第34話 戦う為の選択
碧晶の洞窟で魔剣士レミリアと出会ってから1週間。
アイトとマリアーナは、毎日の様に正規ギルドへ通い詰めていた。
普段どこにいるのかわからない彼女と話すには、この場所で張っているより他に無かったからだ。
「お願いします! 弟子にして下さい!」
「お願いしますわ!」
アイト達が集めた情報によると、レミリアは商業大国ゲルトではかなり名の知れた剣士らしい。
戦い方を教わるならもはや彼女しかいないと、アイト達はずっとこうして頼み込んでいるのだ。
「断る」
しかし、レミリアの返事はずっと変わらない。心なしか、アイト達を見る周囲の視線も冷ややかだ。
この所あちこちで怪しい布教活動をしていた2人組が、ついに魔剣士にまで目をつけたのかと、巷では専らの噂だった。
「お願いします! 師と仰げるのは、貴女をおいて他にいない!」
「授業料が必要なら、ちゃんと払いますわ!」
「愚か者が。金の問題ではない」
依頼掲示板を眺めていたレミリアが振り返り、頭の後ろで高く結ばれた髪が大きく揺れた。
アイトがフェリに似ていると思ったその銀髪は、フェリの様に波打っていない真っ直ぐな質をしている。
キリッとした目と引き結ばれた口元は怜悧な雰囲気を醸し出しており、アイト達には無い風格といったものが感じられた。
「何度も言っているだろう。貴様らには強くなろうという意志が無い」
「何故ですか! 私はこのマリアーナを……フェリやリサを守らなくてはならないんです!」
「守る者がいる割には、助ける前に見た貴様の戦いには覇気が足りなかったが?」
「そんなハズありません! 私はちゃんと……!」
「無謀な突撃を繰り返し、そのくせ剣を振る時やけに及び腰だ。……貴様、頭を守っているだろう」
「う!?」
レミリアの言葉に、アイトの勢いが止まった。
バレた? 何故――そんな考えがグルグルと脳内を支配する。
しかしレミリアが言いたいのは、そう言う事では無いらしい。
「頭を狙われるのが怖いなら、何故兜をつけない」
「しかし……兜はその……」
「ふん。大方カッコ悪いなどと言うくだらない理由だろう。そんな死にたがりに戦い方を教えるほど、私は暇ではない」
「…………」
「次に、そこの娘」
「わ、わたくしが何か? 言っておきますが、ドレス姿は止めませんわよ!」
黙り込んでいるアイトを氷の様な青い瞳で睨んだ後、レミリアはマリアーナに視線を移した。
何を言われるのかビクビクしていたマリアーナだったが、予想に反してレミリアの目は、アイトに向けていたものより幾分穏やかだ。
「見込みはあるが、剣士には向いていない。……というより、剣が好きではない、か?」
「! わ、わかるんですの……?」
「さぁな。別に興味がある訳では無い」
「…………」
レミリアの言葉が的を射ていたのか、マリアーナが黙り込む。
ドレスのスカートを握りしめながら深刻な表情で俯く様子に、レミリアは言葉を続けた。
「振り下ろす力強さを見るに、恐らく素振りだけは繰り返しているのだろう。努力は買う。……本当にやる気があるなら、お前には別の戦い方を教えてやろう」
「なっ……!」
レミリアの言葉に、今度はアイトがショックを受けた。
自分だってこれまで、それなりの努力をしてきたはずだ。
しかしマリアーナは認められ、自分は認められなかった……その理由は何か。
(全ては……私の心が弱いせいだ……!)
