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第35話 身投げしてはいけません


「よ、ようやく普通に倒せた……はぁ」


 首都ジーハスからもマリクルの家からも離れたとある森の中。

 フェリは足下に落ちている赤い宝石を見て、ホッと胸を撫で下ろした。

 この小さな宝石は、緑っぽい肌を持つ耳の尖った魔物――ゴブリンを倒した際に残る魔法石だ。

 ちなみにゴブリン自体は、倒されると同時に黒い霧と化して消えてしまっている。


「やったねフェリさん! もう魔術師として、かなり(サマ)になってきたんじゃないかな?」

「そうだと嬉しいです。でも、今までマリクルさんが手伝ってくれたおかげですよ」


 フェリは魔物の多いこの辺りでせっせと実戦経験を積んでいたが、素早いゴブリンにはいつも苦戦していたのだ。

 闇ギルドに行った次の日から毎日の様に重ねていた修行の成果が、ようやく実を結んだ瞬間だった。


「凄いのは大賢者様だよ。こんな戦い方があるなんて、僕では思いつきもしなかったからね」

「私もです。結界の魔術も、使い方次第なんですね」


 ラキアがフェリに教えたのは、結界と攻撃魔術を駆使した戦い方だった。

 威力が大きくて問題となるのは、必要以上の範囲にまで損害を与えてしまう事にある。

 その為ラキアは、「攻撃対象の範囲にのみ結界を張り、攻撃魔術を抑え込む」という方法を考えたのだ。


「魔力の変換速度が速いフェリさんだからこそ、出来る方法なんだけどね。僕も含めて大抵の魔術師は、これだけの速さで複数の魔術を使うことは出来ないから」

「素早い魔物を結界で捉えるなんて、誰もやろうとすら思わないでしょうけど……」


 結界に本気の魔力を込めさえすれば、攻撃魔術は普通に使っても充分に抑え込める。

 フェリはまずゴブリンを結界で囲み、その結界内に炎などの攻撃魔術を発生させて倒したのだ。

 結界と魔術の同時使用はフェリにとって造作もない事だったが、すばしっこいゴブリンを結界で捉えるのは思った以上に難しかった。


 最初の頃はゴブリンを囲む結界が大きすぎて、かなりの自然を破壊してしまったが……。

 修行と言う名の追いかけっこの末、フェリはついに最小限の範囲で敵を囲むことが出来るようになったのだった。


「ようやくここまで来たね。ゴブリン系を倒せたら、冒険者としては一人前だよ」

「はい!」


 マリクルの言葉に、フェリは嬉しそうに頬を緩ませる。

 修行中は出来るだけ色々なタイプの魔物と戦う様にしていたが、ゴブリン退治は目標の1つだった。

 強すぎる訳では無いが弱くも無い、いわば平均的な強さのゴブリンは、1人でもある程度戦えるという世間の目安なのだ。


「スゲーっス! やりましたね(あね)さん!」

「ルーク……(あね)さんはやめてって言ってるでしょ?」


 マリクルに見て貰いながら行う予定だったこの修行には、何故かもう1人見学者がいた。

 闇ギルドでフェリを襲った挙句に素晴らしい土下座を披露した、オレンジ頭の少年――ルークだ。


「先輩の女なら(あね)さんッスよ!」

「だから私はデュオの女って訳じゃ……」

「はい! まさか『深淵の魔手』の女があの『破滅の魔女』だったなんて……その節はすんませんっした!」

「あのことはもう良いんだけど……」


 ルークは()()深淵の魔手の女に手を出したと勘違いした結果、あれからずっとフェリの周りをウロついていた。

 本人が言うには「迷惑をかけたお詫び」らしいのだが、フェリはそれは口実に過ぎないと思っている。


「まさかデュオに追っかけがいるなんて思わなかったけど、私について回ってもデュオがいつ来るかはわからないわよ? またしばらく忙しいって言ってたし」

「お構いなく! 先輩がいない間、破滅の魔女の安全はオレ様が守るって決めたんス!」

「私が構うっての。……とりあえずその『破滅の魔女』ってのはやめなさいよ。違うんだから」

「ご謙遜を! (あね)さんの偉業はまだそこまで知られて無いッスもんね! 安心して下さい、オレ様がしっかり広めときました!」

「また!? やめてって何度も言ってるのに!」


 ルークは恐らくデュオに会いたくて張り付いているのだろうが、心なしかフェリを見る目にも尊敬の念が混じっている。

