(八)糾弾する妹
「どういうこと」
煙幕内での剣戟は続いている。だが、ジキルは目の前にいる。矛盾した状況にルルは目を白黒させた。
「種を明かせば至って単純なんだけどね」
ルルのように膨大な魔力や扱う才はない。クレオンのように並外れた剣技を持っているわけでもない。身体能力も常人に毛が生えた程度。そんなジキルが大陸中の魔獣を狩ることができる理由の一つが、魔剣ノエルに秘められた魔法にある。
「適当な名前がないから『剣戟乱舞』と呼んでる。人に見せたのは今回が初めてだ」
視界を閉ざしていた煙幕が晴れる。相当数を減らされた水晶を一つずつ斬り捨てていたのは、魔剣ノエルだった。使い手はいない。魔剣だけが宙に浮いて、水晶相手に剣戟を繰り広げている。その様は、まるで剣の舞踏のようでもあった。
「操作……いいえ、追尾? どれでもないわね。剣が自分の意思で動いて斬るフルオート<完全自動>ってところかしら。無茶苦茶じゃない。なにあの魔剣」
とんでもないシロモノだと、ルルはぼやいた。ジキルも同感だった。クレオンがこれを知ったら激怒すること間違いなし。柄を握って剣を振るう真似をすれば、一流の剣士とも渡り合える。
「でもせっかくの武器を手放していいの? 丸腰じゃない」
「丸腰なのはお互い様だろ」
ジキルの指摘にルルは一瞬唇を噛んだ。
魔法の技術だけで考えれば、ルルの実力はかなり高い。この大陸でも有数の実力者だろう。年齢を考えればまさに天才。百年に一度の逸材と言っても過言ではない。
だが――いや、それゆえに、弱点は顕著だ。
「どんなに優秀な魔女でも、二つ以上の魔法を同時に発動し制御することはできない」
大規模かつ複雑な魔法を使えるルルだからこそ、その隙は大きい。
現に、水晶はまだ残っている。なまじ回避機能を付加しているせいで、魔剣ノエルとの戦いが長引いているのだ。水晶が消えない限り、ルルは新たに魔法を放つことはできない。今は、ただの生意気な小娘だ。
対するジキルは、曲がりなりにも魔法なしで三年以上旅をし、戦った経験がある。どちらが有利なのかは考えるまでもなかった。ジキルはこれ見よがしに指の関節を鳴らした。魔法では逆立ちしても妹には勝てない。だが、原始的で野蛮な殴り合いならば、かなり自信があった。
「詰んだ、ってこと?」
どこか寂莫とした表情でルルは呟いた。
「もうやめよう、ルル。全部終わったんだ」
「何をやめるの? 何が終わったの? おかしなことを言わないでよ、ジキル『お兄様』」
強調した呼称には、皮肉が多分に込められていた。
「諦めるのは勝手よ。母さんが殺されようが、私達は生き続けなければいけないわけだし、そのためには世間様に迎合しなければならない。物わかりのいいお兄様方を、私は責めたりしないわ」
責めたりしない。偉そうな物言いに、ジキルは微かに眉をつりあげた。何故こちらが責められなくてはならないのか。勝手に家を飛び出したワガママ娘に。
「でもその生き方を私に押し付けるのはやめて。生産性がなかろうと無意味だろうと、どうでもいいの。要は、私が納得するかしないか、だから」
完全に開き直った態度だった。ジキルは自分のこめかみが痙攣しているのを感じた。頬が引きつりそうになるのを渾身の力でこらえる。
「憎しみを捨てろとは言わない。俺だってブレイク伯爵のことはたぶん一生赦せないだろうね。でも、いつまでも後ろばかり向いてどうなる? あんたがどんなに嫌がっても俺達はたった三人の家族だ。姉として妹が無茶をしているのを放っておくことはできない。ロイスだってそうだ」
「ほら、やっぱり」
我が意を得たりとばかりにルルは嗤った。
「兄さんはいつもそう! 姉として放っておくことはできない、家族だから心配する――耳触りのいいことばっかり言って、勝手な枠組みを作って私を無理やりはめようとする。もうたくさんよ! 本当に心配しているのは私のことじゃなくて、自分達に火の粉が飛んでくるかどうかじゃないの」




