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  (八)魔女の姉妹

 こちらが意図を追及する前に、ルルが訊ねた。

「兄さんは、父さんのこと、覚えてる?」

「ほとんど覚えてないよ」

 どこにでもいる、普通の男だった。とびっきり悪くもなければ良くもない。これといった思い出があるわけでもない。ルルが生まれてすぐに母の――家族の元を去った。

 記憶に留めておくにはジキルは幼過ぎた。顔もおぼろげ、ともすれば名前すら忘れそうになる。かろうじて覚えているのは、母になじられる父の後ろ姿だった。

 背丈が母と変わらなかったことから、小柄だったのだろう。細く頼りない背中。それがジキルの唯一ともいうべき父の記憶だった。

「生きてるか死んでるかも今はもうわからない。父さんに会いたいのか?」

 否定するかと思いきや、ルルは頷いた。

「ええ、まあそんなところね」

「家に戻れば母さんの日記があるぞ。父さんのことを知りたいなら読んでみたらどうだ」

「読んだ兄さんがその様子だと、大したことは書かれてないんでしょう」

 正解。大半が悪口だった。

「とにかく、しばらくは戻らないから。兄さんはレムラで鹿でも獲ってなさいな」

 そこで「はい。レムラに戻ります」と引き下がるくらいなら、最初からルルを追いかけたりはしない。

 無言の意思を感じ取ったのか、ルルは笑みを引っ込めた。意味ありげに部外者の二人に視線をやる。

「外で話しましょう」

 ベッドから腰をあげるなり、さっさとドアへと向かう。ジキルが断るなんて思ってもいないのだろう。事実、ジキルはキリアンに後を任せて外に出た。岩の陰で見えなくなりかけていたルルの背中を慌てて追う。

 岩の脇を曲がった途端、視界が反転。目の前には酷薄な笑みを浮かべるルルの顔。数拍してようやく、ジキルは自分がルルに押し倒されたということを理解した。

「おめでたい人」ルルはジキルの喉元に短剣を突きつけた「私が兄さんにだけは危害を加えないと本気で思っているの?」

「うん」

 即答すれば、ルルの顔に苛立ちが浮かぶ。

「あら、そう。でも残念ね。私は殺せるわよ」

「そうだろうね。私よりあんたの方が強いから」

「わかっているなら、どうしてのこのこついてくるのよ。馬鹿じゃないの」

 できるかどうかということではなく、やるかやらないかの問題だからだ。そしてルルは「殺らない」とジキルは知っていた。

 根拠ならいくつでも挙げられる。十二年も共に生きてきたのだ。ジキルがそうであるように、ルルもまたジキルのことを熟知している。

 魔術の才では両者に差はほとんどないのに、実力においては埋めようがない程の差がある理由。そして、ジキルを短剣で刺すことがどれだけ危険を伴うことかも。

 ルルに殺意はなかった。仮に本当にジキルが邪魔ならば、もっと簡単に排除する手段がある。

「『兄さん』って呼んでくれたから」

 再会した時から頑なに、二人きりの時だろうと用心に用心を重ねて。ルルはジキルも魔女であることを隠してくれた。

 法が成立されているとはいえ、魔女であるだけで離縁されても当然の世の中だ。ましてやレティス王家は魔神を打ち倒した英雄の子孫。魔女だと知られた時点でジキルは王を欺いた罪で処刑されてもおかしくはない。

「それだけ?」

「俺にとっては命にかかわることだからね。ありがとう」

 ルルはそれで完全に勢いが削がれてしまったようだ。短剣を引っ込めて、ジキルの上からどいた。

「なんか……ものすごく疲れたわ」

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