十章(一)離別を決めた婚約者
昔から、決めた後の行動は早かった。
三兄妹の長子という立場上、最終決定を下すことが多いせいか。それとも一瞬にして母とそれまでの生活すべてが奪われた経験のせいか—―いずれにせよ、めぐってきた時を逃すと取り返しがつかないことをジキルは知っていた。
「寄りたい場所があるんだ」
と、クレオンに言ったのは、いよいよ明日は王都への帰路につく、その時だった。
ブレイク伯爵の件は片付いた。くだんの大橋を通れば三日もかからずに王都へ帰ることができるが、爆破予告という物騒な脅迫があった以上、行きと同様に迂回して帰る予定だった。
「レムラは無理だ。遠すぎる」
「わかってるよ」
裏を返せば、遠くなければ寄ってもいいということだ。パーセンに来る前の、婚約したばかりの頃とは比べものにならないくらい自由だった。それだけ信頼されているのだと考えると、これから自分がやろうとすることが薄情に思えてくる。
小さな罪悪感を押しのけてジキルは努めて軽く言った。
「お礼がてら報告をしたいんだ。帰り道の途中だし、一日余裕を見てくれれば十分だ」
「……礼、だと?」
「ほら、あの猪肉」
それだけで思い出したのだろう。ああ、とクレオンは声を漏らした。
ジキルがブレイク伯爵に献上した猪肉は、余所で調達したものだ。事情を知っている相手なので、タダ同然で貰っている。可能であれば帰りに寄るとも伝えていた。
「しばらく会えなくなるだろうから、古い友人に挨拶しておきたい」
クレオンは考える素振りを見せた後、念を押すように確認した。
「本当に挨拶だけなんだな?」
「お茶の一杯くらいは出してくれるだろうけど、そんなに長居するつもりはないよ」
それでも懐疑的な眼差しを向けるクレオンに、ジキルは苦笑いを禁じえなかった。無理もないことだ。自分には前科がある。
「今回は大丈夫だ。ルルはもうパーセンを離れたようだし『暁の魔女』とかも一切関係なし。普通に、ごく自然に、世話になった人に礼を言っておきたいだけだ」
両手を広げて無実を主張すれば、クレオンはため息と一緒に「わかった」と了承した。
「だが、一日が限度だ。ただでさえ予定よりも遅れているからな」
「うん」
「魔女がいようが魔獣が暴れていようが竜が吼えていようが、一日で離れるからな」
「無理を言って悪いな」
「まったくだ。王都に戻ったら一ヶ月は謹慎させるからそのつもりでいろ」
想像するだに恐ろしい宣告だったが、あれだけのことをしでかした割には破格の好待遇であることはジキルとて理解している。
「ありがとう」
(ごめんな、クレオン)
礼を口にしつつもジキルは心の中で詫びた。クレオンの信頼と厚意をいいことに、自分は我を通そうとしている。裏切り行為だと誹られても仕方はなかった。
ルルのせいにするつもりはない。男と偽ると決めた時点でこうなることは覚悟していた。だから今更迷うこともない。
(俺は、王都へは帰れない)
わずかに痛む胸は、寂しさのせいだと結論付けて、捨て置いた。