 しかも厄介な事に、ルークは行く先々で深淵の魔手とその女――破滅の魔女の名を広めているらしい。

 世界の中継地点とも言える商業大国ゲルトで広まった噂は、世界中に広まる……フェリとしては一刻も早くルークの口を封じたかった。


「照れる事無いッスよ。なんたってあの伝説の暗殺者、深淵の魔手の女なんスから。スゲーのは当然だってみんな言ってます!」

「だから違うっての! アンタはいつになったら私の話をちゃんと聞く気になるのよ!」

「深淵の魔手デュオ・ゾディアス……憧れるなぁ~」

「……はぁ」


 自分の世界に入ってしまったルークを見て、フェリは溜息を吐いた。

 このやり取りは毎日の様に行っているが、結局はフェリが諦めて終わる。

 ルークの中で『深淵の魔手』は絶対であり、フェリがその女であると言う構図が完全に出来上がっているのだ。

 フェリは心外な二つ名と共に、深淵の魔手の女としての外堀が徐々に埋められつつあるのを感じた。


「フェリさん、そろそろ場所を移そうか。ここは風が強いからね」

「あ、はいマリクルさん。……それにしても本当に凄い所ですね」


 マリクルの言葉に頷いた後、フェリはすぐ横に広がる巨大な渓谷を見た。

 常闇の渓谷ベルイットバレー……今いる森は、この谷のすぐそばに広がっていたのだ。

 底の見えない谷の中には常に強い風が吹き荒れており、フェリ達のいる上の方も少なからずその影響を受けている。

 谷の上にいる分には少し風が強い程度だが、たまに小さな突風が吹き上がってくるので慣れていない者には危険な場所だ。


「私、こんな大きな谷は初めて見ました。ゲルトの有名な観光名所ですよね」

「普段はそうだけど、今の時期は風が強いからあまり近づかない方が良いね」

「わかりました。ルーク、ローブ持っててくれてありがと」

「お安いご用ッスよ! ……わ!?」


 ルークがフェリにローブを手渡そうとしたその時、谷から突風が吹き上げてきた。

 人間が吹き飛ばされる程では無いが、巻き上げられたローブの隙間からいくつかの荷物が落ちてしまう。


「わわわ!? すみません!」

「いいから、早く拾いましょ。吹き飛ばされちゃう!」

「僕も手伝うよ」

「あれ? (あね)さん、これなんスか?」


 落とした物を拾い集めていると、ルークが不思議そうな顔で屈み込んだ。

 その足元には、デュオに借りた神器のナイフが転がっている。


「ああそれ……伝説の神器らしいわ。デュオが抜いたんだけど」

「深淵の魔手の神器!? す、スゲー!」


 感激した様子で、ルークがナイフを拾い上げようとした。

 しかし当然ながら、神器は選ばれた者にしか持つことが出来ない。

 指先で拾おうとしたルークはやがて手で、両手で握り直し、次第に力を込めて引っ張り始めた。


「ぐ……ぐぐぐぐぐぐ~」

「無理よ。デュオと私しか持てないんだから」

「も、もうちょっと試させ……うわ!?」

「ルーク!」


 ナイフから指先がツルリと滑り、手を放した勢いでルークがふらつく。

 背後には、大きな口を開けた巨大な渓谷――フェリは咄嗟に駆け寄った。


「危な――!」

「ビビった~。落ちるかと思った」

「……へ?」


 ルークを掴もうと伸ばした手が、すり抜ける――。

 素早く体の向きを変えて事なきを得たルークの姿が、フェリの視界の端へと消えていく。


「う、ウソ……きゃああーー!?」

「ん? わああああ!? 姐さんが!!」


 谷の上へと手を伸ばすフェリの手と、必死に伸ばされたルークの手が、交わること無く離れていく。

 一瞬にしてフェリの姿は、一寸先の闇の中へと飲み込まれてしまった。


「フェリさん!? そんな……!」

(あね)さん! (あね)さーーん!!」


 2人の叫びは、谷間を吹き荒れる風の音によってかき消された。

 マリクルは絶望した様に膝から崩れ落ちる。大渓谷に落ちて、助かった者など聞いた事が無い。


「そ、そんな……フェリさんが死……」

「ギルドだ」

「え……?」

「オレ様をギルドへ連れてけ!」

「ギルド……な、なるほど。助けを呼ぶんだね! 急ごう!」


 ダメかもしれない等と、口にしている時間は無い。

 マリクルを先頭に、2人は首都ジーハスへと駆け出した。


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