(九)説教する姉
苦々しげに、憎々しげに。激しい糾弾はともすれば悲鳴のようにも聞こえた。
「そりゃあ、困りますものね? 妹が魔女じゃ、いつ自分のことまでバレてしまうか、わかったものじゃないもの。いっそこんな妹、いない方がマシでしょうね!」
「ルル、いい加減にしろっ!」
冷静さ、兄としての体面。あらゆるものをかなぐり捨てて、ジキルは一喝した。
「自己満足を求めた末におっ死んで、あんたはそれでいいかもしれない。でも大事なことを忘れてやしないか?」
豹変した兄もとい姉に目を丸くするルル。激情に任せてジキルはルルに歩み寄り、その胸ぐらを掴んだ。
「母さんはあんたに何て言った。自分の恨みを晴らせって? 村の連中を呪って、伯爵とそれに加担した連中を皆殺しにしろって? 好き勝手に、思うままに生きろって? 違うだろ。自分の命と引き換えに助けた命なんだから、それに相応しい生き方をしろと言ったんだ」
最期に母が何を言っていたのか。ジキルは全てを覚えていない。ロイスもそうだろう。もちろんルルも。それくらい色々とレナは話し続けたからだ。
ジキルには、長女なのだから弟と妹を大切にしろ。何かあったら守ってやれ。
ロイスとルルには、お姉ちゃんの言うことをちゃんときくように。
他にもたくさん母は言った。毎日家族には挨拶しろ。ニンジンを残すな。作ってもらった食事は残さずに食べろ。他人にはとりあえず親切にしろ。困っている人を見て見ぬふりするな。喧嘩をしてもいいが必ず仲直りしろ。約束は守れ。口うるさい小言の一つ一つに、切実な願いが込められていた。
「母さんが命と引き換えにしたのは、こんなことのためだったのか? 私は違うと思うよ。だからあんたが母さんの死を辱めて、無価値なものにするのを、黙って見ているわけにはいかない」
ジキルは失笑した。ついでとばかりに鼻で笑ってやった。
「生き方を押し付けるなって? それは無理だよ。だってあんたの命は、あんただけのものじゃないんだから。どんなに否定してもあんたは母さんの娘で、私とロイスの妹だ」
そもそも、消えてほしい妹のために男のふりをしてまで大陸中を旅したりはしない。ロイスと二人で遠い国に行って『他人』になればいい。無関係だと縁を断ち切ってしまえばいい。ルル本人が絶縁を望んでいるのだからと理由を付ければ、良心が痛むこともない。
わかっていながらそれができないのは、失ったら二度と戻らないものだと知っているからだ。
掴んでいた服を放す。半ば自棄になってジキルは吐き捨てた。
「家出した妹を捜して何が悪い。どれだけ心配したと思ってんだ」
会ったらたくさん文句を言おうと思っていた。その身勝手さを責め立てて、一晩中説教するつもりだった。そんな計画も恨み事も何もかも、ルル本人を前にしたら吹っ飛んだ。
目頭が熱くなった。込み上げてくる涙を必死で堪えた。妹の前で泣くわけにはいかなかった。どこまでもジキルは姉だった。
「……無事で良かった」
胸に染みるように広がったのは怒りでも、ましてや恨みでもなかった。
また会えたことが、ただ、嬉しかった。
「何よそれ、やっぱり欺瞞じゃない」
ルルは皮肉げに微笑を浮かべる。が、頬が引きつって歪な笑みになった。くだらない、といつものように笑い飛ばすこともできずに、ルルは唇をわななかせた。
「ねえ、兄さん」ルルは上向きの視線を送った「もし私が誰も殺してないと言ったら、信じる?」
「『誰も』って、誰を」
「連続失踪事件。まあ警備隊長は私がのしたけど、他の六人に関しては何もしてないわ。私はただ、ブレイク伯爵にお手紙を送っただけ。五年前はどうもありがとう、って」