アイトは拳を握りしめ、悔しさに唇を噛み締める。
達人にさえ師事すれば強くなれると思っていたが、レミリアに言われるまで自分の弱点に気付かなかった。
使命だなんだと言いつつ、確かにいつも不安で、気になっていた――最も守りたかったものが、自分を弱くしていたのだ。
「…………」
「…………」
「……ふん」
黙り込む2人を見て、レミリアはまた掲示板へと視線を移した。これ以上、2人に何かを言うつもりは無い。
マリアーナには教えても良いとは言ったが、レミリアにとっては2人共諦めてくれるに越したことはないのだ。
「っ……!」
「あ、アイト様!」
アイトは何も言わず、その場から走り去った。
正規ギルドの入り口を飛び出して行くのを見て、マリアーナも後を追う。
レミリアは目で追いもしなかったが、その様子を遠巻きに見ていた冒険者が数人、自分に近付いて来るのに気付いた。
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「頼む! この店の最高の兜を売ってくれ!!」
「か、兜……ですかな?」
ギルドを飛び出したアイトとマリアーナは、ギルドの斜め向かいにある装備屋へと真っ直ぐ駆け込んだ。
カウンターに身を乗り出すアイトの剣幕に店主が怯えているのを見て、何人かの客がそそくさと店を出て行ってしまう。
「兜でしたら、そちらに並んで……」
「わかった! あれだな!」
店主の言葉を聞くが早いか、アイトはものすごい勢いで兜の棚へと走り去った。
指し示していた腕をガックリと落とした老齢の店主は、次におずおずとマリアーナへ向き直る。
「他に、何かお探しですかな?」
「いえ、わたくしは別に……」
「おや? それは……!」
マリアーナの持っている青銅の剣を見た店主の目が、驚いた様に見開かれた。
先程のアイトと同じ様に身を乗り出して来た店主に、今度はマリアーナがたじろいでしまう。
「な、なんなんですの?」
「この剣、もしや『双星』ですかな?」
「え……ええ、そうですわ。我が家に伝わる家宝なんですの」
「おお、やはりそうでしたか。いやいや、長生きはするものですなぁ」
マリアーナの持つ青銅の剣は、一族に代々伝わる名品中の名品だった。
こうして食い入るように見つめる武器商人がいるのだから、その知名度は明白だ。
しかし先程レミリアに言われた通り、マリアーナはこの剣があまり好きでは無かった。
「でもわたくし、剣士には向いていないそうなんですの。……わたくしも、斬るのはあまり好きではないのですわ」
「斬るのが苦手なお客様は、結構いらっしゃいますよ。そういう方には棍や棒などをお勧めしておりますが、その剣以上の品となるとなかなか……」
「この剣を捨てるつもりはありませんわ。でも魔剣士という方に別の戦い方を教えてやると言われて、迷ってますの」
「ほほう、魔剣士レミリア殿ですか。当店にもよくいらっしゃいます。武器を変えろと言われたのですか?」
「いいえ。やる気があるならと言われただけですわ」
「ふむ……でしたら、そのままで良いかもしれませんな」
「え? なぜ……」
「決めた! これにするぞ!」
マリアーナが店主に言葉の意味を聞こうとしたその時、歓声に近い声が響いた。
店内の一角で、アイトが兜を高らかに掲げている。それを見た店主はマリアーナに会釈し、アイトの下へ向かった。
(武器は変えずに、別の戦い方を……そんなことが出来るんですの?)
「マリアーナ! 行くぞ!」
「え? あ、お待ちくださいアイト様!」
会計を終えたアイトが飛び出して行くのに気付き、マリアーナは迷いつつも装備屋を後にした。
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「レミリアさん、良いんですかい?」
「どうでも良い。諦めるならそこまでだ」
「しっかし図々しいヤツらだなぁ。魔剣士レミリアに剣を教えろだなんて」
「その二つ名はよせ。好かん」
「あ、いや……すみません」
しばらく掲示板を眺めていたレミリアは、依頼表を一枚取るとギルドの窓口へ向かった。
相変わらず長蛇の列なので最後尾に並んだが、すぐに前の者達が順番を譲り始める。
「あ、レミリアさん! どうぞお先に!」
「いらん。普通に並べ」
「レミリアさんが受ける依頼は高ランクばかりですから! 俺達より優先ッスよ!」
「俺も後回しで良いです!」
「私も!」
そうこうしている内に、レミリアが並んでいた窓口には一本の道が出来ていた。
こうなってしまっては、今更拒んでも仕方ない――レミリアは溜息を吐きながら窓口へ向かう。
(……懐かしい名前を聞いたな)
先程アイトが守らねばと言っていた中に、少しだけ心を揺らされた名前があった。
いつも自分の心に引っかかっている――かつて見捨てた者の名前が。
≪行かないで……≫
何の変哲も無い、どこにでもある普通の名前だ。
だが時折それを耳にする度、レミリアは思い出さずにはいられない。
どうして自分はあの時、あの子を守ろうとしなかったのかと……。
「おいアレ、さっきのヤツらじゃないか?」
「ん……?」
先程話していた冒険者達が小さく騒ぐのが聞こえ、レミリアはふと振り返る。
ギルドの入り口に立つ、2つの人影――しっかりとした足取りで自分に近付く青年を見て、レミリアは目をみはった。
「これで、頭を気にせず戦えます!」
目の前でそう言い放ったのは、鎧と同じ白銀の兜を被ったアイトだった。
その瞳に宿る新たな決意を読み取ったレミリアが、少しだけ呆れたように息を吐く。
「結局こうなるのか……いいだろう、教えてやる」
「はい! ありがとうございます!」
「それで、そっちのお前は?」
「わ、わたくしは……」
先程とは打って変わって厳しい目を向けたレミリアに、マリアーナは少しだけ怯んだ。
しかしそれも一瞬の事で、アイトと同じく意を決したようにレミリアの目を見据えて宣言する。
「……わたくし、武器は変えませんわ。ですがそれでも良いなら、別の戦い方を教えて下さい!」
「言っておくが、私の修行は厳しいぞ」
「望む所ですわ!」
アイトは毛根の衛生面より、使命を選んだ。
そしてマリアーナもまた、新たな可能性に賭ける事を選んだのだった。




