(五)柔和な猟師
クレオン宛に伝言を残してジキルとサディアスは、町の西へと向かった。街道からも外れた場所に森が広がり、その奥には山がそびえている。腕さえあれば、猟の得物には困らない豊かな森だった。
その森を少し入った、泉の湧き出る岩場のそばに小屋があった。大きな岩に遮られて傍目には見つからないようになっている。そういう場所を選んで建てたことをジキルは知っていた。
〈仮小屋〉と当人達は呼んでいる。名前に反してベッドもカマドも整えられており、普通に生活するにはなんの支障もない。それでも「仮」が付く。
無防備に泉に近寄ろうとしたサディアスを制して、ジキルは木の枝に括り付けられている牙を揺らした。牙同士がぶつかり、乾いた音が鳴る。これが合図だ。
「遅かったね」
後ろから声。サディアスは弾かれたように振り向いた。背後を取られるなどという不覚は、そうそうあるものではない。
とはいえ、事情を知っているジキルに言わせれば、気配を読み取ろうとすること自体無理がある。相手は何年もこの森に住み着いている猟師だ。下手をすれば獣よりもこの森に精通している。
「仕方ないだろ。思っていたよりも大事になってしまったんだ」
「責めているわけじゃないんだ」茂みからひょっこり顔を出した青年は柔和な笑みを浮かべていた「ただ心配してた。僕も『彼女』も」
ジキルよりも背は高いが細っこい身体。端整な顔立ちに全体的に色素が薄いのが相まってエルフ〈妖精族〉に見間違うこともしばしば。矢筒を背負った青年は、空いた手で右目にかかる銀髪を払った。
「紹介するよ、サディアス。彼がキリアン。狼猟師だ」
「よろしく」
差し出された手に応じようとしたサディアスが、キリアンの顔を見て固まった。
「……ジキル、説明していなかったのかい?」
「ごめん。忘れてた」
冗談抜きで、本当に忘れていたのだ。元々、サディアスに会わせるつもりもなかった。町に出るときは眼帯で隠しているし、普通の人間と遜色ない生活を送っているキリアンだから、ジキルもつい失念してしまったのだ。キリアンは軽く頭を下げた。
「驚かせてごめん」
「キリアンは右目が不自由なんだ」
「病、か?」
答えにくい質問だった。病ではないことは確かだが。
「いや、事故……」
言いつつ、ジキルはキリアンの顔色を伺った。
顔立ちが整っているだけに右目の醜い傷は一層目立つ。事故というのも適当ではなった。かといって生まれつき右目が不自由だったわけでもない。
「赤子の時に右目を潰されたんだ」
拍子抜けするくらいあっさりとキリアンが告白した。サディアスは小さく息を呑んだ。
「大したものはないけど、ここで立ち話もなんだし、お茶でもどうかな? ちょうど来客があってね」
「いいのか? 先客がいるなら――」
「気遣う必要はないよ。どうぞ」
キリアンはそそくさと小屋に引っ込んだ。その後ろ姿を見送る格好となったサディアスが、ジキルに訊ねる。
「魔獣に襲われたのか?」
「今、言った通りだよ。それ以上、俺の口からは……悪いけど本人に訊いてくれ」
決して意地悪で言っているわけではない。サディアスを促して、小屋に入る。
中に足を踏み入れた瞬間、ジキルは納得した。キリアンが拒まなかった理由を。
小屋の中は暖められていた。カマドでは鍋が掛けられ、お湯を沸かしている。家具は二つ並んだベッドと、テーブルとイスが二つ。大半はここで寝泊まりしているだけあって、生活に必要なものはあらかた揃っていた。
一目で見渡せるほどの小さな小屋の隅。ベッドの一つに我が物顔で腰かけていた少女は、ジキルの姿を認めると不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「こんにちは、お兄様」
挨拶とは裏腹に威圧感のある声音。金髪を白いリボンで結わえた少女――ルルは金目を猫のように細めた。
「まさかあいつを仕留め損ねるとは思わなかったわ。期待外れもいいところね」




