(三)どこまでも姉妹
そして今、当の兄ではなく、兄のそばにいる自分を呼び出した。捕まるかもしれないリスクを冒してまで、だ。ルルの考えをクレオンは、はかりかねた。
「興味を持ったの」クレオンの内心を見透かしたようにルルは言った。「十六年間息を潜め、一時は死んだとさえ噂されていた『呪われ姫』が、オルブライトの生贄を機に人前に姿をあらわすようになった。何かがあったのだと考えるのが普通ではなくて?」
「僕に訊かれても返答しかねる。本人に訊いたらどうだ」
「そうね。取り次いでくださる?」
冗談だとはいえ、臆面もなくそんなことを頼める豪胆さに、クレオンは呆れると同時に感心した。図々しさは兄以上だ。
「もちろん、タダでとは言わないわ。ジキル=マクレティのことで重要なことを教えてあげる」
「重要なこと?」
「その様子だと、たぶん知らないのでしょうね。私にとっては大したことじゃないけど、貴族のお偉方様にしてみれば結構大事」
抽象的でどういう類のものかも推察できない。にもかかわらず、ルルの眼差しはこの場での返答を要求していた。クレオンは息を一つ吐いた。考えるまでもなかった。
「どうかしら?」
「論外だ。断る」
相手への不信感もさることながら、一般人の秘密が国家機密に相当するとは思えなかった。
「おまえ、何か勘違いしていないか? 僕とあいつは立場上仕方なく行動を共にしているだけで、仲良くもなんともない」
「兄はそう思ってないみたいだけど?」
「迷惑だ。僕はあいつを見ていると不愉快で仕方ない」
「本人が聞いたら悲しむでしょうね。あなたとは友人だと思い込んでいるから。まあそれは私にしても同じことだけど。あの人は兄妹だからって勝手に仲が良いつもりでいる。まったくもって迷惑だわ」
「ほう、意外だな。コートを贈ったりと仲が良いと聞いていたが」
「おめでたい人」ルルの口元が歪む。意地の悪い嘲笑だった「あれはロイスが買ったものなのよ。私はただコート選びに付き合っただけ。銅貨一枚も出しちゃいないわ。なのに今でも後生大事に着ちゃってまあ、みっともないったらない」
クレオンは眉を顰めた。森の中でも、王城に戻った後も、王都でコートを購入した時も、みっともないとジキルに向かって吐いた。ルルは同じことを言っているだけなのに、不快感を抱いた自分が不思議だった。
肯定も否定もしないクレオンに何を思ったのか、ルルは沈黙した。拗ねたような、どことなくバツの悪い表情。短く息を吐いてルルは独り言のように呟いた。
「……母のコートの代わりよ」
クレオンが口を開く前に、ルルは勢い込んで続けた。
「ねえ信じられる? あいつ母さんのコートを売り払ったのよ。たかだか数日分の食糧のために」
ジキルならばやるだろう。妹に比べたら短い付き合いだが、クレオンでさえも想像できた。物に対する執着心が薄いわけではない。ただ、優先順位を違えない。素直な性格なのに、長子として判断を迫られた時には決して感情に流されない。でなければ、母親の仇を目の前にしてああまで冷静にいられるはずがなかった。
ルルは懐から銀貨を取り出してテーブルに置いた。
「馬鹿なのよ。昔から」
クレオンは沈黙を貫いたが、内心では同感だった。単純で馬鹿な田舎者のくせに無理をするから、妹を――周りを苛立たせるんだ。そのことに気づかないからジキルは「馬鹿」なのだ。
会話の終了を示すように立ち上がったルルに、クレオンは丁寧に包装された菓子の袋を差し出した。
「クッキー?」
「あいつから言付かった」
胡桃が好きなんだ、とジキルは言っていた。今でも変わりないと信じて疑っていない様子だった。
「子供じゃあるまいし。本当に馬鹿」
ルルが呆れるのも当然だ。クレオンとてくだらないと思った。相手はもう菓子で喜ぶほど幼くもなければ、ひもじくもない。
「兄に伝えておいてくださる?」
ひったくるようにしてルルはクッキーの袋を取った。
「『余計な邪魔をしないでレムラに引っ込んでなさい。全部片が付いたら勝手に帰るから』」




