第40話 情報収集
魔王の治める地、ヴェルヘルム帝国――。
その国について聞かれた他国の人間の反応は、大体同じだ。
大地は圧政によって流された民の血で黒く染まり、殆どの町は霧に覆われた陰鬱な空気に包まれている。
暗然とした心に支配されて正気を失った人々は、強力な魔物を使役して世界を滅ぼそうとしているのだ、と。
しかし――
「これは一体どういうことなんですの!?」
そんな噂のヴェルヘルム帝国へやってきた勇者一行は、驚き、戸惑わずにはいられなかった。
噂通りの情景だったから……では無く、そのあまりの食い違いにである。
「テーブルを叩かないでよマリアーナ。お茶がこぼれるじゃないの」
「呑気にお茶なんて飲んでいる場合ではありませんわ! この国の一体どこが魔界なんですの!? 魔王は!? 世界の危機は!?」
カラッと晴れた空の日差しを避けるようにして、フェリ達は街角のケーキ屋でお茶を飲んでいた。
窓ガラスの向こうに広がる街並みは、ゲルト辺境のアリナリと比べればそこそこに繁栄している事が窺える。
時折ガラスの外を横切る商人や町民の顔はみんな晴れやかで、とても正気を失っている様には見えなかった。
何が問題かと言うと、『一体この平和な国のどこに、世界を滅ぼそうとしている者がいるのか』という事だ。
「まぁ、確かに拍子抜けしたけど……平和なら良いじゃないの」
ため息まじりにそう言いながら、フェリは注文した紅茶に口をつけた。
フェリだって、元はと言えば「魔王を倒す為に」仲間へと誘われ、その為に修行したのだ。
当然、「思ってたのと違う」という気持ちはある。だが同時に、短い旅の間に気付いてしまった。
(魔王の悪事は漠然とは聞いてたけど、具体的な証拠は何一つ無いのよね……)
実際、関所からほど近いこのルルファロの町は平和そのものだった。
以前転移したヴェルヘルムの首都グランツも、思い返せばごく普通の都市だったように思う。
そこで「一旦方針を纏めよう」というフェリの案で、一行はのんびりお茶をすることになったというわけだ。
「平和なのが悪いとは言いませんけれど、わたくし達の努力は!?」
「無駄だったんじゃないのぉ? 良かった~あたしは修行してなくて」
「リサ! 貴女はもう少し努力すべきですわ!」
新たな矛先を見つけたマリアーナが、リサに食って掛かった。
関所からこの町に来るまでの戦闘は大した怪我も無く概ね順調だったが、それはフェリ達の修行の成果によるものだ。
相変わらずパッとしないリサの弓捌きに、マリアーナは酷く立腹していた。
「ひどぉ~い、あたしだって頑張ってるのに……アイト様~、ブロンズにイジメられちゃいましたぁ。グスン」
「ブロンズはおやめなさい! 貴女だってネコ目でしょう!」
「アイト様は好きですよね? こ・ネ・コ・ちゃんっ」
「お~ほっほっほ! 子猫ですって? 今すぐアイト様の腕から離れなさい、この老猫!」
「あたしが老猫なら、アンタは老羊でしょ~!」
「よさないか」
ずっと渋い顔で腕組みをしていたアイトの声に、仲間の3人が注目した。
今後の方針の決定権は、アイトにある。何かいい案が浮かんだのかと、フェリは期待したのだが……。
「3人共、私の為に争わないでくれ。嫉妬に狂うキミ達は見たくない」
「アイト様」
「でもぉ」
「はいちょっとタンマ。3人共?」
少しでも期待した自分が馬鹿だったのかとフェリは呆れたが、それよりもまず言いたいことがある。
一体自分がいつ、この勇者の為に嫉妬に狂ったというのだろうかと。
「聞き間違いかしら? 私がいつヤキモチを焼いたってのよ。3人じゃなく2人でしょ、2人!」
「何故照れるんだ、フェリ。……いや、それもまた愛か」
「勇者の脳みそには、使命より煩悩が詰まってるみたいね」