試すような、探るような、媚びるような、どれとも形容し難い上目遣いは、幼い頃の記憶を呼び覚ました。
ルルはよく母に反抗していた。食べ物の好き嫌いもそうだが、家事手伝いのことや友達との喧嘩、スカートを履いての木登り――挙げたらキリがない。お転婆なので叱られる理由には事欠かなかった。
姉弟で一人だけ叱責されることに癇癪を起こして家出したのも一度や二度ではなかった。ルルを探して家に連れて帰り、母との仲を取り持つのはいつもジキルとロイス。
妹の怒りは一過性だ。ジキルが見つけ出す頃には、最初の啖呵はどこへやら、今度は母に愛想尽かされることに怯えていた。
そんなルルを慰めて、励まして、小さな手を引いて家に帰った。反省も謝罪も仲直りも「ごめんなさい」の一言で事足りる。かくしてルルの家出騒動はあっけなく終わり――そして数日後には母の雷のち家出が勃発。迷惑極まりない。
ジキルとロイスは、性懲りもなく不毛な争いを繰り返す母と妹に呆れながらも、二人の相性が悪いのだからと諦めてもいた。気性の激しい負けず嫌い二人が一緒に住んでいたら衝突は避けられまい。周囲の者にできるのは激情が過ぎ去るのを待って、鎮まった頃に和解を促す程度だ。
傍目にしても身内から見ても、ソリの合わない母と娘だった。
しかし、今になってジキルは思う。
それでも、ルルは母にひっつくことをやめなかった、と。
姉弟で一番母を慕っていたのは、たぶんルルだったのだろう。だから反発する。だから何度も家を飛び出しては戻ってくる。だから、こんなにも哀しむのだ。
「疑うね」
妹の言うことを鵜呑みにできるほどジキルはいい兄でも優しい姉でもなかった。
「あんたを信じたいから疑うよ。まずはブレイク伯爵かな。前科を考えれば一番あいつが怪しい」
ルルは目を瞬いた。次いで、悪戯を思いついた時のように笑みを浮かべる。
「上手く逃げたわね。でも、あいつじゃなかったとしたら?」
「当時の関係者全員を洗い出そう。これでも王女様の婚約者だ。調査したいと言えば多少の融通は効かせてくれるさ」
「まあ頼もしいこと」
「本気だよ、俺は。王国中をくまなく探してでも真犯人を見つけ出す」
「もちろん、そうでしょうね。兄さんはいつも私を助けてくれた」
ルルの笑みが深くなる。してやったり、と言わんばかりの優越感が滲み出る。
「でも兄さん、そこまで騒ぎを大きくして……もし、私の嘘だったらどうするの?」
答えなんて最初から決まっている。ジキルは笑いそうになった。性格が捻くれて大人びたふりをしていようと、ルルもまだまだ甘い。この後に及んで兄と姉の習性というものを全く理解していないなんて。単純明快な問いで自分を試そうとする妹がおかしかった。
「それこそいつものことじゃないか」
ジキルは右手を差し出した。幼い頃と同じように。
「ルル、一緒に謝ろう」
何年経とうと、どこにいようとジキルは姉で、ルルは妹。首を突っ込み手を出す理由なんて、それだけで十分だった。
茫然と差し出された手を見ていたルルが我に返り、首を横に振る。
「私は謝らないわ。だってまだ誰にも手にかけていないもの」
体内の魔導石から魔力を供給。印を結び方からして、転移するつもりなのだろう。ほどなくしてルルの足元を中心に円形の陣が浮かび上がる。
「ちゃんと妹の無実を証明しなさいよ」
憎たらしいまでのふてぶてしさだった。こんなに振り回しておいて、心配させておきながら文句一つも言わせないでルルは転移した。消える間際「またね、兄さん」と嬉しそうに破顔。
ジキルは悔しかった。全てと言える程ではないが、大抵のことなら許してしまいそうになるくらい可愛らしい笑顔だったからだ。




