(六)対峙する姉妹
「感心しないな」
発動と同時に出てきやがった『そいつ』は、渋い顔で言った。
「普段は存在を否定しておきながら、必要になった途端、遠慮なく利用する。典型的な人間のすることだ」
ジキルは胡乱な眼差しを幻影――自称『ノエル』に向けた。魔剣ノエルを使ってルルの魔力を探索。何度もやっていることなので簡単にできるはずの魔法はしかし、なかなか完了しなかった。
「さっきの礼もまだ聞いていない」
「はいはいアリガトウゴザイマス」苛立たしげにジキルは靴を何度か鳴らした「で、ルルはどこにいるんだ」
「一体誰に似てしまったんだろう。嗚呼嘆かわしい……」
わざとらしく額に手を当てる『ノエル』に、元々長くもないジキルの堪忍袋の緒が切れた。
「折るぞ」
「屋上です」
ジキルは管理室から飛び出した。階段を駆け上がり、屋上へ。
果たして、そこにルルはいた。
塔の淵に立って空を仰いでいた。ジキルに気づいているだろうに顔を上げたまま頑としてこちらを見ようとしない。懸命に堪えている顔には、幼い妹の面影があった。母親に叱られて外へ飛び出した時、いつもルルは空を見上げている――その理由も、ジキルは知っていた。
(変わってないじゃないか)
寂しがり屋で、意地っ張りなところ。泣き虫なくせに、頑として涙を見せまいとする。三年経ってもジキルの記憶の中にある『妹』と変わりない。
「追い詰めたつもり?」
ようやく涙が収まったのだろう。ルルはジキルの姿を認め、薄笑いを浮かべる。
「残念でした。私は囮よ」ルルは勝ち誇った「私が――というよりブレイク伯爵夫人が騒ぎを起こして注意をひきつけている間に、他の連中が目的を果たす。最初からそういう算段だったの」
ひっぱたきたくなるような得意げな顔だった。妹のくせに生意気な。怒気を殺してジキルは素っ気なく言った。
「ああ、そうなんだ」
「驚かないの?」
「想定内だからね」
嘘ですごめんなさい。とても驚いているし、完全に想定外でした。澄ました顔の裏側でジキルは冷や汗をかいていた。まさか妹にしてやれるとは。
(あの性悪魔女どもが……っ!)
人の妹を囮に使うとはどういう了見だ。十分大事になっていながら、これ以上どんな騒ぎを起こそうというのか。『暁の魔女』を阻止できるか否かは、別行動のクレオンに掛かってくる。
「行かなくていいの?」
「困るのは伯爵だろ? 俺の知ったことじゃないよ」
半ば投げやりな台詞はしかし、本心からだった。ブレイク伯爵に恨みこそあれ、助ける義理はない。許されるのなら自分が奴を殴り飛ばしてやりたいくらいだ。
「そんなことよりもルル、今はお前のことだ。家出するのはいいよ。小さい頃からお前、よく家飛び出してたし、昔から可愛い子には旅をさせろとも言うからね。でも置き手紙一つ残さないで、しかもロイスが貯えておいたへそくり全部を持ち出すのはどうだろう」
「あれ、ロイスのお金だったの?」
「怒ってたぞ。今でも金額をそらで言えるくらいだ」
「悪いことをしたわね」言葉の割にルルは悪びれる素振りもない「兄さんから謝っておいてくれる?」
「勘弁してくれ」
心底嫌そうに顔を顰めるジキル。ルルは目を細めた。次いで無邪気に、朗らかに、楽しげに笑った。笑みを形作る薄い唇が言葉を紡ぐ。
「じゃあ死んで」
それが合図だった。
ルルの周囲に青い水晶が無数に生まれ、浮かび上がる。光を反射して煌く水晶は星のようでもあった。幻想的とも言える美しい光景にしかし、ジキルは戦慄した。水晶の一つ一つが、魔力の塊であり――凶器だ。
ルルは小さく呟いた。
「さよなら、お兄様」




