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第36話 ギルドへ


(どうしようどうしよう……!)


 闇の中を落ちながら、フェリは混乱する頭を必死に落ち着けようとしていた。

 谷の上の光はどんどん遠くなっていて、ルークの姿はもう見えない。

 下は下で闇しか無く、一体どこまで落ちるのか想像もつかない。


(地面に叩きつけられる前になんとかしないと……でも見えない!)


 向かい風に煽られて上手く動けない中、フェリはどうにか下へ向かって両手を突き出した。

 飛び出した閃光が下へ向かって発射され、土の崩れる音と共に光が弾ける。


「あそこが地面……!」


 風圧に押し戻されそうな腕を曲げている暇など無い。

 フェリはそのままの態勢でもう一発、今度は風の魔術を放つ。

 両手から吹き出す風は周囲の空気と共に術者自身をも巻き込み――やがて強い衝撃が、フェリを襲った。


「くっ……ぅ……」


 風の魔術で起こる空気抵抗を利用して、どうにか落下のショックは和らげた。

 しかし魔力の制御されていない風に大きく振り回された為、何度か岩壁をバウンドする羽目になり、無傷とは言い難い。

 自分の近くに、自分の背中に……大小様々な石が落ちるのを感じて、フェリは自分の頭を反射的に庇った。


(もう……大丈夫かしら……?)


 比較的小規模の落石が収まるのを待って、フェリはゆっくりと体を起こした。

 どちらへ顔を向けても、闇しかない――見上げた先にも、もはや一筋の白い線しか見えなかった。


「痛っ……とりあえず、灯りを……」


 体中に痛みを感じながら、手の平に魔力を宿す。

 弱々しい白い球体が、周囲の土壁ををぼんやりと映し出した。

 身体中に痛みを感じているせいで魔術が弱まるとは、皮肉な話だ。

 光が現れた瞬間、フェリのスカートに小さな虫が群がって来た。


「きゃ!?」


 フェリは慌ててそれらを払いのけて壁際に後ずさり、地面の左から右へ半円を描く様に線を引いた。

 その線が一瞬だけ光った後、近付いていた虫達が逃げるように散っていく――簡単な虫よけの魔術だ。


「……これからどうしよう」


 上の方で轟轟と鳴る風の音を聞きながら、フェリは膝を抱えた。

 流石にここまで来ると魔物はいない様だが、たまに小さな落石の音が聞こえるので、危険な事に違いは無い。

 一先ず挫いた足や血の滲む腕に治癒術を施しながら、フェリはどうすれば良いか思考を巡らせた。助けは期待出来ない。


(この場所……何か嫌かも……)


 帰る事の出来ない谷底を好きという者もいないだろうが、そう言う事では無い。

 フェリは周囲の闇を見ない様に、魔術で淡く照らされた地面に視線を移す。

 この状況はフェリにとって、忌まわしい過去を思い出させるものに他ならなかった。



------------



「か、体が軋む……!」

「わたくし、もう一歩も歩けませんわ……」

「甘えるな。貴様らの根性はこの程度か」


 食堂のテーブルに突っ伏す2人の弟子を、レミリアは腕組みしながら見下ろした。

 アイトの鎧は所々欠け、マリアーナのドレスはボロボロに擦り切れている。

 厳しい特訓を課せられているのは想像に難くないが、それでもレミリアに言わせれば足りないらしい。


「し、しかし先生。ゴブリンの巣に突っ込むのはやり過ぎでは……」

「武器を振り回すのに必死で……どうやって倒したのかも覚えてませんわ」

「倒したのは殆ど私だろう。ギリギリの死線を越えてこそ、力とは身に付くのだ」

「どこかで聞いたような台詞ですわね……」


 アイト達を騙した元師匠も、似た様な事を言っていた気がする。

 結局強くなるためには実戦なのだと、2人は身に染みて理解した。

 だが死にそうになれば助けてくれる分、あの男よりレミリアの方がまだマシだ。


(ん? 何だか外が騒がしいな)


 アイトは疲労でクタクタになりながら、顔を食堂の入り口に向けた。

 ちょうど入って来た数人の客が、食堂の外を振り返りながらアイト達の隣のテーブルに座る。

 外の様子を話す客たちの会話が、すぐ傍にいるアイトの耳に嫌でも入って来た。


「何騒いでんだ? あの2人」

「まったくギルドの目の前で迷惑な奴らだぜ」

「1人は変人マリクルじゃないか? 首都の近くに住んでるとか言う魔術師の……もう1人は知らねーが」

「マリクル……?」


 聞き覚えのある名前に、ぼやけていたアイトの意識がハッキリしてきた。

 フェリの言っていた魔力制御を習得する為の協力者が、確かそんな感じの名前だった気がする。


「アイト様?」

「少し見て来る」


 何となくではあるが、嫌な予感がする――。

 アイトは重い体をどうにか立たせ、ふらつきながら食堂の外へ出た。



------------



「だからこのギルドじゃねーよ! オレ様は闇ギルドに行けって言ったんだ!」

「闇ギルドなんて、僕は噂でしか聞いた事が無いよ。仮にあったとしても、僕が知る訳ないじゃないか!」


(あの2人か……)


 アイトが食堂の外へ出ると、すぐ隣に建つ正規ギルドの入り口で2人の人間が言い争っているのが見えた。

 1人は白いローブを着た魔術師風の男で、もう1人は明るいオレンジ色の頭をした黒装束の少年だ。


「だーかーら! 崖だよ! 森の中!」

「そんな場所が近隣にどれだけあると……って、知っているなら自分で行ったらいいじゃないか!」

「オレ様は方向音痴なんだよ! 誰かと一緒じゃなきゃ行けないんだ!」

「威張って言う事では無いんだけどね。ああ、このままではフェリさんが……」

「姐さんに何かあったら、お前のせいだからな!」

「僕のせいだって? 今回の事故はそもそもキミが……!」

「待ってくれ! 今、フェリと言ったか?」


 言い争っていた2人に割って入る様にして、アイトはマリクルのローブを掴んだ。

 マリクルは驚いたようだったが、アイトの姿を見て思い当たったように目を見開く。


「もしかして、アイトさんですか? フェリさんのお仲間の……」

「ああ、フェリは私の仲間だ! 何があった!?」

「それは……」

「何だよお前! オレ様達は早く、ベルイットバレーに落ちた姐さんを助けなきゃならないんだ!」

「ベルイットバレー? ……谷か! クソッ」

「お、おい!? どこ行くんだよ!」


 急に駆け出したアイトを、ルークは呆然と見送った。

 すれ違う様にして隣の食堂から出て来たレミリアとマリアーナが、何事かとマリクル達に近付く。


「……何があった」

「アイト様はどこへ行ったんですの?」

「貴女方もフェリさんのお仲間ですか? 実は……」


 マリクルは今起きていることを焦りながら2人に話した。

 一通り聞き終えた後、レミリアは面倒臭そうに溜息を吐きながらルークを見る。


「合言葉は知らないが、闇ギルドなら私が連れて行ってやる。助かるとは思えんがな」

「マジで!? よっしゃ! はやく先輩に伝えないと!」

「急ぎましょう!」


 先に飛び出したアイトの事はとりあえず保留にして、一行は闇ギルドのある場所へと向かった。


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