九章(一)手紙をしたためる姉
パーセンの町は今日も平和だった。
式典は中止。暗殺未遂に人質と共に籠城と事件が起きたものの、大橋は結局、無事だった。実害も影響もなければ、貴族がいくら大騒ぎしようと一般人には関係のないことだ。せいぜいが井戸端会議の話題にのぼる程度で「まあ物騒ね」の一言で終わる。
一言で終わらないのが当のブレイク伯爵家だ。面目は丸潰れ。すべてを『暁の魔女』のせいにしようとも肝心の証拠がない。証人となりうるのは部外者であるクレオンとジキルの二人だけ――というわけで、後処理やら事後報告やら取り調べやらで、当初の予定よりも長くパーセンに滞在する羽目になったのだった。
ジキルが騒動の原因である妹からの手紙を受け取ったのは、面倒な取り調べが終わって、王都へ帰る目途がついた、そんな時だった。
「俺宛てに、ねえ……」
ジキルは、レオノーレから受け取った封筒をしげしげと眺めた。燃えるような緋色の上品な色合い。念入りに封蝋で封もされている。田舎娘にはとても用意できない豪奢なものだった。秘密結社はよほど儲かっているようだ。
もっとも『暁の魔女』の資金源に心当たりがないわけでもなかった。
騒動の真っ最中にブレイク伯爵夫妻が消えたのは命が惜しいから、だけではなかったのだ。追跡したクレオンの話によれば、伯爵は慌てて地下の宝物庫に向かったらしい。しかし、駆け付けて時すでに、めぼしい値打ち品は奪われていたという。
ルルの言う真の目的とは、ブレイク伯爵家の財産――それはそれで、なんだかみみっちい話だ。ジキルが考えるに、宝物庫に隠されていた魔導石こそが狙いだったのだろう。反発作用が発生するため、魔女は自分の魔導石以外を使うことはできない。が、『暁の魔女』は魔導石を、使うためではなく魔女への対抗力となる魔剣の開発・製造を阻止すべく、回収しているともっぱらの噂だ。
目的の魔導石は手に入れた。憎きブレイク伯爵は厳重な警備の元取り調べ中。そんな状況でルルが自分宛てにお手紙。理由がわからなかったが、ジキルは封を切って、手紙を読んだ。
内容は至って単純だった。話したいことがあるので人目につかない場所に来てほしい。
ジキルは手紙を放り投げた。さあ困ったことになった。額に手を当てて「あー」だの「うー」だの意味を成さないうめき声をあげる。せっかく見逃してやったのにそうきたか。
(どこまでも救いようのない奴)
腰に差している魔剣ノエルの嘲笑う声が聞こえたような気がした。




