使う訳では無い。
素晴らしい品を見つけてしまったフェリは、この店で彼等へのお返しを買う事に決めた。
「アイトにはこれで、デュオには……何が良いかしら」
デュオへの贈り物……これが一番フェリの頭を悩ませた。
マジカルショップと言うだけあって魔術関連の商品ばかりだが、暗殺者の役に立つ物などあるだろうか。
(ナイフはいくつあっても良いだろうけど、投げて無くす事もあるし……いや、別にずっと持ってて欲しいって訳じゃないけど!)
頭の中で考えたりツッコんだりしながら、フェリは壁際の商品ばかりを見て回った。
店の真ん中には惚れ薬を中心とした人気商品が積まれているが、客も多く店員が熱心に話し掛けているので近寄り難い。
『定番商品』と銘打たれたコーナーでハンカチやら手袋やらを眺めていたフェリは、ある布を手に取って店員に話しかけた。
「あの、すみません。これも魔道具なんですか?」
「ああ、そちらの商品ですね。魔法糸で刺繍しておくと、稀に持ち主を守ってくれるという魔道具です」
「刺繍……」
得意な訳でも無いが、苦手でも無い。
あまり手間をかけた品を送るのも気が引けるが、何度も助けてもらっているのだからとフェリは布をカゴに入れた。
「これでいっか。じゃ、会計に……あれ? これって……」
会計をしに入り口へ向かう途中、惚れ薬の積まれた棚の横を通った。
気になったのは惚れ薬の隣に積まれている魔法薬なのだが……そちらも惚れ薬と同じくらい、そこそこに売れている。
「…………」
特に深く考えた訳では無かったが……。
フェリはその魔法薬を1つだけカゴに入れ、会計へ向かった。
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「フェリ! ここにいたのか」
「アイト?」
フェリが買い終わった商品を手に店から出ると、アイトが駆け寄って来た。
3人で情報収集に向かった筈だが、何故かマリアーナとリサは連れていない。
「どうしたの? マリアーナとリサは?」
「いや、やはり3人と1人で分かれるのは良くないと思ってな。あの辺りはマリアーナとリサに任せて、私はこっちへ来たんだ」
「気にしなくて良いのに」
「フェリ。どうしてキミはいつも1人になりたがるんだ?」
「別に1人になりたがってる訳じゃないけど……」
1人が好きというよりは、同じテンションで話すと疲れるので自然と距離を置いているという方が正しい。
むしろこうしてアイトが自分の所へ来たことで、マリアーナとリサから顰蹙を買わないかということの方が心配だ。
「私は出来るだけ、フェリと共に過ごしたいと思っている。キミの事が知りたいんだ」
「そりゃ仲間なんだから、ある程度は仲良くした方が良いでしょうけど。適度な距離ってのも大事だと思うわよ?」
「大切な仲間なのは確かだ。だが、それだけでは……」
「言っておくけど、私はハーレムの一員になるつもりは無いわ」
アイトの言葉を、フェリは少しだけ強い口調で遮った。
彼が軟派なのは今に始まった事では無いが、だからこそフェリはハッキリと示しておく必要がある。
勇者としての人柄は好ましく思っているが、マリアーナとリサ程にはアイトに執着していないのだと。
「ハーレム? そんな風に思っていたのか……。私はただ好意を持ってくれる者に、等しく愛を返したいだけなのだが」
「世の中じゃ、それをハーレムって言うのよ」
「そ、そうなのか……?」
傍からはそう見えると聞いて、ショックを受けたのかもしれない。
落ち込んだ様な顔をしたアイトを見て、フェリは少しだけ胸が痛んだ。
(もしかしたら、アイト自身は純粋な気持ちで接しているのかも……)
そう思って咄嗟にフォローの言葉が出そうになったが……やめた。
先程からアイトをチラチラと見ていた女性が数人、こちらへ近づいて来たからだ。
「あの……旅のお方」
「ん? ああ、先程はありがとう。マーヤ、ミランダ、ドナ」
「…………」
「フェリ。キミを探しがてら、私もこの商店街で情報収集をしていたんだ」
「情報収集、ね……」
平然と言ってのけたアイトを見て、フェリは急激に自分の心が冷えていくのを感じた。なぜアイトが情報提供者の名前まで知っているのかは、聞くまでもない。
女性を見つめながら手を握るアイトの姿にフェリが眉間を押さえていると、通りすがりの町民をアイトが次々と呼び止めた。
「失礼、少し良いだろうか。旅の者なのだが、この国について話を聞きたい」
「え? あ、はい。私で良かったら……」
「ああ、そこのキミ。どうか私に力を貸して欲しい」
「あら、イイ男……」
(なんで女の人ばっかりなのよ……)
集まってくるのは、女性の住民ばかりだ。
男性の住民も何事かとこちらを見ながら通り過ぎて行くが、アイトが声を掛ける気配は一切無い。
こういう所は純粋と言うより、もはや本能なのでは無いかとフェリは思った。
「……アイト。やっぱり私は私で頑張るわ。この辺はお願いね」
「え? 待ってくれフェリ、まだ話が……」
「私は無いわ」
いずれにしても、人混みは苦手だ。
フェリは無理せず民家や畑の辺りを回ろうと、商店街に背を向けて歩き出した。
引き留めようとしたアイトが逆に女性陣に引き留められているのを見て、フェリは持っていた包みをローブにしまう。
(あげるのは今度にしよ……今渡すと私まで媚びてるみたいになるもの)
フェリは別に、怒っている訳では無い。
そんな理由は無いし、そんな関係でも無い。
ただ少し、ほんの少し……モヤっとしただけだ。