「そ、そうでは無い。ちゃんと今後の事も考えていた」
「ホントかしら……」
アイトが心外だという顔をしたので、フェリは乗り出していた体を引いて座り直す。
「さあ言ってみなさいよ」というフェリの態度に少したじろぎつつ、アイトは神妙な面持ちで口を開いた。
「確かに、ヴェルヘルム帝国の現状は噂と違って穏やかだ。しかし、表面上だけという事も考えられる」
「裏があるのですわね!」
「可能性はある。だから、情報を集めよう。神器を集めて国を回りながら、村や町で不穏な動きが無いか調べるんだ」
「ま、確かにただ首都を目指すよりは現実的よね」
これだけ事前情報と食い違っているのだから、最悪「勇者は必要ありませんでした」という結果もあり得る。
正直フェリは、魔王討伐という大義名分すら怪しくなったことでやる気が激減しているのだが……当の勇者はそうでも無いらしい。
「よし! では早速この町で国の内情を探ろう。情報収集は足でするものだ」
「あたしはアイト様と一緒に行きまぁ~す」
「まあ! 抜け駆けは許しませんわ! でしたらわたくしも一緒に!」
「む、そうか? 手分けしてと思ったんだが、それなら全員で……」
「いってらっしゃい。私は1人で結構よ」
大分偏りのある配分だが、この3人の内誰と一緒にいても精神的に疲れるに決まっている。
アイトは残念そうな顔をしたが、フェリは快く3人に手を振った後、会計を済ませて店を出た。
「フェリ……」
「アイト様、早く参りましょう」
「ついでにお買い物もしちゃいましょ~」
「あ、ああ」
マリアーナとリサに腕を引かれながら、アイトはガラス越しにフェリの背中を目で追った。
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(やっぱ別の所にすれば良かった……)
ケーキ屋から坂を下った先にある商店街まで来て、フェリは早速後悔した。
情報の集まりそうな所とは、人の多い場所……即ち、フェリの苦手な人混みだ。
ジーハスの市場ほどでは無いにせよ、入って行くのを躊躇するくらいには人の波がある。
(でも仕方ないか。情報収集は足でするもの、だもんね……久しぶりに聞いたかも)
アイトが先程そう言った時、ふと闇ギルドに通っていた頃を思い出した。
≪新鮮な情報は、じっとしてても入ってこないぜ。情報収集は足でするもんだ≫
昔、フェリにそう教えてくれた男は、もういない。
闇ギルドのルールに背き、粛清されてしまったのだ。深淵の魔手によって、自分の目の前で。
(そう言えば、ディックさんもヴェルヘルム出身だって言ってたっけ)
だからどうというわけでも無かったが。
人当たりの良かった親切な情報屋を偲びながら、フェリは意を決して商店街に足を踏み入れる。
「足で探すって言っても、手当たり次第に話しかけるわけにも……」
歩く人々を引き止めるでもなく、無言ですれ違う――そもそもフェリは内弁慶なのだ。
気を許した相手にはズケズケと物を言うが、知らない人に自分から話し掛けるタイプではない。
息の詰まりそうな人混みを悩みながら歩いていると、いつの間にか商店街を抜けてしまっていた。
「これじゃただ歩いただけじゃないの。また戻らないと……ん?」
踵を返そうとして、商店街の端にある派手な店が目に入った。
そこそこ人気のある店なのか、何人もの女性客が楽しそうに商品を選んでいる。
何の店かと看板に目を向けたフェリは、そこに書いてある文字を見て一瞬目を見開き……そして脱力した。
「ヴェルヘルム帝国にまで手を広げてたんですね……師匠」
デカデカと掲げられた、『ノート印のマジカルショップ!(はぁと)』の文字――ノートとは、大賢者ラキアの苗字だった。




