第39話 国境を越えて
「ようやく、この日が来たな」
正面に立つ仲間達を見渡しながら、アイトは満足そうに頷く。
首都ジーハスへ入ってから3ヶ月……一行はついにヴェルヘルム帝国への入国条件を満たし、通行証を手に入れたのだ。
アイトとマリアーナはレミリアと共に修行を重ねながら、Dランク依頼の魔物討伐80回を見事にクリアした。
(この短期間で80回って……すごいスパルタよね)
魔物討伐依頼というのは、ただ遭遇した魔物を倒す訳ではない。
対象を探したり誘き出す時間はもちろん、1回の依頼につきかなりの数の討伐を要求されることもある。
フェリもマリクルと共に魔物討伐は行っていたが、1ヶ月半では8回やるのが精一杯だった。
「私はちょっとズルい感じもするけど……」
「いや、運も必要だ。それに今のキミなら、ヴェルヘルムの魔物に後れを取ることも無いだろう?」
「まぁそうね。今までに比べれば、だけど」
フェリが満たした条件は、Cランク依頼を1回完了させた事だ。
実はマリクルが出したというベルイット鉱石の入手依頼が、かなり難易度の高い物だったらしい。
条件達成はかなり棚ぼたではあったが、フェリもこの3ヶ月必死に修行した――それなりに自信もついている。
「あたし、もう薬草嫌いですぅ……」
「そう言うなリサ。キミがここに私と立っているのは、その薬草のおかげだ」
「そうですけどぉ……」
修行に参加しなかったリサは、地道に薬草採取依頼を続けながらどうにかEランク依頼200回をやってのけたらしい。
らしいというのは、他3人は全員修行に忙しくてリサの涙ぐましい努力を目にしていなかったからだ。
(それにしても……結構変わるもんね)
雰囲気の変わったアイトの様子に、フェリは内心驚いていた。
久しぶりに会った彼は、以前のような頼り無さが大分減った気がする。
隙間の多い頭飾りに近い兜を被ったアイトは、どことなく勇者としての風格が備わり、身体つきも良くなった様に見える。
兜に関しては、通気性で選んだのではと思わなくも無かったが。
(マリアーナはマリアーナで、なんか落ち着いてるし……)
マリアーナは赤いドレスなのは変わらなかったが、巻き髪は結い上げる事にしたらしい。
師匠の影響なのか、青銅の剣を手に立つポニーテール姿は力強い雰囲気を感じさせる。
因みに、リサはあまり変わっていない。
「フェリさん、気を付けて。ベルイット鉱石のおかげで、僕の研究も進みそうだよ。ありがとう」
「マリクルさんも、研究頑張って下さいね。あと、制御装置も……色々とありがとうございます!」
「それが成功したのも、ベルイット鉱石のおかげだけどね」
フェリのローブには今、小ぶりの魔力制御装置が3つしまってあった。
ラキアの助言を元にマリクルが作ったもので、ヴェルヘルムへ入って落ち着いたら使うつもりだ。
「そう言えばアイト。魔剣士の……レミリアさんだっけ。お別れは済ませたの?」
「先生は鍛錬の為に、ベルイットバレーに飛び込まれた」
「は!? え、大丈夫なの!?」
「心配ない。先生はやると言ったらやる」
「そ、そう。一言お礼を言いたかったんだけど……」
実はフェリはまだ、レミリアと話すどころか会えてもいなかった。
谷から生還した際には暗くて気づかなかった上、修行もアイト達とは別行動だったからだ。
ルークを闇ギルドに案内したりと協力してくれた事でお礼を言いたかったのだが、結局会えずじまいになってしまった。
「また会った時に言えば良い。先生もいずれこの国を出ると言っていたからな」
「そうなの? じゃあもしヴェルヘルムへ入るなら、会えるかもしれないわね」
「すぐに魔王の所へ行く訳では無いから、機会はあるだろう。神器も集めなくてはならないしな」
