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  (五)集う役者たち

「何故、貴様がここにいる?」

 仮にも王女の婚約者に対する口の利き方ではなかったが、気にならなかった。これが、ブレイク伯爵の本性なのだ。

「ブレイク伯爵にいくつか申し上げたいことがありまして」

 ジキルは懐から真紅の封筒を取り出した。

「わざわざ他人の名を騙って手紙を送らなくても、呼んでいただければ私は参りますよ」

 筆跡も署名も完璧。だが、差出人がルルだったのなら絶対にしないことをブレイク伯爵はやってしまった。

(ルルは俺に赤い封筒を送りつけたりはしない)

 三年の間に多少は変わっていたが、ルルは優しいままだった。素っ気ない態度を取る反面で、ジキルを気遣っている。

 もっとも、この男にはそんなことは想像すらできないだろうが。

「一体何のことを言っている」

 無言でジキルは椅子から立ち上がった。ブレイク伯爵が数歩後ずさる。ジキルを警戒している――何かされる覚えがあるということだ。

「単純なことです。『人気のない場所で話がしたい』とお手紙をいただいたので出向いた次第です」

「ぶ、無礼だぞ、平民風情が」

 ならば何故人を呼ばない。ジキルは失笑した。呼べるわけがない。あの手紙の指示通り廃屋に足を運んでいたのなら、さて今ごろどうなっていたことやら。

「口封じ、ですか?」

「正当防衛だ!」噛み付くようにブレイク伯爵は反論した「貴様らは私を殺そうとしていただろう!」

 居直った伯爵が吐いたのは、非常に身勝手な理屈だった。最初に手を出したのは他ならぬブレイク伯爵自身。他人を踏み躙ったのならば自分が踏み躙られることも覚悟しておくべきた。

「まあ、殺意に関して否定はしませんがね」

 他の六人を殺したことに関しても同じ理由を持ち出すのだろう。容易に想像できてジキルは笑い出したくなった。

「どうして余計なことをされたのですか? 私やルルがいくら訴えようが五年前のことは他に証言者がいなければ立証できなかったのに」

 その証言者もブレイク伯爵によって次々と消されている。よしんば生き残っていたとしても協力は期待できない者達ばかりだ。たとえば、そう、ブレイク伯爵夫人とか。

「余計な画策をされたせいで自ら墓穴を掘った」

「どういう意味だ」

 返答の代わりにジキルは封蝋用の印を取り出した。ブレイク伯爵に机の引き出しにあったものだ。無論、鍵が掛かっていたが、解錠の魔法を用いれば造作もない。

「便箋もいくつか拝借いたしました。宛先はヴィオレッタ=ブレイク。内容は伯爵が私に宛てたものとほぼ同じものです」

「私の名を騙って、妻を呼び出したのか……!?」

「ええ」少し考えてから、ジキルは付け足した「今から急いで向かえば、もしかしたら間に合うかもしれませんよ」

 だというのにブレイク伯爵は動こうとしなかった。顔色一つ変えやしない。むしろ余裕を取り戻している。いくら冷酷な伯爵でも奇妙なことだった。資産家の娘であるヴィオレッタは、ブレイク伯爵にとって金ヅルだ。そして伯爵の無実を主張してくれる貴重な証言者でもある。

「外は暗い上に、目立たないよう変装していくように書いてます。私と間違えられて襲われる可能性は高い」

 不安を煽る台詞を吐きつつも、内心ではジキルは苛立っていた。焦る素振りも見せない伯爵に――いや、苛立ちとは違う。かつてない高揚感だ。復讐相手はこうでなくては面白くない。妻を人質に取られて折れるような善人ではつまらない。

 ルルの言ったことは当たっている。ジキルは偽善者だ。ブレイク伯爵を助けながら、どうやってこいつを苦しめられるか考えていた。先ほどの指摘も的を得ている。ブレイク伯爵がこんな人間であることをジキルは喜んでいる。

 そうでなければ、自分はこの場にいるはずがない。こんな姑息な策を考え、実行できるはずがなかった。

 ブレイク伯爵はいやらしい笑みと共にあご髭をしごいた。

「私が妻のために自白するとでも? たかが女一人を助けるために、五年前のことを涙して懺悔すると、本気で思っているのか?」

「でも、経済面で支える妻であり、あなたに優位な証言をしてくれる唯一の方では? 失うのは痛手のはず」

 ブレイク伯爵は鼻で笑った。

「商会は既に私が運営している。妻がいなくなれば名実ともにブレイク家の商会になるだろう。取り調べも終わった今、ボロを出す前に口封じをしておいた方が得策だ。残念だったな。奴を殺されても私は露ほども痛くはない。それに伯爵夫人ともあろう者が何故深夜に供もなく廃屋なんぞに足を運んだのか――手紙の出処を探らせれば、犯人は自ずと判明するだろう」

 ブレイク伯爵は目を眇めた。舐めるような眼差しは狡猾な蛇を彷彿とさせる。

 伯爵の指摘通りだ。ブレイク伯爵の名を騙った手紙を送ったのはジキル。封蝋や便箋、筆跡にいくら注意を払おうとも、本格的に調査すればすぐに出処は発覚する。

 相手を追い込んだつもりで、実のところは自分を追い込んでしまった、ということらしい。ジキルとヴィオレッタ、真実を知る者二人を抹殺することができれば、伯爵の地位はより安泰となる。相変わらずブレイク伯爵は狡猾だった。

「奥様もいずれは殺すつもりだったと?」

 ジキルは訊いた。最終通告に似た確認だった。それとは知らずに邪智に満ちた顔が嘲笑う。

「貴様には礼を言わねばならんな。邪魔なヴィオレッタを消すために奔走してくれたのだから」

 ジキルは嗚呼とため息をついた。心の底から吐いたため息だった。

 込められたのは悲嘆であり、憎悪であり、歓喜。正直に吐露すれば、ジキルは嬉しかった。ブレイク伯爵が全く変わっていないことが。改心でもされていたら、振り上げた拳はどこに下ろせばいい。

 清々しいまでの利己主義者でよかった。どこまでも救いようのない屑でいてくれて、本当に、もう。ジキルは嗤った。

 ――本当に、ありがとう。

「何がおかしい」

「強いて言えば、何もかもが」

 笑わずにはいられなかった。こんなに矮小で、俗物な男に復讐するために必死になっていた妹を思うと。

 考えていた通りだった。この男は、殺すにすら価しない。

「あなたは今、自分の死刑宣告書に署名したんだ」

 取り調べも裁判も必要ない。だって母の時は裁判なんかなかった。引っ立てられて拷問の後に火炙りだ。母と同じ目に遭わせればいい。自分達が受けたのと同じ仕打ちをしてやる。

「お聞きになりましたか。これが、私が用意した証拠です」

 ジキルは密談にはおよそ相応しくない大きな声で取引相手の名を呼んだ。

「ヴィオレッタ=ブレイク伯爵夫人」


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