「あ、そっか神器を集め……あーー!?」
アイトの言葉に、フェリは唐突に思い出した。
神器のナイフは谷の上に落とした後、取りに行っていない。
それを伝えると、アイトはキョトンとした顔でフェリの後ろへ目を向けた。
「おい、まだフェリに神器を返してないのか?」
「ん? そう言えばまだかも~」
「いやまぁ……あれは元々デュオが抜いたものなんだけど……」
「返す」という言い方も何かおかしい気がする。
そう思いながら、フェリは話にも加わらず木に寄りかかるデュオを見た。
関所へ続く街道の木の下で、デュオが思い出したようにいくつものナイフを取り出し……ふと手を止める。
「あれ? 無い……あー、そういや谷を登る時に使ったかも」
「使った? どういう意味だ」
「崖のどっかに刺さってるかもってコト」
「ばっバカ者! 今すぐ取って来い!」
「えー」
「早く行け!!」
「はいはい」
「あ……」
アイトに追い立てられながら、デュオが渋々ジーハスへと引き返していく。
どの道デュオは関所を正面から抜けたりはしないので、フェリ達とは別の裏ルートでヴェルヘルムに入ることになる。
フェリがその背に何か声を掛けるべきかどうか迷っていると、デュオがふと振り返った。
「フェリはやっぱり行くの? 向こう側に」
「へ? ええ、そのつもりだけど?」
「そっか。じゃあまたね~」
「う、うん?」
よくわからない確認に首を傾げている間に、デュオの姿は見えなくなった。
アイトが仕切り直すように向き直り、フェリ達を1人1人見る。
「フェリ、マリアーナ、リサ。ヴェルヘルムへ入るぞ!」
「ええ」
「お供しますわ」
「ようやくですかぁ。薬草集めはもう懲り懲りですぅ」
「皆さん、どうぞお元気でー!」
アイトを先頭に、一行は関所の入口へ歩き出した。
最後に足を踏み出したフェリが、ふとデュオの去った方角を振り返る。
手を振るマリクルが目に入ったので振り返したが、フェリは頭では全く別の事を考えていた。
≪向こう側には、行かない方が良いよ≫
≪やっぱり行くの? 向こう側に≫
デュオの言葉が、記憶の1つと一致した様な奇妙な感覚を覚える。
しかし、そんな筈はない。あの頃の自分は、深淵の魔手どころか外の世界すら知らなかったのだ。
(あれ? でもそれならどうしてあの時……「やっぱり闇が似合う」なんて思ったのかしら?)
確かにデュオを闇ギルドで見かけるのは大抵夜だったが、そんな風に思った事があっただろうか。
しかしそれを考えようとすると、何故か頭にモヤがかかった様に集中出来なくなってしまう。
(……ま、いっか。暗殺者が夜型なのは当たり前よね)
既視感はきっと気のせいだと自分を納得させ、フェリはアイト達の後を追う。
その後ろを、オレンジ頭の小さな影が追っている事にも気づかずに。
(姐さんには合わせる顔がねぇ! これからは陰ながらお守りします!)
コソコソと後をつけるルークを引き連れて、フェリ達は関所を越える。
旅立ってから約4ヶ月を経て、勇者一行はようやくヴェルヘルム帝国へと入った。
------------
「アレがまたこの国に入ったようだな」
荘厳な趣のある部屋の窓辺で、彼方を見つめる1人の男。
赤と黒を基調としたその部屋は、彼にとって血と闇を象徴するものに他ならない。
男の呟きに応えたのは、誰もいないはずの部屋から響く声――。
「不可侵結界を越えたのですか? では、早速手の者を」
「必ず手に入れよ。ヤツよりも早くな」
「御意」
感じていた気配が1つ、唐突に消える。
しかし男は気に留めず、窓の外――山々の遥か向こうにある国境を見据えた。
「アレはもう我の領域に入った。後はヤツと……あの男がどう動くかだな」
小さく嗤う男の呟きに、それ以上応える者はいなかった。




